「十階建てみたいね」
夏休み真っ只中、しかも夏期講習もまだというのに、部室には全員が集合していた。
昨日の夜に起こった事は、花火を打ち上げる装置を、誤って傾けてしまった人がいたらしく、不運にもそれが見物客側の方に向けられたのだそうだ。
事件性は無く、夏祭り主催者側の過失として処理されるらしい。幸いにも死者は出ておらず、軽いやけどをした人が数名いたそうだ。僕はこの事を州崎警部からメールで伝えられた。
無論、僕も架空の容疑がかかっている。あの後、奏が必死に説得してくれたが「他にもやりようはあった」、「私だったらこうした」などと、たらればの反論に苦しめられた。ただ、僕は警察に無実だと証明してくれれば良い、とその場を収めた。あんな奏の姿は、二度と見たくなかった。
部室の空気は酷く重い。セミの声はともかく、扇風機の羽の音がここまで鮮明に聞こえることはまずない。
「偶然、ですよね……?」
果歩が呟くように言った。あの時、他にいた面々も夏祭りでの事故を体験している。しかし、被害が出た場所は僕と奏がいる位置だった。つまり、噂が本当に現実にあるのだとすれば、その影響で花火の装置が傾けられた、という事になる。
やはりその仮説は否定しておきたい。偶然、としか考えられない。何せ僕たちがまだ小さかった頃から続いているお祭りだ。何年も同じ行事を続けているからこその信頼がある。しかし、そこでミスが起きたのだ。だから、今までミスがなかった事が奇跡的なのだ。
そうは考えていても、ここに部員が全員集まるというのは、噂との関係を気にしてのことで間違いないだろう。これは、噂を事実ではないとして浮かれていた僕たちへの罰だろうか。
「幸い、私たち全員が無事でいられるのだから、偶然に決まってるわ」
奏も強く言い切れないでいるようだ。もしかしたら、自分を言い聞かせようとしたのかもしれない。これでも、奏自身も非難の的になりそうだった時と比べれば、だいぶ回復しているように見える。
そんな中、僕はなるべく冷静に言った。ここに集まったのは、少なからず噂についての為だ。ならば、部長としての話をしよう。
「噂との関連はともかく、僕たちにはまだ調べなきゃならない事もある。その辺りを調べるって事で良いかな? 僕たちは、噂によって死ぬ事を否定すると結論付けた筈だ。でも、僕たちの中ではまだ終わってないだろ? 噂の起源を追いかける。その上での調査を続行しよう」
「でも、宛てなんてあるんですか!? 図書館もインターネットも歴史館や博物館にも、どこにもない情報をどうやって新たに得るんですか!?」
果歩は叩きつける様に言った。実際、夏祭りの提案をしたのは果歩だ。その事で責任を負っているのかもしれない。もちろん、僕たちは責めようだなんて思わない。それでも一度、彼女は噂というオカルトに区切りをつけてしまったのだ。
それが今、再び現実に起きているかもしれないと思うと、区切ってしまったことで他の部員メンバーと沙知を危険にさらしてしまったと、責任を感じてしまう事は想像に難くない。
そんな果歩の為にも、僕は方向性を示してやらねばならない。オカルト研究部の部長として、人生の一年先輩として。
「もう一度、噂に関わったかもしれない場所を探索してみよう。そこで何か見つかるかもしれないし」
「えっと、関わった場所って言えば、学校の屋上と落下したビルの看板、私たちのクラスの教室、あとは河川敷の夏祭り後かしら」
奏が冷静さを取り戻し、噂と関係ありそうな場所を列挙してくれた。しかし、戸惑いは表情で見て取れる。自分でも何かをしていなければ気がすまない、といった感じだろうか。
よく見れば、周りのメンバーも同じような表情をしている。表向きでは、僕と奏の言葉に同意しつつも、内在化している得体の知れない噂の正体に怯えている。
とりあえずは部長として人選をする。僕と奏は看板のあったビルを、浩介には僕たちのクラスの教室を、果歩と雷夫には学校の屋上をそれぞれ調べてもらうことにした。
一応理由を挙げておくと、看板のあったビルは僕と奏しか知らないということから僕と奏が担当し、僕たちのクラスへは、後輩の二人には荷が重いと考えたので浩介が担当してもらうことにした。河川敷を選ばなかったのは、まだ夏祭りが最近のことであり、思い出したくないこともあるだろうという配慮からだ。そして、消去法で果歩と雷夫には学校の屋上を担当してもらうことにした。
*
学校を後にして、奏と共に看板のあったビルを見上げる。あの事故以降、新しく看板が取り付けられる事もなく、貼り付けておく骨格だけがむき出しになっていた。
視界の片隅に空が写り込む。今日は雲の量が多い。天気予報の降水確率はそんなに大きい数字ではなかったと記憶している。その少ない確率の方に転がっていくのだろうか。
「十階建てみたいね」
奏は冷静に言った。
僕とは違って、何階建てなのかを、窓を数える事で把握したようだ。感慨に浸っている僕とはまるで違う見方をしている。それに合わせて僕も頭を切り替える。
「ここの屋上に看板があった訳だから、十階より高い位置から落ちた事になるね」
つい口をついて出た言葉だが、よく考えたらどうでもいい事かもしれないな、と思った。なぜなら十階も十一階もあまり変わらないような気がしたからだ。
奏の方を見ると、勇ましい事にそのビルの中に入って行くのが見えた。
「ちょっ! 勝手に入って行ったらダメだろ?」
僕は奏を引き止めるが、奏は振り返ると、当然のように言った。
「こういう複数の企業が入っているビルは、エントランスや受付がないじゃない? だから、どこに用事があるのかは悟られないし、目的を探られる事もない。だって、私たちがどこの企業に用事があるのかわからないんだもの」
それでも、制服のまま入って行くのは如何なものだろうか。僕はそんな疑念を抱きながらも、奏の勇敢な足取りについて行く。屋上に向かう間に、何人か背広を着た人とすれ違ったが、眉間を寄せられて怪しむような目で見られたが、特に何か言われる事はなかった。
ある意味、簡単に屋上前の扉にたどり着く事が出来た。扉に鍵はかかっていない。奏がドアノブに手をかけると、切り裂くような声が聞こえてきた。
「来るんじゃないっ!」
僕たちは背筋と肩を震わせ、声の出どころを警戒する。後ろを振り返り、登ってきた階段を見下ろしてみるが人影はない。よって、僕たちに向かって放たれた言葉ではない。
奏と顔を見合わせる。すると、そこから滑るように屋上へと続く扉に視線が流れた。
声の出どころは屋上である事に、お互いの目線を通じて確認する。
息を呑む音が聞こえた。僕が無意識に息を呑んだのか、奏の呑んだ音が聞こえたのかはわからない。僕たちの意識は、扉の奥に向いていた。
好奇心に負けた僕たちは少しづつ、ゆっくりと扉を開いていく。特に意味はないのだが、静かに開けるよう努める。しかし、ゆっくり開けたぶん、扉の金属を引きずるような音は低く、長く続いた。
「誰だ!」
当然、扉の向こうにだって聞こえているのだから気付かれもする。僕たちは観念してしぶしぶ屋上に出る。
そこには二十代くらいの男女二人がいた。このビルに入っている企業の社員だろうか、二人とも背広を着ている。その二人の位置関係から今何が起きているのかが確信に近いレベルで想像できた。男はビルの端に立っている。女は数歩分離れている。
つまり、男はこの高さから飛び降りようとしており、それを女性が止めようとしている、と予想がついた。




