「お待たせしてすみません」
中間テストが終われば、待っているのは夏休みだ。終業式を終えた校舎内は、何をして遊ぶか、どこで遊ぶか、の話題が主流になってくる。一方の僕はというと、何の予定も舞い込んで来ない。
きっと今年も、去年と同じで、文化祭に向けて噂についての調査で歩き回る事になるだろう。その他には夏期講習もある。部員と過ごせれば、それはそれで楽しい夏休みになる。
しかし、それだけで終わるような夏休みではなかった。
「夏祭り!?」
「そうですっ! せっかくの夏休みなんですから、少しはイベント的な事しないともったいないですよぉ〜!!」
そう、僕にも一般に遊びと呼ばれる予定が舞い込んできたのだ。放課後、部室に来てみたらいつの間にかそんな話になっていた。
僕たちの夏休みに夏祭りとかいうリア充イベントを持ってきたのは、果歩だった。
部室の扉を開けると同時に「夏祭り!」と、突撃されたのだ。
「いや、別にもったいないとかいう感覚ないし」
「何言ってるんですか、先輩っ! これまでも部活動を真面目にやってきたんですから、少しぐらい遊んでもバチは当たりませんよっ!」
一呼吸ごとに、果歩がグイグイと目を輝かせてくる。
夕美市では、毎年東西に延びる川の側で夏祭りを行っている。それも、僕たちがいつも通学路で使う橋から、東側の隣の橋まで、ずらりと屋台が立ち並ぶ。夜には打ち上げ花火も上がり、夜空に咲いては散りゆく花を見上げるのがちょっとした名物だ。
「果歩は友達多いんだから、適当に友達誘えるだろ?」
「あら、心外ね。丁度、夏以のOKサイン待ちだったのだけれど」
奏が椅子に座って、腕を組みながら口を挟んだ。
奏の言葉が気になり、部室内の様子を見渡す。雷夫は相変わらず目があった瞬間に慌てて視線を逸らす。結果、流れるように浩介を見やる。
「あ、俺も行くから」
聞くより先に答えられてしまった。どうやら、もう既にこの四人は結託しているらしい。これでは反対の余地がない。そもそも僕は人混みがあまり好きではないのだ。
僕は短いため息をついた。
「噂の調査も進展しているし、良いんじゃないかしら。それに、何か危険なことがあっても、私たちが付いていれば大丈夫でしょう?」
確かにオカルト研究部としての結論は、噂は口伝によるもので、確実な前例と根拠が全く無い。よって、噂通りのことが実現するとは限らないという考えに至った。ここまでの道程の労いとして羽を伸ばすのも悪くはないだろう。
ただ、何となく、本当にただ何となく、嫌な予感がする。得体の知れないものがまだ存在している気がする。それにリアリスの言葉も頭から離れない。
いや、案外逆なのかもしれない。こうやって、噂のことを考えてばかりいるから変な不安が付きまとう。僕はその考えに不安をしまいこむことにした。
「わかった。僕も行こう」
「わぁーい! やったぁー!!」
果歩は両手を高々と上げて喜びのステップを踏んだ。
*
校舎を出ると、セミが鳴いていた。終業式のあった今日は、午前中で授業が終わる。当然、僕は午後に予定を入れている。
お昼を食べていないので、待ち合わせは駅から15分のファミリーレストランだった。
「こんにちは。お呼び立てしてすみません」
「あぁ、こんにちは」
州崎警部は先に店に入っていたが、注文はまだのようだった。氷水を手元に置いて、メニューを眺めていた。
前と同じ、奥の角のテーブル席に座っていた。
「お待たせしてすみません」
「あぁ、そんなに待ってないよ。とりあえず、座って注文しよう。腹ペコなんだ」
州崎警部はお腹のあたりを触って見せた。
僕は席に着くと、立てかけてあるもう一つのメニュー表に目を通した。その後に店員を呼び出し、注文を伝える。州崎警部はハンバーグ定食を、僕はミートソーススパゲッティそれぞれ注文した。
「今日は一人なんだね」
「州崎さん、奏のこと苦手かと思ったので」
「別に、苦手意識はないと思うが、まぁ、娘がいればあんな風に手を焼いたのかな、なんて考えれば内心笑えるよ」
州崎警部は小さく笑った。前にも州崎警部はそんなことを言っていた。州崎警部にとって、僕たちは自分の子供として見ているらしい。僕と同年代の人と接するたびにそんな感慨に浸っている訳ではないだろうが、こうして職務外でじっくり会話をするとなれば、そのほころびが出てしまう事も想像に難くはなかった。
「で、今日は何の話で呼んだんだい? 何かわかったことでも?」
一通り語った後、州崎警部は表情を引き締めた。それは、警察署で顔を合わせた時と同じ、仕事の顔だった。その表情は流石は警部言った顔で、自然と背筋が真っ直ぐになってしまう。
僕はなるべく表情を変えずに、落ち着いた声を心がけて言った。
「答えられる範囲で良いので、黒崎真珠について教えて下さい」
州崎警部は、ゆっくり息を吐きながら背もたれに体を預けた。少し目線も斜め上を見るような角度になっている。
