「いや、お疲れ様とは言ってないだろう」
「中間テストお疲れ様」
そんな言葉からオカルト研究部の会議は始まった。奏と雷夫はいつも通りだが、果歩と浩介は本当に疲れ切っているように机に突っ伏している。
しかし、僕はそれに構わず本題に入る。
「今日は一つみんなに聞いて欲しい事がある。それは、突拍子もない発想かもしれないけど、噂が怪異の類である可能性として聞いて欲しい」
「確かに、現状では怪異か人為的なものかわからないけど、何か根拠でも?」
奏は少し突っ込むように鋭く言った。奏程の人であれば、定期テストなど容易な事だろうが、やはり一度テストに向けて詰めたものを解放させたいのかもしれない。その通りならば、これから話す内容について申し訳ない気持ちもある。
「根拠は無い。でも、無視できないような気がするんだ」
「で、どんな話かしら?」
「実は、あの日、黒崎真珠が飛び降りた日から、変な夢を見るんだ」
「夢?」
少し興味が出てきたらしい果歩が食いつくように反復する。
僕はそれに頷いて話を進める。
「黒崎真珠と同じ容姿をした女の子が、僕に話しかけてくる夢なんだ。その女の子はリアリスと名乗った。そして、彼女と噂についての話をした」
「どんな話ですかっ!?」
既に果歩は目を輝かせている。話を始める前とは一変して、果歩だけが飛び抜けて元気になった。相対的に周りが下がったようにも見える。
「実は、その話が現実と密接に関わっているんだ。しかも詳細に。そして昨日の夢でリアリスは僕にヒントを残した」
僕はホワイトボードにリアリスの言動から読み取れるヒントを書き連ねた。
・噂は実在する。
・黒崎真珠は何かを確認したかった。(それは、僕がリアリスに聞かれた「どうして助けなかったのか」に関係している?)
・噂の情報が全く存在しない事がヒント。
「なるほど、一つ目と三つ目はともかく、二つ目は気になるわね」
奏は顎に手を当ててつぶやくように言った。
「でも、これじゃ、このヒントから何がわかるのか、わからないんじゃないかしら。噂は怪異か人か、噂の止め方、黒崎真珠についての何かか、具体的に導き出せるのか分からないわ」
「えっと、夢と現実に一貫性があるならば、怪異、という事は言えるのではなるかと……」
雷夫が小さく奏を咎める。
奏は自分で気づきたかったところを不覚に思ったのか、顔をしかめた。しかし、それは逆に怪異の可能性が色濃くなったという事でもある。夢から現実へと考えるならば、やはり怪異だろうか。
「それにしてもさぁ、なんで三つ目だけあからさまに『ヒント』なんて書いてるんだ? それに三つ目って、俺らが散々調べてきた事の結果じゃん。まぁ、まだ現在進行形だけど」
浩介が机に突っ伏しながら言った。
「三つ目は、リアリス自身の口から『ヒント』だと言ったんだ。だから、恐らく、噂の調査が意味をなさない、という事を言いたいんじゃないかもしれない」
「それじゃあ、やりようがねーじゃん。どうすんの?」
「噂だけが一人歩きして、現象は伴っていない。という事かしら?」
奏は悠々と言ってのけた。確かに、僕が噂に関して知っている事は黒崎真珠の一件だけだ。それなのに、噂の事実についてはことごとく情報がない。それならば、噂は単なる口伝でしかなく、実際に起こる現象とは無関係と考えることができなくもない。
それならば、「噂は実在する」という理由も「話としては実在する」という解釈が可能だ。
「でも、実際にはそうならない噂を、黒崎さんは実行しようと思ったのでしょうか……」
雷夫が提起した新たな謎は、果歩によってあっさりと解決した。
「それが二番目なんじゃない? 何かを確認するために、噂を利用した。その理由はわかりませんけど……」
「確か、真珠さんは噂の存在を信じていたわよね。だとすれば、確認したかったのは事柄は命を絶った後の事という可能性が高いそうね」
「なるほど、それなら、『自殺前に何をやり残したのか』ではなく『自殺後に何を確認したかったのか』という事になる訳だ」
僕たちが話をしていると、理解の線がプツリと切れそうになっている人がいた。前も、嘆きの声を上げた本人は、この世の終わりを悟ったような顔をして頭を抱えていた。
「あー、ごめん、浩介。とりあえず、前に出した7つと照らし合わせて、情報の整理をしよう」
僕は前に出た謎を7つ書き出した。
1、黒崎真珠はなぜ、オカルト研究部の部長という情報だけで、顔も名前も知らない秋澤夏以を狙ったのか
2、黒崎真珠はなぜ、噂を再現しようとしたのか
3、黒崎真珠はなぜ、飛び降りる前に「ごめんなさい」と言ったのか(噂が実在する事の証明?)
