「どうしてそうなる!!」
来年度は受験生、その意識を高めましょう! との号令で始まった夏期講習。この蒸し暑い中、意識も何もないだろう。
それでも「学生の本分は勉強」という謂れがあるのだから仕方ない。結局、大人からよく聞く話は「あの時、もっと勉強しておけば良かった」と後悔する話ばかりだ。
その考えを踏まえると、大人たちは僕たちに同じような過ちを繰り返して欲しくはない、と言っているようである。
裏を返せば、それは僕たちに「あの時、もっと遊んでおけば良かった」と、思うように仕向けたいのかもしれない。遊びを悪と考える、この国の悪い習慣だ。
すれ違う制服を着た中学生達もきっと、そんな大人達の奴隷なのだろう。僕は心の中で「お互い夏期講習頑張ろうぜ」と激励した。
「せぇーんぱぁーい!」
そんな事考えて大通りを歩いていると、ばったり果歩と出会った。というより、後ろから僕を一方的に見つけて追いかけてきた。走って僕のところまで追いつこうとしたせいで、ぜいぜいと息が切れている。
今考えていた事を踏まえれば、やはり果歩みたいな学生生活が羨ましいと思う。好きな事に没頭して、遊びも本気で、まぁ勉強はそこそこで。
「せんぱっ……だいじっ、っですか……?」
「息を整えてから言いなさい」
果歩の息が整うのを待ちながら僕たちは並んで歩き出す。夏期講習までは多少時間があったが、早く学校で涼みたい僕の意見を優先させた結果だった。
「何をそんなに必死になって僕を追いかけてきたの?」
「先輩! SNS見てないんですか!?」
あぁ、なるほど。沙知の件についてか。果歩はそこら辺の情報収集に関しては鬼だから、知らない訳がないだろう。
「あぁ、あの河川敷の事件ね」
「そうですよ! 大丈夫だったんですか?」
「まぁ、今の所は……」
正直、学校へ行ってみなければ、どんな扱いを受けるのかわからない。希望としては、動画の返信コメントに賛美の声があった事だ。これを信用するならば、悪者扱いされる事はまずないだろう。
「雷夫も大丈夫そうだったけど、浩介へのダメージは結構大きかったみたい」
「あのこうちゃん先輩とさっちゃん、良い感じでしたからね……」
果歩は沙知の事をどれぐらい知っているのだろうか。
確かに、仕草や態度、表情なんかを見れば、浩介に気があるだろうという事は検討がつく。果歩はそれでわざわざ夏祭りの時に、「ペアを作りましょう」だなんて事を言い出したのだと、僕は勝手に括っている。
「先輩も、また危なかったですよね。もしかしたら、まだ噂は続いてるんじゃ……?」
果歩の表情が曇り、覇気の無い声で言った。
僕の身がまだ危ない、か。確かに、起きた出来事から推察するには十分な状況証拠だ。
だが僕はまだ生きている。だからこそ、今はまだ否定も肯定もできない。奏がファミレスで言っていた事を思い出す。「噂なんて、無ければ良いはずなのに」それでも、起きた出来事によって考えざるを得なくなっている。どんなに偶然だとしても。
「そう考えるのも無理はないけど、実際、今日も生きてこられているんだから、やっぱり迷信だよ」
疑いもなく、信じない事が最善かどうかはわからない。ただ、一度は否定した事だ。洲崎警部にしろ、果歩にしろ、気になる事はわかるが、もう済んだ話だ。
元はといえば僕一人の原因なのだ。他の人を巻き込む事で余計な心配などをかけさせてはいけなかった。まさか、こんなに心配されるとは思ってもみなかった。
「っていうか、そんな汗だくになるまで走って追いかけて来なくても良いのに……」
「そうですか? 男の子的には、女の子が汗かいてる姿って、良くないですか? こう、グッときません?」
「僕にそんな性癖はない」
「じゃあ、先輩は男の子が好きなんですか!? それとも実は女の子とか!?」
「どうしてそうなる!!」
やはり、いつもの調子で会話をするのが一番だ。果歩には明るい表情がよく似合う。そういう姿に、僕の日常を見出していかなければいけない。
全ては偶然。たまたまなんだ。噂なんて……。
「先輩っ!」
急に果歩が僕に飛びついて来た。僕はその勢いに押されて仰向けに倒れてしまう。何が起きたのかわからないでいると、ガラスが割れるような音と薄い金属が潰れるような音が耳に飛び込んできた。悲鳴も混じっている。
僕の上に乗っている果歩を避けて、状況を把握する。
どうやら、車が歩道に乗り上げて僕たちの背中側から突っ込んできたらしい。車はその延長上にあった店に突っ込んで止まっていた。
「先輩、怪我は!?」
「そんな事は後! 果歩、警察と救急車を頼む!」
僕は、すぐに立ち上がって周辺を見渡した。
実は、僕たちの前からこちら側に歩いていた二人組の女子中学生の内の一人が引かれたのだ。もう一人は無事そうだが、怯えて腰が抜けている。
