表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/37

「もうやめろ! 逃げられないぞ!」

 ここは大通りにある銀行だ、歩道を挟んですぐに車道になる。やがてその歩道から男性警察官が姿を現わした。


「優秀なのに残念ね……」


 女はそれに向かって有無も言わさずに発砲した。

 銃弾はそれぞれ腹と胸に当たったようだ。警察官達はその場にうずくまる。


「もっと気をつけて。私は銃も持っているし、こういうのも、持っているから」


 女はそう言って腹の辺りのポーチから手榴弾を取り出し、安全ピンを外して二人の警官の間に転がす。

 その爆音に耳を塞いで目を反らしてしまう。僕たちが一連の行動に言葉が出てこなかったのは、女の手際の速さと、迷いの無い行動による、徹底された意思の表明だと思う。

その代わりに銀行の外で、野次馬が騒ぎ立てていた。

 銀行からのSOSであるから、少なからず警察官も多めに到着しているのだろう、サイレンの音が次々と重なって近づいてくる。ただ、どのようにしてこの場を収めるのか、それが気がかりだ。


「あの店員も、この警官も、誰かの幸せには必要なものってことで良いんだよね?」

「違うっ!」


 奏は髪を振り乱しながら大きく首を振った。

 対照的に、女は笑っている。この状況を楽しんでいる。明らかに異常だ。


「あなたが言ったことじゃない。何が違うの?」

「人の不幸を証明する為の苦しみを作り出すなんて、そんなの間違ってる! そんなの絶対に違う!」


 奏が苦しんでいる。

 それなのに、僕にはどうすることも出来ない。ただ、奏の流す涙には見覚えがあった。

 僕はこの涙を一度見たことがある。

 そうだ。これは夢の中で、リアリスの前で流した涙だ。命を慈しみ、絶たれた命を感じる、優しさの証明。


「もうやめろ! 逃げられないぞ!」


 今度は女性警察官と男性警察官が銃を構えて入り口に立っていた。声を発したのは男性警察官の方だ。

 しかし、女は変に抵抗する様子を見せない。何故ならば、再び女が先に引き金を引いたからだ。

 しかも今回は一発ずつではない。先に男性を二発、それに戸惑い引き金を引けなかった女性に二発、再び男性に弾倉全ての銃弾を打ち込んだ。連続した発砲音は大通りに木霊として広がっていく。


「だから、銃持ってんのわかってるんだから、警戒してよね」


 女は弾切れになった銃を、まるでゴミをゴミ箱に投げ捨てるかのように放った。

 何発も銃弾を受けた男性警察官は既に動かなくなっていた。しかし、女性警察官の方は右腕と左肩のみ撃たれたようで、まだ軽傷に入るのではないだろうか。

 しかし、女は当然のように追い打ちをかける。

 女性警察官に一つ蹴りを入れて仰向けにすると、そこに馬乗りになる。そして、再びポーチからサバイバルナイフを取り出す。


「もう、嫌っ!」


 かきむしるような声で奏は女のナイフを持つ腕に飛びつく。衝動的にも見える行動だったが、銃弾を使い切った事を考えれば、行動する要因としては十分だろう。

 女は冷静に反対の腕で殴りを入れるが離れない。

 僕もそれに加わろうと立ち上がったとき、再び銃声がなった。

 その銃声と共に、奏の体が女から離れる。


「奏っ!」

「だから動くなっ!」


 女は警察官の銃を持っていた。それが男性警察官のものか、女性警察官のものかはわからなかった。

 奏の様子を伺うと、撃たれたのは左の腕辺りの様だ。倒れ込んでその部分を抑えている。

 再び女は女性警察官に向き直る。


「市民を守るための警察官が、自分の身も守れないなんてねぇ」


 女性警察官の表情は、銀行内にいる客や店員よりも狂気に怯えた表情だった。涙は細かに、鼻水も垂れ、顎まで震えている。抵抗できないのは、両腕に銃弾を受けて力が入らないのだろう。

 女はそのまま両手でナイフを逆手持ちにして振りかざし、思い切りふりおろした。ナイフは胸の真ん中を貫き、女はまた少しの返り血を浴びた。やがて、女性警察官は動かなくなった。


「これで、五人だぞ」


 僕はこの女に対しての慈悲は完全になくしてしまった。できる事なら今すぐ殺してやりたかった。


「君も、すごい表情するのね」


 ナイフを抜いて立ち上がりながら女は言った。片手には再び拳銃が握られている。

 まだ、女は笑っていた。


「でも、これならどう?」

「や、やめろ……」


 僕は自分の置かれている状況が悔しかった。先ほどの怒りが消え、懇願する様な態度になってしまう。

 女はナイフを適当に放り投げ、奏の元に歩み寄った。再び首に腕を巻きつけ無理やり立たせる。


「うぅっ……」


 頭の横に銃口を突きつけている。奏は相変わらず、眉間に皺を寄せて苦しそうな声が漏れる。


「あはははっ! やっぱり男はそういう表情じゃないとなぁ! でも、あの男は違った。私が他の男といたと知ったとき、そんな表情はしなかった! むしろ私を捨てようとした! その他の男もだ! 私の周りの男はみんな怒り狂って私を突き放す様な事ばかり。今の君みたいな表情は一切してくれなかった!」


 当然だろう。この女には本当に救いがない。そんな事にすら気づけないだなんて。きっと、この女の中では、人間は自分一人だけとでも思っているのだろう。この女を形容できる言葉が世界のどこにあるというのだろう。


