016
というわけで、二日目だ。
朝起きても、男に戻ってたりなんてしない。
「おはよう、お兄ちゃん」
「ん、おはよう、今日も学校はいいのか?」
現在の時刻は八時五十五分だ。
小学校の登校時間からすると、遅刻である。
ちなみに僕が入ったばかりの会社では九時が出勤時刻だ。
しかしながら、この家から自転車で三十分の距離にある会社に着くには、この時間では不可能とさえ言える。
つまるところ、僕も遅刻である。
まあ、この身体で会社に行くわけにもいかないので、時間的に余裕があったとしてもダメなのだが。
それに、ちゃんと療養のための休暇だと、メールを送ってある。
下手に追及を受けると、この現状がバレてしまいかねないが、社会人にはそれくらいの危ない橋を渡らなければならないときもあるのだ。
無断欠勤はクビの元。
「うん今日も休み、お兄ちゃんがこんなになってるときに、あたし一人のうのうと学校になんて行けないよ」
そう言う憩に、胸をキュンとさせながら、朝の談笑をしていると──。
ピンポーン。
いかにもな来客者の到着を知らせる機械的な音が鳴った。
いつも通りの無機質な音のはずなのに、その音のなかにはなにかを訴えるような、まさに警告でもしているような。
「はーい」
そう言って、リビングから出ようとする母さんを呼び止める。
「いい、僕が出るよ」
もし、これで近所の人だったりしたら、笑い話ではすまないことになりかねないが、まあ、そのときは親戚で突き通すしかないか、幸い僕と憩の顔立ちは男のときよりも似ているし、ごまかせないこともないだろう。
そんなことを考えながら、足早に玄関へと向かう。
憩についてこられたら、わざわざ僕一人で出迎える意味がない。
父さんはもうすでに仕事に出ているため、今この瞬間、家族を守れるのは男の、男であった僕しかいないのだ。
玄関の前に立つ。
いつもの玄関が今日ばかりは違って見える。
本当は僕の気のせいであってほしいと切に願っている。
だが、そんな願いが叶うはずなどなく、僕が玄関のドアを開けると──。
「!?」
玄関のドアを開けると、そこにはスーツ姿の女性がいた。
詳しく言うのなら、これを女性と形容することは世の中の女性すべてを敵に回してしまうのではないか、そう考えてしまうほどの姿だった。
顔立ちが整っていないわけではない、むしろ整って、綺麗なくらいだ。
だがしかし、そのスーツ姿の女性の髪がすべてを台無しにしてしまっている。
手入れをしなければこんなになってしまうのかと思ってしまうほどの枝毛に伸ばしっぱなしの長い黒髪。
それを見てしまった僕は自分の長い髪を思い、ちゃんと毎日、丁寧に手入れしようと決心するのだった。
いやいや、それよりもこの目の前の女性を誰何しなければならない。
「ど、どなたですか?」
僕が恐る恐る問いかけた質問に女性は答えることはなかった。
しかし、女性はおもむろに左肩にかけていた大きいサイズのカバンに右手を入れ、黒い箱を取り出した。
いや、これは黒い箱なんかじゃなくて──。
パシャ。
黒色の一眼レフカメラだ。
間違いない、父さんが憩の成長を記録するために母さんに隠れて買って、こっぴどく怒られていた記憶がある。
いや、今はそんな昔の思い出よりも、先に向き合わなければいけない問題が目の前に存在してしまっているのだ、先にそっちから処理しなければならない。
パシャパシャ。
「あの、えっと、どちらさま?」
パシャパシャパシャパシャ。