少し拍子抜けしたのだろうか。だとすれば、期待に沿ったもので無かった事は申し訳ない。と、心で謝っておく。
「彼女の、何が知りたいんだ?」
「では、自殺の原因を教えて欲しいです」
再び州崎警部はため息のような息を一つ吐く。その後に顎に手を置き、氷水の入ったコップを見つめながら話し始めた。
「自殺の原因はほとんどわかっていないんだ。いじめに遭っていた訳でも、家庭の問題でもなかった。先生との関係も人並みで、いったい何が彼女を自殺に駆り立てたのか、それがまるでわかっていない」
そこまで言い終わると、チラリとこちらに目を合わせ、再びコップに視線を落とした。
その一瞬の視線に、僕はどきりとした。
「ただ、専門家の話によると、彼女は生前、自殺者によく見られる性格をしていたそうだ」
「自殺者によく見られる性格?」
「一言で言えば、優しすぎる性格だそうだ」
「彼女が優しい人だということは知っています。それが、自殺とどう関係あるんですか?」
それを聞いたタイミングで注文していた料理が運ばれてくる。僕たちは黙ったままそれがテーブルに並べられるのを見つめた。
「ごゆっくりどうぞ」
料理を並べ終えると、弾けるような笑顔で店員はその場を後にした。
州崎警部はすぐにナイフとフォークをカトラリーバスケットから取り出し、デミグラスのハンバーグに最初の一切れを差し込んだ。
「君は世の中を綺麗だと思うかい?」
ナイフを前後に動かしながら州崎警部は尋ねた。
「そうですね、どういう意味での綺麗さかはわからないので、答えようもないですけど……」
「まぁ、良いや」
そう言うと、ハンバーグの一切れを口に運び咀嚼する。僕もそれに合わせてフォークでパスタを巻きつける。
お互いに一口目を待ってから、州崎警部は続けた。
「人ってのは、自分の価値観で物事を見たり聞いたり、考えたりする。それは理解できるだろう?」
「はい、わかります」
「優しい人っていうのは、自分の優しさ故に、世の中が不条理に見えてしまう。結果的には世捨て人や悲観論者になるらしい」
「理屈はわかります。黒崎真珠はそんなに優しい人だったんですか?」
「あぁ、うちらの調べじゃ、悪い話は一つも出てこなかった。それどころか良い評判ばかりだ」
そういえば、浩介も同じようなことを言っていた気がする。確か「友達がいないのに、他の人に優しさを振りまいていたら疲れる」みたいな事を言っていた。要するに、自分は孤独で傷ついているのに、他人の為にさらに自分で自分の傷を増やしている、という事だろう。
それでも、やはり黒崎真珠のことがわからない。少なくとも、僕たちの方では「何かを確認するため」ということになっている。ただ、わざわざ死んでから確認したいことを、僕たちに託すことは不安を煽られる。
少しの沈黙の後、僕は州崎警部にオカルト研究部の見解を伝えた。
「なるほど、夢、かぁ……」
「黒崎真珠が飛び降りた日から、不定期でその夢を見るんです。他の夢とは違って、すごく鮮明で……」
「話はわかった。だが、やはり警察としてはやることがないのも事実だ」
「いえ、警察のお世話になるつもりじゃ……ただ、胸騒ぎがするんです」
「君たちの中で決着がついたのなら、良いんじゃないか?」
州崎警部の言うことはもっともだ。きっとこれ以上会うことも無くなるであろうことでもある。
それをわかっているようで、州崎警部は少し寂しげな顔で言った。
「君たちと噂を追いかける事が出来て、楽しかった。今日はお礼に奢らせて貰うよ」
「いえ! ありがとうございました!」
料理を食べ終えた州崎警部は立ち上がり、レジに向かう。と思ったら、レジに向かう途中でくるりと振り返って、戻ってきた。
「すまん、言い忘れいていたんだが。まぁ言わなくても良いことだろうけど、一応伝えておく」
何か重大な秘密でもあったのだろうか。しかし、「言わなくても良いこと」であるからして、あまり有益な情報にも思えない。僕は黙って州崎警部の次の言葉を待った。
「黒崎真珠が優しかった理由になるかはわからないが、彼女はキリスト教に憧れていたらしい」
キリスト教、と僕も小さく反復した。別に僕も詳しいわけではないが、社会の先生いわく「愛の宗教」だとか。そんな話を聞いた気がする。愛を持って、他人に優しくすることがキリスト教なのだろうか? それすらも分からない。
州崎警部は「じゃっ!」と軽く手を挙げて今度こそレジに向かう。僕も立ち上がり、その後ろ姿に頭を下げた。
僕が店を出ると、最高気温の時間帯は過ぎて、ほんの少しだけ涼しい風を感じられる様になっていた。
その時、スマホで時刻を確認したのだが、メールが一件入っていた。送り主は奏だ。夏祭りの日にちと、集合時間、集合場所など、軽いタイムスケジュールが書かれていた。
僕は空を見上げて息を吐いた。それは、何に対してのため息なのか、僕にもわからなかった。