そして、もう一つ。店に突っ込んだ車から五十代ぐらいの男性が運転席から命からがら這い出てきて、その場に倒れて動かなくなったのだ。
辺りをすぐに見渡して、その現場を僕たちの後ろで見ていた、二十代の女子大生らしき二人組に向かって叫んだ。
「そこの二人の女性の方! すみませんが、あの子の応急手当をお願いします!」
女子大生は、顔を見合わせた。
僕はそれだけを見て、返事を聞く間もなく車から出てきた男性の元へ向かった。店の人も出て来て様子を確認しているが、男性には無関心のようだった。いや、触りたくないから、関わりたくないからと目を逸らしているのかもしれない。
やはり僕がやるしかない。
僕はうつ伏せになっている男性を仰向けにして、両方の肩を叩く。
「大丈夫ですかっ!?」
確か、左右どちらかの半身が麻痺している場合もある為、こういう風にすると習ったはずだ。
徐々に声を大きくして、三回繰り返すが反応がない。
次に自分の頰を男性の鼻の辺りに近づける。呼吸も、していない。顎を引き上げて気道を確保する。
「店員さん! すみません!」
僕の様子を見ていた店員さんは、ビクッとした。それでも、使える人は誰でも使う。応急手当の基本だと、言っていた。
だから僕は店員に向かって言う。はっきり目を見て、その人が「自分に話しかけている」とわかるように。
「AEDをお願いします!」
店員は首を傾げた。まるで僕が何を言っているのかわからないようだった。
「うちにそんなものはないよ。第一、なんだい? そのA、E……なんとかって」
「じゃあ、探してきてください! 後、AEDですっ! 自動体外式除細動器!」
「じどうたいがい……なんだって?」
僕は内心舌打ちをした。いや、実際にしたかもしれない。
話をしている間に男性の脈を測ったが、脈は取れなかった。
とにかく、男性のシャツを脱がし両手を重ねて心臓のマッサージを始める。一分間に百回のペース、だったように思う。全体重をかけて男性の胸を押し込んでいく。肋骨の感触が少し気に障ったが、そんな事は言ってられない。
「先輩! 私も手伝います!」
「あぁ、頼む。」
救急車と警察を呼び終わったのか、果歩がこちらに駆けつけた。
この暑さだ、流石に一人で心臓マッサージを続けるのは厳しい。男性の胸にも、額の汗が幾つも落ちていた。
そして、果歩が疲れ切ったタイミングで救急車の音が聞こえてきた。更にその数秒後、救急隊の方が駆けつけた。
僕と果歩は救急隊の人に状況説明をして、その場を引き継いだ。
救急隊員からは「ご協力、ありがとうございます」と感謝を頂いた。その言葉を聞いて、やはり助けようと思うのは自分への肯定感ではないなと思った。なぜなら、喜びも嬉しさもない、こんなにも平常心でいられてしまうから。
その後、僕たちはほぼ同時に駆けつけた警察の事情聴取を受けることになった。しかしまた後日、警察署に出頭した時に改めて聴取するとのことだった。
「もう、夏期講習に合わないなぁ」
「あ、私も」
そういえば、果歩はなぜ制服で学校に向かっているのだろうか。確か、一年生は夏期講習がないはずだ。部活もないし……学校に行く理由はなんだろうか。
「果歩って、何で今日学校なの?」
「あぁ、私は補習です! 中間テスト赤点だったので!」
自分の拳をコツンと頭に乗せて舌を出す。果たして、僕に向かってそういうポーズは何の意味があるのか……。少なくともかわいいとは思えなかった。
「とりあえず、学校行こうか」
「そうですね」
果歩はツッコミもリアクションもなかったせいか、少し不機嫌な返事をした。しかし、果歩に救われたことも事実なので、笑顔を作ってお礼を言う。
「さっきは手伝ってくれてありがとう。果歩がいなかったらどうなってた事やら」
「本当ですよぉ〜! 後輩のJKに体を張らせるなんて、どんな神経してるんですか!? 全くぅ〜!」
膨れっ面を見せたところで、再びその表情が萎んでいく。
「でも、あれは噂の……」
「ないよ」
果歩が最後まで言い切る前に、僕は言葉を遮った。今日の事故から、他の人を巻き込む事で噂が良からぬ方向に転がっている事に気づく。もしかしたら、僕の代わりに誰かが死ぬかもしれないと思ったのだ。
思えば、教室の窓から落ちそうになった時に支えてくれた浩介、花火の事故の時に近くにいた奏、沙知と対峙した時の雷夫、そして今回の事故の件での果歩。オカルト研究部の全員が危険な目にあったと言える。
僕は守られているのだと思った。噂があったとしても、誰かが守ろうと思えば守れるのだ。噂はそれぐらいの効力しかないのだろう。しかし、危険な目に遭うことは変わりはない。
それならば、僕自身が注意していよう。そうすれば、一人でも回避可能なはずだ。
もう、噂なんて怖くない。