「か……い……」


 奏は苦し紛れに僕の名前を呼んだ。


「奏っ!」

「そんなラブストーリーはいらないんだよっ!」


 奏での首に巻きついた腕がきつく締められる。奏は右手で女の腕を外そうとするが、やはり左腕の傷が痛むのか、上手く力が入っていない様だ。

 その時、ブスッと、鈍い音が幾つか同時に聞こえた。

 女は力が抜けた様に首に巻いた手を解放した。そして、何かに怯える様な表情をして後ずさる。

 僕は力なく前に倒れる奏をお尻をついて滑り込み、正面から受け止める。


「奏っ!」

「夏以……」


 よく見ると、胸や腹に銃弾を受けている様だった。角度から考えるに、女が撃ち込んだものではない。となると……。


「ターゲット発見。確保する」


 警察の特殊部隊らしき人が数人、銀行内に入ってきている。外では報道なのか警察のものなのかはわからないがヘリの音がする。


「私の、人質を……なんで?」


 女は急に老けた表情になっていた。彼女は奏を盾に警察ともう一戦するつもりだったのかもしれない。しかし、特殊部隊によって人質が有無を言わさず撃ってきた事に同様したのだろう。

 狂気の塊である女は、血も涙もない殺す事すら厭わない集団に屈服した。

 つまり、警察の手によって、奏は被弾したのだ。


「奏!」


 奏はまだ僕の胸の中で呼吸を繰り返している。まだ生きている。早く救急車を!

 そのために立ち上がろうとすると、奏でにぎゅっとワイシャツを掴まれた。


「もう少し、このまま……」

「でも!」

「お願い……」


 僕は迷ったが奏の言う通りにした。これだけの事件ならば、救急車だってもう既に到着しているだろうと思ったからだ。

 それに加え、僕たちの格好を見て気を使っているのか、誰も話しかけてはこなかった。もしくは奏の傷の具合が見えていないのかもしれない。


「なんでだろう。すごく痛いのに、こうされていると、心が安らぐの……」

「だから、暫くこのままが良いの?」

「あはは、おかしいよね……」

「すごくわがままで、贅沢な発想だ。奏らしくない」

「そうだよ。いつだって、夏以といるときは私は私を見失っているの……」


 奏の吐息が僕の胸に当たっている。とても温かい。そして、とてもドキドキする。心臓の鼓動が聞こえてしまわないか不安になる。そしてその不安によって、更にドキドキした。


「夏以って、良い匂いだよね」

「変な事言うなよ。汗臭いだけだろ?」

「ううん、私は好きだよ」


 奏はまるで今の状況をわかっていない様だった。自分は怪我をして、今すぐに手当てをしなくてはいけないのに、そんな事を言う。まるで……。


「写真、勝手に撮ってごめんね……」

「何を今更」

「浴衣、褒めてくれてありがと」

「それぐらい普通だって」

「一緒にいてくれて、ありがとう」


 奏は上目遣いにとびきりの笑顔を見せた。今までにない、奏の魅力を全てつぎ込んだ様な笑顔を。そして、右手で僕の頬を手にとり、口づけをした。

 それは、とても長い時間に感じた。現実では数秒だろう。僕は無意識に涙が頬をつたった。

 口づけを終えると、奏は僕の腕の中で力なく沈んだ。先ほどと同じく、僕の胸に顔を埋める格好になるが、吐息を感じられない。


「奏?」


 僕は軽く奏の体を揺するが、反応が無い。


「嘘、だろ? 僕に冗談だなんて、本当に奏らしくないな……」


 僕は奏が冗談を言うにしても、このような冗談をする訳がないと、はっきり分かっていた。だって、こんなにも声が震えている。それでも、それにすがりたくなってしまうのは、現実逃避だ。

 奏の体をきつく抱きしめる。程よい肉つきの華奢な体を。奏の匂いがまだ残っている。とても良い香りだ。


「大丈夫、ではないようだね……」


 声の方を見ると洲崎警部が立っていた。正直、僕のべそをかいたような顔は見られたくなかった。だから、僕はすぐに顔を伏せる。


「犯人逮捕にご協力、感謝します」


 洲崎警部は律儀な敬礼を僕たちにした。敬意を込めたつもりだろうが、僕の心は荒れていた為に、真摯に受け取ることができなかった。


「それだけなんですか?」

「はい。お気の毒に……」


 僕はその言葉で我慢していた感情を全てぶつけた。


「なんですか! それは! 警察なのにまともに銃も扱えないんですか!? 特殊部隊にしろなんにしろ、人質を殺して犯人を生かして逮捕するなんて、警察のすることですか!? 奏はまだ二十歳にもなってないんですよ? 警察にとってみれば、未成年の人質よりも、二十代の犯人の方が大事だって言うんですか!?」


 更にもっとぶつける言葉を探した。ありったけの感情をぶつけようとするのに、言葉が浮かんでこない。ただ必死に怒りが脳内で回転し続けるだけだ。もっとヤジって、罵って、粉々にしてやりたいのに、怒りが空転する。


「すまなかった」


 洲崎警部は頭を下げた。僕の怒りはまだ収まらない。

 それでも、理性が働き始めると、別の考え方もあった。

 洲崎警部は、謝るしかない、気の毒て済ませるしかないのだと。

 そして、警察官が四人も亡くなっているということも。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