015
「ただいま。お姉ちゃん、生きてる?」
私は帰宅した。
そして、いつも通りに姉の生存確認のために呼びかける。
外では品行方正なイメージで通っているため、四六時中敬語を使っているものの、やはり家族に対してはそこまで他人行儀にできない。
そのため、外では敬語なのに家族の前では馴れ馴れしいという、ギャップ萌えを無意識に成り立たせてしまっている事実に、私はまったく気がつかない。
「おかえり。生きてるよ。起きてるよ。元気ピンピンだよ」
部屋の奥から白衣姿に髪の毛の手入れなど一切していないようなボサボサの髪。
何日も寝ていないことがありありとわかる黒いクマ。
「お姉ちゃん、どうしたの? いつにもまして元気だけど」
そうなのだ。
今日の姉はいつもより元気に見える。
雰囲気的に、いつもより輝いて見えるのだ。
「いやあ、なんでもないんだけど、今までの苦労が報われるって、ここまで幸せなことなんだねと思ったんだ」
自分で訊いておいて失礼にもほどがあったが、私はそんな姉の言葉よりも、リビングのソファーに無造作に置かれていたスーツに心を持っていかれていた。
このスーツは買ってから一回も使われていなかったはずだ。
そのことを念頭に置くと、このスーツが意味することはたった一つ。
私は内心、驚愕に目を見開きながら、姉に問いかける。
「珍しいね。お姉ちゃんが出かけるなんて」
「失礼だな。ま、こっちにも色々あるってことさ」
「へえ」
ふと、姉の机に置いてある紙の束に目が行ってしまう。
こんなものは今まで見たことがない。
姉はもっぱらデジタル派なのだ。
人になにかを渡すときにすら、紙に書けることはすべてデータにして送っている。
そんな姉が紙の束を持っている。
当然、私の興味は惹きつけられた。
「ねえ、これって──」
一体なんなの?
その言葉は、突如としてけたたましく鳴り響いた電子音によって遮られた。
現在社会の象徴、スマートフォンだ。
すなわち、電話の着信音である。
「ちょっと、ごめん」
姉は私にそう断ってから、姉は私から少し遠ざかり電話に出た。
「ああ、もしもし──」
『プロジェクト・リバース』。
私だけは、その言葉の意味を理解することができたのかもしれなかったが、残念ながらこのときの私は理解することを諦めていた。
今思えば、怖かったのかもしれない。
その意味を理解してしまうことが。
私によって、その計画が完成してしまったということを理解してしまうことが。
……私には怖かったのかもしれない。