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「あれ、なんか暗くない?」

 店を出ると、再びモヤッとした気持ちの悪い熱気に包まれる。それは振り払おうとしても、次から次へと体にまとわりついてくる様だ。

 空を見上げると、雲がほとんどない空のてっぺんに大きな光を放つ太陽が居座り、僕たちをジリジリと焼いていく。


「それじゃ、帰りも気をつけて」

「ありがとうございました」


 洲崎警部は車に乗り込むと、店の駐車場を後にした。僕たちは車が見えなくなるまで見送った。

 帰る途中、僕たちは黙ったままだった。

 暑い中を歩くには静かで良いのかもしれない。しかし、気まずさは付いて回り、僕たちをゆっくりと締め付けている様だ。

 奏も恐らくは同じ感情を持っているのだろう。暑さよりも何か話そうとして振り向くたびに、言葉が出てこないまま正面に向き直る。

 雷夫は相変わらず、僕たちの後ろからついてくるだけで何も話さない。

 沈黙に耐え切れず、少しどこかで涼もうと提案しようとした時、正面から何も知らない浩介が小さく手を振りながら近づいてきた。


「あれ? 何か暗くない?」

「浩介こそ、果歩はどうしたの?」


 奏は少し不機嫌そうに聞き返した。しかし、浩介にしてみればその態度は慣れっこで、態度を崩さずに答えた。


「あー、果歩はつまらないって、まっすぐ帰ってったよ。因みに俺は、図書館でもう少し粘って、飽きたから合流しようかと」

「で、何かわかったの?」

「まぁ、去年と調べたことは大体同じだったかなぁ。果歩が『私達によって新しい発見があるかもしれない』なんて言ってたけど、全く上の空だったし」


 言い終えると、浩介は手を奏に向けて「そっちは?」と尋ねた。


「洲崎警部は出来る範囲で協力してくれるそうよ。ただ、今の時点では有益な情報はあまりないわ」

「洲崎警部の見解では人によるものじゃないか、と言っていたね。まぁ、警察の人らしい考えではあるけど……」


 僕は付け加える様に言った。洲崎警部の考えは浩介とは全く異なった考え方だった。その辺りについて、何かぼやくかと思ったが、浩介は違うことについて聞いてきた。


「黒崎真珠については? 何かわかったのか?」


 奏はハッとした様に口を開いた。黒崎真珠について聞けなかったのは、自分の感情的な行動のせいと思っている様だ。

 それでも、奏は正しい事を言ったのだから、咎められない。。だから聞けなかったのは僕たちの間違いのせいでもある。


「今日は警察の内部についてと、洲崎警部自身について話をしただけなんだ。僕たちの中でも警察が怪しいと言っていた時があるだろ? それがある以上、信用できるかどうかを図らないと」


 僕の口から出た言葉は全て出まかせかもしれない。別に信じて貰おうとは思わなかった。僕のこの出まかせを見抜き、責められても構わなかった。それが奏への贖罪になるならば、甘んじて責めを受ける覚悟をした。


「でも、信用、できそうでしたね……」


 僕は雷夫の方を瞬間的に振り向く。まさか、あの真面目な雷夫が僕の出まかせに乗ってくるとは思わなかったのだ。きっと、いや、確実に雷夫は僕の意図を汲み、それに便乗してきたのだ。

