「僕たちは、隣の死神に気付かない」
屋上に着くと、相変わらず赤いだけの偽物の夕方が広がっていた。暑くはない。
真珠は屋上に着くなりフェンスに背中を預けると、立ち止まったままの僕に小さく手招きをした。
僕はそれに従って、真珠の隣に歩く。ただ、真珠とは反対に校庭を眺めるようにして並んだ。
「サリエルにはね、もう一つ役目があるの」
「どんな?」
「魂を汚さずにあの世へ送ること」
「もしかしてそれが、君の自殺した理由?」
真珠は頷いた。
サリエルは、命をを愛おしく思っていたのは、その手で命に触れていたからだ。穢れのない、綺麗な魂を美しいと感じたからだ。ひょっとすれば、月の秘密を伝えたのは、この美しさを人間に教えようとしたのかもしれない。いや、死という最大の悲しみの前に、幸せな一時を長く過ごして欲しかったとも考えられる。
そう考えると、真珠の「好き」という解釈も間違いではないと思った。
真珠はサリエルの様になろうとしていたのだ。それだから、真珠を知る人からは良いエピソードしか出てこなかったのだろう。
果歩の調べで、大きな荷物を持って階段を上るのが辛そうなお年寄りの荷物を持ってあげたり、転んで膝を擦りむいて泣いている子供の手当てをしたり、轢かれそうになった猫を助けたり、カップルが川に落とした指輪を水に入って探した、ということが聞かれた。それが、彼女なりの命の愛し方なのだろう。
「君は、命を愛していた」
「うん。自分で言うのも違うと思うけど、そうだと思う」
「でも、サリエルの様に、命を愛せなかった」
「惜しいね」
どうやらまた少し回答が違ったらしい。
真珠はフェンスを背もたれにしながら、体育座りをした。そのせいか、僕の影にすっぽりと収まってしまう。
彼女はいつもより落とした声のトーンで言った。
「サリエルは魂を汚さない様にしていた。でも、綺麗にすることもなかった。触れた魂が汚いと気付いた時、もうそれは汚いままなんだって気付いてしまった」
「それって、僕が経験したことと関係が?」
「そうだね。だって、君も同じでしょ?」
僕は頷いた。
真珠は優しい。だが、その優しさ故に、世の中の不条理が汚く見えた。そして悲しいだけのこの世を諦めたのだ。本当に洲崎警部の言う通りだった。
実際、僕が経験した様な事を、彼女も味わっていたのだろう。
一言で言うならばそれは、命よりも大切なものがある、という事だ。
効率が優先されたり、面白さが優先されたり、責任を押し付けたり、結果論を華々しくしたり。形は様々だが、そこには確かに命が失われた事実があって、悲しみが残る。真珠の言うサリエルの様に、その命が一時の幸せを築いて死んだかはわからない。もしかすると、望まない死の方が多くて、遥かに当たり前なのかもしれない。
「現実の世界から目を背けたくて、もう何も見たくなくて、真珠は飛び降りたんだね」
「君だってそうじゃん」
そう。僕も先程、真珠がしたように飛び降りた。痛かったかどうかは覚えていない。
今の感覚は夢と現実が逆転したような感覚だ。現実の出来事がぼんやりと浮かんでは消えていく。そして、今立っているこの場所がはっきりとしている。校庭の運動部の声、フェンスを握る感覚、踏みしめるコンクリートの硬さ、全てが本物のようだ。
「やっぱり、君を選んで良かった」
真珠がポツリと呟く様に言った。
「どうして?」
「あれ? 君が言っていたんじゃない。『自分を肯定する為に、人を助ける』って。あと『弱い自分を回避する為』みたいな事も」
「言ったには言ったけど、そんな感情以前に体が行動するのが先だよ。後付けはいくらでもできる」
「じゃあ、後付けじゃない、私が君を選んだ理由を当ててみて?」
真珠は立ち上がって、スカートを三回ほど払った。再びおちょくるような笑みを浴びせてくる。
確かに、真珠は僕という個人を呼び出し、巻き込んだ。つまり、そうなるように選ばれていた、ということになる。実際、僕たちの最終見解もそこは解決していない事に気づく。
「誰でも良かった訳じゃないのか?」
「うーん、まぁ、誰でも良くはなかったかもね」
僕は、質問の仕方を誤った事に気づく。
真珠は僕の名前と顔を知らなかった。ということは、オカルト研究部の部長という情報しか知らなかったはずなのだ。つまり、正しい聞き方は「部活動ならば何でも良かったのか」である。
