「いえ、言うと決めたので……」
「僕がなぜオカルト研究部に入ったか、の話でしたね……」
雷夫は開き直って話題を戻した。僕はそうしてくれた事に安堵し、そして嬉しかった。雷夫は生徒会や学級委員など、様々な場面での活躍を耳にするが、雷夫自身の人となりはあまりわからない。だから、こうしてオカルト研究部に入った理由を尋ねるのも、そういう好奇心の一貫だ。
雷夫は再び恥ずかしそうにしながら話した。
「まず一つ目ですが、名前負けしないように、です……」
本人には悪いが、なるほどと思ってしまった。確かに「雷夫」という強そうな名前に対し、全然似つかわしく無いたどたどしいし、臆病な所がある。集団を相手にするならそれとなくやってのけるのに、こうして対面になったら人が変わったように弱々しくなる。
雷夫は話を続ける。
「人の怖いものとして、地震、雷、火事、親父、という言葉がありました……。その内、僕の名前には雷と親父という単語から貰った訳で、力強く育ち、勇ましい人になってほしいとの願いを受けました……。でも、実際はてんでダメで、両親には心配ばかりかけています……。そんな自分を鍛える意味で、オカルト研究部を選んだんです……。実際には、呪いとか、幽霊とか、いないとわかっていても、怖いと思うので、鍛えるには丁度良いと思ったんです……」
「でも、一対一よりも、集団。例えば、朝会とかのスピーチは全然そんな様子には見え無いけど」
「あれは、家で仕込まれましたから……。それに、集団は個人じゃ無いので、一方的に決定事項を伝えたり、逆に意見を言わない仕切りとかなので、あんまり考える事なく話せるのだと思います……」
雷夫、という名前をつけるのだから、そういう願いが込められているのだろうとは予測できたが、流石に大勢の前でスピーチができるように仕込まれているとは知らなかった。ご両親もさぞかし努力した事だと思うし、雷夫もそれに応えようと頑張っているのだと思った。
これ以上深掘りするのはなんだか、よその家庭の内を踏み荒らすようで気が引けた為、本題に戻る事にした。
「なるほど。それで、二つ目の理由は?」
それを聞いた途端、雷夫は立ち止まって俯いた。答えに迷っている様子も、話すかどうかを躊躇している様でもなかった。
僕は前屈みになって、雷夫の顔を覗き込む。その頬は、夕日のようなオレンジ色に染まっていた。
「言いたくなければ、良いんだよ?」
「いえ、言うと決めたので……」
僕は雷夫の次の言葉を待つ事にした。きっと雷夫は頭が良い分、考える事も長くなってしまうのだろう。だから頭の中で慎重に言葉を選ぶ。僕はまたその言葉を聞きたいと思う。
雷夫は、やや深い深呼吸をすると、真っ直ぐに僕の目を見た。
「僕は、稲美さんが、好き、だから、です……」
まるで文節で区切るように言った。
尻すぼみに発せられた言葉を、僕は正しく理解できなかった。脳内で雷夫の言葉を反復し、その意味がじわじわと、コップに水を注いで水かさが登っていく様に鮮明になってくる。
「え、あ、えっと……」
僕はいつもの雷夫の様な口調になってしまう。予想外、というより、意外過ぎて、どう返して良いのかわからない。これが浩介や果歩のような相手なら、多少は笑えたのかもしれない。しかし、よりによって雷夫とあってはそうもいかない。
戸惑っている僕をよそに、雷夫は続ける。
「稲美さんは、僕にはないものを持っています……。誰とでも、分け隔てなく話せて、明るくて、友達も多くて、調べ物をする時も一生懸命で、それで……」
雷夫はそこで少し言い淀んで、唇を噛み締めた。俯いているので顔は影になっているが、先ほどから顔がオレンジ色に染まっている。そして更にゆでダコのように赤くなる。
「それで……かわいい、ですし……」
言い終えた後、手で顔を覆ってしゃがみこんでしまう。僕もそれにつられて、雷夫の隣にしゃがみ、背中に触れる。
あぁ、雷夫もやっぱり普通の健全な男子なんだな、と思った。
「じゃあ、ごめん。折角図書館で二人きりだったのに……」
「良いんです。二人だけだと、上手く勉強を教えられたか、わかりませんし……。それに、わかってるんです。僕なんかが稲美さんと釣り合うわけが無いって事。だからせめて、隣で何気ない笑顔を見られれば、それで良いんです……」
覆った手の中で、雷夫は泣いているのだろうか。理性と感情の葛藤、それは一人の中だけで起こるものではない。自分以外の誰かがいるから、悩んだり苦しんだりするのだ。
だから、雷夫も普通の高校生だ。大勢の前で話す事に慣れていても、人と話すときに人見知りが激しくても、普通のどこにでもいる高校生なのだ。
「そっか、でも僕は応援するよ。ただ、キューピッドにはなれないけどね」
「構いません……。いつも通りでお願いします……」
雷夫は安堵した様に笑った。重い荷物を降ろしたかの様に、柔らかい笑顔を僕に見せた。
その笑顔を見て、僕たちは再び歩き始める。
そして僕の噂の見解について雷夫に話してみたいと思った。後輩である雷夫にこのような感情を抱くのは変かもしれない。しかし、雷夫の大切な秘密を知った以上、それと同等の話をしなければならない様な気がした。
「あのさ、夢が現実になるって事、あると思う?」
「ない、とは言えないかもしれません」
雷夫は、普段よりも軽めの口調になっていた。心なしか怯えた様子も緩和されている様に見える。
「そうなの?」
「予知夢、がその例です。生物的本能が、夢の中で危機を知らせてくれるとか……。あと、海外の方では、夢に出て来た先祖の財宝のありかを夢で見て、実際にその場所を掘り起こしたら、本当に財宝が出てきた、という例も報告されているそうです」
「つまり、自分の知らない情報を夢で見て、それが現実に反映されている、ということ?」
「そう言い換えることもできると思います。圧倒的に例は少ないですけど……」
「なるほど」
ということは、一つの可能性として、リアリスを言ったことを現実に置き換えて考えても良いのかもしれない。もしもこの考えがまかり通るならば、新しい情報として、部員全員に考えてもらうことが出来る。
夢の中の事が情報源になれば、これは前進したと言って間違いないだろう。
一人で考えを巡らせていると、雷夫が怪訝そうに顔を覗き込んでいた。
「あー、ごめん。ちょっと考え事してた」
「別に、構いませんけど、どうして急に夢の話なんか……」
「それは中間考査後に、会議で話そうと思ってる。でも、冒頭だけ雷夫に話してみたい。良いかな?」
「はぁ、構いませんけど……」
雷夫は不思議そうな表情で頷いた。
そして僕は端的に夢のことについて話した。
「どう、だろう? 何かヒントになりそうかな?」
「つながりがあるとすれば、興味深い話だと思います。やはり、他の人の話も聞いた方が……」
「そうだね。でも、このことを会議で言うことは、認めてくれるんだね」
「秋澤先輩、からかい癖でもあるんですか? 稲美さんでもそこまで茶化しませんよ……」
僕は今日何度目かわからないが、再び「ごめんごめん」と言った。
しかし、これで雷夫の肯定意見を貰うことが出来た。会議でもこれを挙げて、噂の真相にまた一歩前進する。
僕の約束された死の回避が現実的になってきた。
しかし、死から逃れられる方法に関しては全くの手付かずな事もまた、頭の片隅によぎった。