4、そもそも噂は怪異なのか人為的なものか
5、いつから噂は始まったのか
6、止める方法は何か
7、秋澤夏以の身に起こった事と噂の関連性
これをリアリスのヒントを元にして、ブレイングストーミング的に意見を出し合い、まとめてみる。
・黒崎真珠は噂を信じており、死後に何かを確認しようとした。それは噂の有無? だとすると秋澤夏以に託す事でオカルト研究部を巻き込み、調査してくれると思ったから、秋澤夏以を狙った。
・噂は口伝でしかなく、現実には起こっていない。それにも関わらず、秋澤夏以の身に危険が及ぶのは偶然である可能性がある。夢の事を考慮するならば、怪異によるものである可能性が高い。そして、それはまだ不完全である。
・噂の始まりはいつなのか。これについては、今後のオカルト研究部の課題になるだろう。
その他の項目として、「リアリスがなぜ、僕が助けなかった理由を欲しているのか」が頭に浮かんだが、個人的な問題だろうと思い、書き記す事はしなかった。
「大体はこんな感じかな」
「これって、要するに『噂の内容はもう気にしなくて良いよ! お疲れ様っ!』ってことで良いですか?」
果歩が机から身を乗り出し、張り切って言った。確かに、黒崎真珠の目的が噂の有無だった場合、僕の夢を現実と重ねて考えた場合、解決したと言っても過言ではないような気がした。なぜ黒崎真珠が死んでまでも噂の確認をしたかったのかはわからないが、本質として、僕の死が回避されたのだからもう詮索しなくても良いだろう。
「いや、お疲れ様とは言ってないだろう」
「でも、先輩は死ななくて済むんですよね?」
「まぁ、そういうこと、なのかな……」
部室に大きな四人分のため息が重なった。きっと、なんだかんだで僕のことを助けようと気を張っていたのだろう。今日の解決に伴って、重たい肩の荷を下ろす事が出来たのだろう。
僕はそれに姿勢に頭を下げる。
「みんな、今までありがとう。これからもよろしく頼む」
頭を下げているので、表情は見えない。きっと思い思いの顔をしているだろう。だって、ほら。僕が頭を上げると、みんなバラバラの表情だ。
一呼吸おいて奏が言った。
「それじゃあ次は、文化祭に向けて『大調査! 夕美市の噂の起源に迫るっ!!』みたいなのを発表できるようにしましょう!」
「あ! それ良いですっ! さすがかなちゃん先輩!!」
リアリスを信用してみるだけでも、こんなにも情報がまとまるとは思わなかった。しかし、なぜ急にリアリスはヒントを与える気になったのだろうか。ただの傍観者で、僕が慌てふためくのを面白がっていた彼女が……。
それに、簡単に「噂は話の中だけで、現実には起こらない」と決めつけて良いのだろうか。今日の会議では納得できる考えが出た事は間違いないが、事実とは限らない。
明らかになっていく事が増えるたびに、不安が大きくなるのは、単なる杞憂だろうか。