それに気づいた瞬間、真珠は意地悪く唇を尖らせ「ぶー! 時間切れ!」と言った。
「君を選んだのは、オカルト研究部の部長だからでしたぁ〜!」
やっぱりか、と心の中でつぶやいた。人ではなく部活自体に意味があったのだ。だから、あんな曖昧な答え方をしたのだ。
「オカルト研究部の、それも部長さんが、噂に巻き込まれたとなれば、噂について嫌でも調べる気になりますよね!」
「それで、僕に見せつけるように飛び降りたのか。現実世界における、命の軽さを証明する為に」
「でも、実際君だって、自分が死ぬことの他に他人の死に敏感になったでしょ?」
あぁ、タチが悪い。存在しない噂に振り回され、様々な危険が身の回りに起きて、最後は自分が死んで……。彼女は僕に死生観を植え付けたのだ。それも性善説的に。更に彼女と同様に思い通りにならないから、僕まで飛び降りてしまう始末だ。全ては真珠の手のひらの上という事か。
僕はやや深めのため息をついた。
「狂気じみてるよ……」
「でも、私は君を助けたつもりだよ?」
「だから、僕を選んで正解で、自分を肯定できて、自分の正しさを証明した訳か」
それでも、冗談の様に受け流せるのは、きっと彼女と同じ感覚を持ってしまったからだろう。だから、僕もきっと狂ってる。
命を大事に思うが故に、自殺する。一見見れば、矛盾している。しかし、他人の命も大事に思うのにそうならない、悲しさや虚しさを抱えて、救おうとして救えないのが辛すぎて、それが当たり前なら、この世を捨てるしかないじゃないか。
「私は命には輝いてい欲しいと思うのは本当だよ?」
「わかってる。僕もそう思うよ」
サリエルは天使でありながら死神とも呼ばれる。命をあの世へ送る事から、そう分類されるらしい。
では、現実世界ではどうか? 人間が人間をあの世に送り続けているではないか。
「真珠がサリエルを名乗りたいのはわかるけど、それは多分違う。だって死神は現実世界の方にいるのだから」
「うん。そうだね……」
「僕たちは、隣の死神に気付かない」
「でも、それは私たちみたいな人の見解でしょ?」
「気付かないんだから、間違いではないだろ?」
僕は、ここの夕日が嫌いだ。それでも、ここにいる方が幾分も居心地が良くなっていた。
それもそうだろう。現実世界では、人が人の命を奪うことが当たり前で、噂なんていうもののせいにしたりしている。
真珠もこれに気づいていて僕を利用した。その発想から行動までは死神のそれであったかもしれない。しかし、別に咎める気にはならなかった。なぜなら、現実世界の死神の方が、遥かに責められるべきだと思ったからだ。
「最後までお読み頂き、ありがとうございます!」と言うよりは、「お疲れ様でした!よくもまぁ、これを最後まで読めましたね!」と言う方が正しいのではないかと思っております。
今回、この作品では色々な「挑戦」を掲げて書き上げました。一ヶ月で10万文字という挑戦。新作を書くにあたり、一番書きにくそうなジャンルをあえて選んだことへの挑戦。初めて視点変更のない作品を作るという挑戦。そんな、個人的な挑戦だらけの作品となりました。
それ故に、読者様はさぞかし読まれるのに苦労したことでしょう。特に、最後の2話で幻滅した方は多いのではないでしょうか。正直申し上げますと、私も書いていて苦しかったです。先にも書きましたが、敢えて書きにくいジャンルを選んだのですから、それは嫌悪感も生まれますよね。(笑)それで、冒頭の「お疲れ様」につながるわけです。
余談ですが、本当はもっと長いお話になる予定でした。しかし、上にあげた「一ヶ月で10万文字」というノルマを設け、更に書くことが辛いことも合わさって、短くする決断をしました。もし、気が向けば完成版にしていこうと思います。まぁ、するにしても、すぐではないですけど……。
これでも私自身この作品を書くにあたっては、何回も確認をしつつ、辻褄が合うようにしたつもりですが、矛盾があるかもしれません。もし発見された場合は、こっそり教えて頂けると嬉しいです。
さて、長文になってしまいましたので、この辺りで失礼いたします。また別の作品でお会いいたしましょう。




