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「稲美さんっ! しーっ!」

 放課後に市立図書館に寄る事にした。理由としては学校の定期テストが近くなってきた為、部活が活動停止になったからではなく、個人的に調べものがあったからだ。

 今年の夏至は一ヶ月程前に過ぎたというのに、まだ夕焼けとは到底言えない位置に太陽が陣取っている。それでも確実に西へと傾いていると信じられるのは、僕が夕日を密かに楽しみにしているからだろう。

 それほどには、僕は夕美市の夕日が好きなのだ。


 市立図書館は、夕美中央駅から徒歩3分という絶好のアクセスのしやすさだが、駅からの利用者はそこまで多くない。それ故に、駅付近の住民が利用者の中心となる。

 市立図書館は二階建ての作りで、吹き抜けがある。南側に大きなガラス窓があり、吹き抜けを通して一階から二階までを日の光で照らしている。曽於のガラス窓も、外の熱を通さないように遮光のブラインドが下げられているが、館内が暗いとは感じない。

 二階の吹き抜けから見下ろしたところには閲覧スペースが広がっている。長机に椅子が四つ、しかし、机の前と横、足の部分にかけてまで仕切りが施されており、「一人一席のご利用でお願いします」という張り紙が貼られている。無論、長机ではない一つの机にスタンド付きのキャレルも存在する。相変わらず、こちらは人気が高い。

 逆に、本棚は一階、二階共に北側に配置されており、直射日光は当たらない様な構造になっている。


 僕は二階の歴史の欄を眺める。すると、見たことのある後ろ姿が背伸びをして、高いところにある本に手を伸ばしていた。

 僕はその背中越しに本を取ってやる。


「はい、これが取りたかったんでしょ?」

「な〜んだ、先輩か。どこのイケメンが取ってくれたのかと期待したのに……」


 果歩は明からさまに肩を落としてため息をつく。

 何だか心外だな、とは思いつつもそれを表に出す事なく、ごくごく当たり前の質問をする。


「どうしてここに?」

「見ればわかるじゃないですか、噂とこの街の歴史について、何か関連がないか、調べていたんです」

「あれ? でも、前に浩介と調べに来てなかったっけ?」

「あの時は私がへそを曲げてたんで」


 へそを曲げた、というだけでやる事を放り出すとは……。まぁ、強制ではないけども。そして、その分を取り返そうと思うのは、真面目と言って良いのかな?


「こうちゃん先輩は悪い人じゃないというのはわかるんですけど、やっぱり自分の意思でやるのと、他の人からやらされるのって、感覚が違うじゃないですか」

「なるほど」


 意外と果歩も繊細なのかもしれない。親目線で言えば、お年頃の反抗期という事になるのだろうか。

 果歩は僕に向き直ると、首を傾げながら聞いてきた。


「それで、先輩はどうしてここへ?」

「僕は個人的なことを、ちょっとね」

「ふぅ〜ん、そうですか。私が先輩の為を思って調べ物をしているのに、その横で当の本人は個人的な調べ物ですか」


 果歩はどうやらまたへそを曲げたらしい。手を腰に当てて、そっぽを向く。あからさまな膨れっ面は、こちらが感情を読み取りやすいようにしているのだろうか。

 なんにせよ、僕は果歩の機嫌をとることを除いても、同じ答え方をするつもりだった。


「ありがとう。僕も手伝うよ。個人的な調べ物は後でも良いからね」


 果歩はにぃー、と歯を見せて勝ち誇った様な笑顔を見せると「合格!」という言葉が返ってきた。一体何に合格したのかはわからないが、特に聞く必要もないだろう。

 果歩と一緒に夕美市に関する何冊かの本を手に取り、席に戻る。そこは仕切りのない四つの席がある机で、雷夫が座っていた。


「あれ? 雷夫も一緒だったの?」

「こ、こんにちは……」


 雷夫はこちらに気がつくと、椅子から立ち上がり、会釈をした。


「あー、少し調べて、その後にテストの勉強しようと思って連れてきたんです。イーオは学年一位の成績なので、勉強を教えて貰おうかと」


 雷夫は小さく二回頷いた。

 確かに、頭の良い人に勉強を教えて貰うというのは効率が良い。自分で何時間もかけて勉強するよりよっぽど時間を有効に使える。

 そういう考えが出来る果歩も賢いのではないかと思う。それにしても、二人はどうしてこんなに仲が良いのだろうか。傍目では、果歩が雷夫を引きずり回しているように見えるが……。


「それじゃ、始めましょう!」

「稲美さんっ! しーっ!」


 果歩の威勢の良い声は自然と大きく発せられていた。雷夫はビクつきながらもそれを咎める。


 初めの一ページをめくってから、一時間程が経過した。僕が目を通す限りでは、完全には覚えていなくとも、どこかで目にしたことのあるような内容ばかりだった。

 正面に座る果歩は何か気になるところを見つけただろうか。


「どう? 何か気になる記述はあった?」

「どうでしょう、個人的に気になるのは幾つもありますけど……」


 果歩は両手をピンと伸ばして机に突っ伏した。

 もともとオカルト好きの果歩には、こういう読み物は宝の地図を見ているのと同義なのだろう。しかし、そのあらゆる宝の地図の中からお目当ての宝の地図を見つけるのは至難の技だ。

 隣に座る雷夫の様子をそっと覗くと、素の表情のまま黙々と読み続けている。眼鏡を上に戻す仕草をした時に、目が合いそうになって再び逸らす。ここは集中させて置こう。

 雷夫が今の本を読み終わるまで、僕は果歩に少し話を振ってみようと思った。


「果歩はどうしてオカルトに興味を持ったの?」

「私ですかぁ?」


 果歩は突っ伏した頭を上げる。すっかり疲れ切っているのか、情けない声で答えた。これからテスト勉強するんじゃないのか……。

 僕は頷いてその先を促す。


「私がオカルトに興味を持ったのは未知の領域だから、ですかねー」

「未知の領域?」

「そうです。今の世の中、誰でも色んな情報が発信できますし、いつでもどこでもあらゆる情報を得ることができます。そういう世の中だから、知らないことにときめかなくなってしまったんです。だから、存在自体があやふやなオカルトに興味を持ったんだと思います」

「何かを知ろうとして行動している自分が好きということ?」

「そうかもしれません。私も心のどこかでは噂なんて存在しないって決めつけているのかもしれません。ただ、簡単にわかる答えより、自分でたどり着いた答えの方が嬉しいのは本物です」


 果歩は単なる趣味としてオカルトが好きなのだと思っていたが、結構真面目な理由だったことに驚く。果歩にとってのオカルトとは、アイデンティティのようなものなのだろう。

 そして果歩の言葉を聞いていると、世の中にはわかっている事よりも、わからない事の方が少ないのかもしれないな、と思った。

 そういう性格なら、確かにへそを曲げた借りを返したいと思う事にも納得させられる。

 果歩は先ほどの様に疲れた表情を見せる。しかし、夕日に照らされたその表情は、全く違うものの様に見えた。

 僕は頬杖を着くと、なぜか微笑ましくなった。


「何にやけてるんですか、キモイです」

「ごめん、ちょっとね。思い出し笑い」


 果歩は両手の指を絡ませて今度は上に伸びのポーズをする。

 雷夫を横目に見ると、読み終えるまであと数十ページだった。それまでは、もう少し果歩と適当な話をする事にした。

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