 絶対的な真面目人を共犯にしてしまった罪悪感に襲われた。しかし、心のどこかではその行為に感謝している自分がいる事も明らかで、そんな自分にも腹が立った。

 今、この感情を表に出すわけにはいかない。

 僕は口の中で奥歯を噛みしめることで踏ん張った。

 雷夫は僕の振り向きに合わせて、視線を下に向ける。


「じゃあ、次に会った時にちゃんと聞かなきゃな。後、俺も洲崎って人に会ってみたいし」


 浩介は納得した様に頷いた。

 奏は後ろめたさからか、そっぽを向いたまま何も喋らない。

 このままでいい。この場は雷夫に助けられてしまった。僕はいつか雷夫と一対一で話してみたいな、と思った。

 僕たちは再び汗だくになりながら、帰りの途を歩き始めた。


 未だにセミが鳴いていないのは、寝坊でもしているのだろうか。その分、浩介がよく喋る。別に耳障りという訳ではないが、体感温度を引き上げているような気がしてならない。

 元々体育会系である浩介には、大した暑さではないのかもしれない。額には汗が滲んでいるが、表情は晴れやかだ。

 一方で僕たちは、ものすごく面倒な仕事を任された時のような顔をしていた。浩介が興味深い話の一つでもしてくれれば、少しは変わるのだろうが……。

 浩介の他愛ない話に痺れを切らしたのか、奏は「ちょっと寄るところがあるから」と言って、僕たちと別れた。

 男子三人になった僕たちは駅前まで戻ってくると。近くのコンビニに入り、少し涼んだ後、棒付きアイスを買って駅のベンチに腰掛けた。ベンチは日陰になっていたが、生ぬるい風しか入って来ない。


「いやぁー、暑い時に食うアイスは最高だよなぁ!」


 正直、コンビニの店内の方が涼しかったので、もう少し店内にいれば良かったと思った。しかし、浩介は「ここでもだいぶ涼しいぞ!」と言わんばかりの言動に、僕は頭を抱えそうになる。


「浩介は暑いのも含めて楽しめるもんね……。僕は、涼まないと倒れるから、その前の予防的な意味でアイスにすがっているよ」

「確かに、ここ数年の夏は暑いからなぁ」


 それは夕美市だけでなく、全国的にそういう気象になっている。将来的にはここも何度まで上がるのかわかったものじゃない。最近見たテレビでは、将来的には冷夏が続く、みたいな事を言っていた人事を思い出したが、いまの僕が暑さに苦しんでいる事には変わりがない。


「それにしても雷夫は遅いなぁ」


 僕たちは既に、アイスの袋を開けてアイスにかぶりついている。先に店を出たのは良いが、なかなか雷夫が出てこない。まだアイスを選んでいるのだろうか。それとも、トイレの順番待ちをしているのだろうか。


「そういえば、夏以、一つ聞いて良いか?」


 先ほどまでの興奮気味のテンションとは違い、真剣な表情を見せる。こういう時は割と重要な質問が来ると決まっている。

 「何?」とその先を促しつつ、僕は身構えた。


「集合した時に、どうしてあの女の人を助けたんだ?」


 その質問の意図としては、前に僕に部室で聞いた事に対応しているだろう。

 それに、リアリスとのこともある。彼女からも同じように尋ねられた。

 僕は、それをなるべく屈託のない面持ちを意識して答えた。


「綺麗事を言うのは簡単だよ。でも、僕が助けたのは、多分、後悔したくないから」

「後悔?」


 浩介はアイスを食べ進める手を止めていた。アイスの溶けた滴が、ポトリと地面に落ち、目に見える速さで蒸発していく。


「浩介が言った、あの質問だよ。『なんで自殺なんかさせたんだよ』って。でもそれが今回みたいに『どうして助けたんだ?』と言われた方が良い。まぁ、僕自身のエゴなのかもしれないけど」

「そんな事ねぇよ」


 僕は浩介の横顔に目をやった。しかし、目は合わなかった。

 浩介は、溶けたアイスの滴を目で追っているようだった。


「自分の為に、誰かを助ける。言い換えれば、誰かを助ける事で、自分を肯定する。それはエゴかもしれないが、よっぽど善性があると思う。例えそれを偽善と呼んだとしても」


 こんな事を浩介から聞けたのは意外だった。浩介の事だから、担がれているような、はたまたこうなるようにカマをかけられたような感じもする。しかし、誰も傷つけないやり方だと思った。

 聴き終わった後に、ファミレスの奏の心境を考えると、やはりどこかに突っかかって苦しくなった。

 気がつけば、僕のアイスも溶け始め、滴が小さな水溜りを作っていた。


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