「噂との関連はどう思う?」
「初めまして、州崎と言います」
「井上浩介、です」
早速、初対面同士の挨拶が交換される。
やはり、浩介は少し重たい空気を孕んでいた。沙知の事が頭から離れないのだろう。もしも立場が逆ならば、浩介は平気で「そんなメソメソすんなって」と励ましてくれることだろう。「葬式みたいになるのは嫌なんでね」と言っていたこともあるぐらいだ、きっと空気を読まずに割って入ってくる。
ただ、これは本当にもしもの話だ。現実に浩介ほど浩介らしい振る舞いのできる人は、この場にはいない。
「あの、沙知さんと、被害にあったあの三人は……」
だからと言って、浩介に気を使うこともないだろう。僕はまず知らなければならないことを聞いた。
「四人とも亡くなった」
あぁ、これは本当に救われない事件だったのだなと思った。
もし、生きていたならば、将来この出来事を乗り越えて再び歩み始めることが出来ただろうに。
僕は今日三件目の事情聴取を受けた。州崎警部からの質問に答えていくが、奏がいない分、言葉に迷ったりした場面もあったが、スムーズに進んだのではないかと思う。また、雷夫と浩介が先に聴取を受けていたため、雷夫が登場してからの事はあまり聞かれなかった。
僕の聴取中も、浩介は俯いて虚ろな表情をしていた。実際に目の前で起こった事、僕がこの部屋に入る前に聴取を受け、さらに僕の聴取も横で聞いた事で計三回、二度と考えたくない場面に触れていることになる。浩介にとっては精神攻撃そのものだろう。
浩介の事を思うと早く終わって欲しかった。質問自体はあまり数の多いものではなかったが、そう急かす気持ちからかとても長い時間に感じられた。
「浩介君、君はもう帰ってもいいよ。これからの事はちょっと君には重いと思う。だから二人だけに話して置こうと思う」
「いや、でも俺、捜査の協力を……」
「いいんだよ。この件より急いで解決しなきゃいけない事件はたんまりある。被害者も加害者も亡くなったこの事件は、君の気持ちの整理がついてからで良い」
「……すみません」
州崎警部と浩介は椅子から立ち上がった。州崎警部は先導して扉を開ける。それに先導されるように浩介が部屋出ようとして、一度こちらを振り返る。しかし何も語らず、黙ったままその場を後にした。
「さて、彼がいると見せにくいものだったのでね……」
州崎警部は再び席に着くと、手持ちのタブレットを取り出して、ある動画を見せてきた。
「これなんだが……」
そこには、あの事件当時の映像だった。見た所、橋の上から取られたものらしい。夏祭りの事故にしろ、ビルの転落事故にしろ、どこにでもカメラはあるのだなと思った。
しかし、そんな事が問題ではなかった。僕も雷夫も浩介も、全員が映っている。
「これは……?」
「これはSNSにアップされていた動画だ。初めに見た時は驚いたよ。何せ君たちが映っているのだからね。今はもう削除されているが、だいぶ拡散されてしまったようだ。特に雷夫君、君がよく映っている」
突然名前を呼ばれて肩を震わせるのはいつもの事だ。雷夫は目を瞬かせながら言った。
「これを見せて、どうするのですか……」
「この動画が削除されたのは、俺らが動いたからではなく、投稿者自らが削除したものなんだ。何やら撮影者に対して批判的なコメントが多かった。そして、もう一つ多かったのが、君への賛美の声だ。俺らはこの件をどう対処して良いのかわからない。ただ、君たちと顔見知りである以上、放っては置けなかった」
僕は身勝手だな、と思ってしまった。警察だけでなく、この動画にコメントをつけた人に対しても。実際にその場にいないのに正しい事と間違っている事を文字で突きつける。そこには感情的な叫びは含まれない。全く、なんて身勝手なんだろう。
雷夫は僕とは裏腹に、冷静に言った。
「選択肢としては、何が考えられるのですか……?」
「処罰の対象として告訴状を提出するとか、被害届を出すとか、もちろん何もしないと言うのもある」
「では、とりあえず、今は様子を見ていたい、です……」
確かに、今は夏休み中だから良いが、学校が始まれば周りにどんな影響が出ているかを知る必要がある。日常生活にどれだけの支障が出たのかも。その辺りの冷静な視点は雷夫でなければ思いつかないだろう。また、これには動画投稿者への寛容さも兼ね備えている。
これらを計算のうちでしているのだから、こうして怯えているように見えて、全く侮れない後輩だ。
「そうか。それじゃあ、今日はこれくらいかな。お疲れ様」
僕と雷夫は小さくため息を漏らして、肩の力を抜く。ようやく開放の時だと思い安堵する。
州崎警部はメモした紙をファイルに挟み、それを縦にして二回机を叩いた。
「噂との関連はどう思う?」
恐らくは州崎警部個人の興味だろう。
噂との関連、夏祭りの事故も危ない目に遭ったと言えば遭ったし、沙知の事件でも危なかった。
州崎警部としては、噂の存在を否定した後の出来事で、浩介の事もそうだが、僕たちを案じているのかもしれない。それはリアリス、いや、夢の中の彼女から聞かれるのとは訳が違う。
「花火にしろ沙知にしろ、原因は人だった。やはり犯人がついて回ってるんじゃないのか?」
「しかし、花火の時は僕たちがどの位置に陣取っているのかを把握する必要があります。沙知の方だって、元々狙いが僕ならもっと早い段階で命を狙っているはずです。こうして何回も顔を合わせる必要もありません。沙知の方に限って言えばタイミングが中途半端なんです」
自分で言うと本当に偶然な気がしてくる。たまたま、この短期間に三つの出来事が起こった。しかし、疑いがある事もまた事実で、少し考えてみる。本当に偶然だろうか? もし犯人がいるなら、なぜ自ら手を下さない? 今、手を下せない状況下にあるのか? それとも、本当に怪異が存在するとでもいうのか?
「まぁ、そこまで気にしていないなら良い。彼は気の毒だが、俺は本当に気の毒としか言えない立場なのでね……」
「お察しします」
事情聴取が終わり、警察署を出ると、雲行きが怪しくなっていた。湿った生温かい風も吹いている。遠くでは雷もなっているようだ。どうやら、これから雨が降るのだと、直感でわかった。
「雷夫、傘持ってる?」
「はい、折りたたみのなら……」
そう言って取り出した折りたたみ傘は明らかに一人しか入れないようなサイズだった。そもそも折りたたみ傘というのは、持ち運びが売りなのだから、小さいサイズなのは当たり前だった。
仕方なく走って帰るために軽く準備運動をする。雷夫の視線はちょっと痛いが、これから傘なしで雨を突っ切ろうと言うのだ。それに比べたらこの視線はなんて事はない。
「おーい、雨降りそうだし、乗ってくかい?」
振り向くと州崎警部が車を回してくれたようだ。僕は流石に甘える事にした。雷夫も僕に続いて乗車する事にしたようだ。
車が走り出して間もなく雨が降り始めた。ゲリラ豪雨、というほど激しい雨ではなかった。こういう時はつい詩的な事を考えてみたくなるのは若気の至りだろうか。
今日は素直に好きな夕日を諦める事が出来る。なぜなら、嫌な事を洗い流すための雨が街を洗い流していると思えたからだ。
そんな言葉が浮かび、内心失笑した。




