「ふざけるな……」
『昨日の午前8時頃に起きた事故ですが、こちらがその現場となっております。今はまだ規制線が貼られており……』
『こちら側から車が進入し、中学生一名を跳ねて奥の店に……』
早速昨日のことがニュースになっている。普段はニュースなどは全く見ない。特に最近は見ないようにしている。噂のことを一々誰かの言葉で語られることが嫌だったから。
特に昨日は奏の事があったから、朝は起きたくなかった。目覚めるならば、せめて全部夢であって欲しかった。そう願ったとしても、朝は確実にやってきて。眠り続ける事などできなくて。それで目が覚めて、仕方なく体を起こす。
しかし今、朝のニュースを見ているのは、果歩から電話があったからだ。
「先輩! ニュース見てますか!?」
「いや、ごめん、今それどことじゃ……」
「見てくださいっ! 今すぐっ!!」
それだけ伝えられて切られてしまった。
寝呆ける頭をなんとか使いながらテレビをつける。そして、当然のように昨日の事故が話題になっていた。それをザッピングしながら回していると、だんだんと頭が冴え、どこか引っかかった。
そもそも何気ない交通事故が、この時間の全国ニュースでトップ記事になり得るだろうか。せいぜい地方局のちょっとしたニュース程度だと思うのだが……。
よくよく聞くと、どうやらその見出しがその引っかかりの原因だとわかった。その内容に僕は言葉を失った。
『交通事故後の応急手当、加害者のみに施され一命を取り留めるも、被害者の女子中学生死亡』
僕は目を疑った。あの時、確かに女子大生にお願いしたはずだ。僕では性的接触と勘違いされるかもしれないからと。それなのに、何もしなかったのか、あの二人は。
続いて、目撃者のインタビュー画面に切り替わり、平然と頭に思い浮かべていた顔が画面に映っていた。
「いや、なんか真っ先に車の方に走っていきましたよ。彼にはあの男性の方が重傷に見えたのだと思います」
「でも、やっぱり女子中学生と大人の男性じゃ体の丈夫差は違うと思いますけどね」
何もしなかった癖にそんな事を言う。ただ見ていただけで、僕の言葉に耳も貸さなかった癖にそうやって残念という同情を誘うのか。
しかし、僕が一番許せなかったのは、「加害者のみが助かった」という点について言及するパネラーが多かったことだ。まるで、加害者と被害者で命の重みが違っているかのように。そして、その加害者に応急手当をしたことが間違っているかのように扱われたことだ。
「彼には応急手当という術があったのにも関わらず、それを加害者の男性に施した。それは良いとして、もっと冷静に優先順位を見極める力を養ってもらいたいものですな」
「車内にはシートベルトやエアバッグがあります。その点を含め、歩行者の無防備さを考慮した上での行動を心がけてほしい」
「応急手当を中学生の方にしていたら、結果はもっと良いものになっていたかもしれないが、その場にいた人の判断だ。よくやったと思う」
明らかに画面の中で僕を批判していた。声を上げて、選んで、決めて、責任を負ったのに、この発言か。応急手当をするのが悪なのか? 僕は、間違っていたのか?
そんなわけない。誰も何もしない方が問題なんだ。──奏の声でそう言う言葉が聞こえた。
僕は、気持ちが悪くなってチャンネルを変える。
変えた先では、銀行強盗のことについて触れられていた。しかし、やはり見出しが気に入らない。
『人質と警官合わせて6名死亡。中には女子高校生も、しかし、他13名の人質は無傷』
死んだ6人のおかげで13人が生き残った。という流れで、少しの悲惨さが介在する喜ばしいニュースとして報道されていた。
「ふざけるな……」
僕は思わずつぶやいていた。
あの死に方は英雄的なものなんかじゃない。生贄の儀式とも違う。いかにも死を美化するような、そんな考え方だ。違う。何もわかっていない。
実際に人質となったのは僕と奏の二人だけだ。巻き添えを被った女性店員ももちろん酷い死に方をした。明らかな、狂気の殺人だった。
どこからともなく、やるせない思いが溢れ出てくる。悔しくて、腹が立って、感情がぐちゃぐちゃになっていく。
警察官が四人亡くなったことにも番組内で触れていたが、勇敢な働きに敬意を表して哀悼の意を捧げていた。
それなら、お前たちが英雄的に祭り上げた奏はどうなる? 奏にだって、敬意を払うべきだろう。方や人を助けて疎まれ、方や死んで英雄となる。画面の中の世界はどうかしている。
いや、おかしいのは僕の方だろうか。本当はこういうことが当たり前で……。
考えを巡らせるたびに、奏の最後の笑顔が浮かんで頭の中を支配する。
あぁ、奏はどうしてあの場面で助かろうとしなかったのだろう。なぜ、奏は死ななければならなかったんだろう。生きてさえいてくれれば、また今の僕は変わっていたのに。
僕は目を覆った。この世の、何もかもを見たくなかった。最近そういうことが僕の周りで起こりすぎている。黒崎真珠に始まる一連の出来事は、本当に苦しくて、悲しくて、辛いことばかりだった。
看板落下で目の前の男性が下敷きになって死に、僕が教室の窓から死にそうになった。楽しいはずの夏祭りで花火の事故にあい、助けた子供の親に叱られた。再起を誓った男は不運な事故で死に、河川敷では強さを間違えた少女がヒーローに見放されて自ら命を絶った。応急手当をして一命をとりとめたのに、する相手を間違えたと言われた。そして、奏が自分の事しか考えていない女に殺された。
あぁ、そうか。きっとそうなのだろう。
僕はなんとなく、全てがわかった気がした。全て、というには、言葉が足りないかもしれないが、なんとなくの確信が得られた。
僕は少し遅めの朝食をとり、服を着替えた。
家を出た頃にはもう太陽がはつらつと輝き、じりじりと体力を奪っていく程に輝いていた。額から頰、顎に伝って地面に汗が落ちていく。蝉の鳴き声もはっきりと聞こえる。夏を象徴するそれらには一切心が惹かれない。
全てを解決するための術を悟ったとき、僕はフッと力が抜けるような感覚になった。
僕の周りにちゃんと答えはあったのだ。それを見ないようにしていたのは僕自身だったと自覚した。
だからまた、学校の屋上に向かう。全てが始まった場所で、全てを終わらせる為に。いや、これはいつかのように、詩的に語って見たくなっただけの、最後の見栄だ。
飾る理由もないのに、若気の至りはほころび続けるのだな、と思った。




