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使用人たちの語る

  庭師のクロードの語る


 ああ、シャン゠ゼリゼ大通りにある豪勢なお屋敷で働いていたぜ。給金が良かったからな。プロイセンの長ったらしい名前の伯爵様を後援者にした、威張りくさったオバサンだった。世の中はああいうのを美人っていうのかね? ツンケンとして可愛げはないし、俺が働き始めた頃には四十近かったし、三十に手の届いていなかった伯爵様なら遊ぶのにどんな女でもより取り見取りだったろうに、なんだって十以上も年上の女に入れ込んだんだろう。俺には判らない。貢ぎ過ぎて、勿体無くて女を捨てられなくなったって奴かも知れない。

 季節外れの果物や食材を食卓に並べる、高い葡萄酒を何本も開けるさせるのは日常茶飯。粒の小さな宝石なんぞ見せようものなら、もっと大きな物はないのかと外商に言い付ける。おまけに若さを保ち、肌を綺麗にしたい、髪を艶やかにしたいと、温めた牛乳とイーストを混ぜて小麦粉で粘りを付けた物を肌に貼り付けたり、溶き卵を髪に塗りたくったり、パン菓子みたいに天火に入る気なのかと、頭を捻りたくなった。

 オバサンは自分に金を使うのに頓着しなかったが、他人の為には吝ん坊だった。掃除が行き届いていなければ掃除夫や家政婦が、庭に落ち葉が残っていれば庭師の俺らが説教喰らって、その分給金から差し引くと脅してきた。手際の悪い奴は実際に減らされていた。他所(よそ)より給金がいいんだから、それくらいの罰は当然だと言い張りやがった。

 何でもいい物を仕入れ、また売り込みに来る輩がしょっちゅう出入りしていたから、こちらも多少のおこぼれをいただけた。それくらいの役得が無ければやる気が出なかった。

 やたらと客の出入りが多くてね、こちらはいつも庭を綺麗に整えるのに苦労だった。酔って庭木を折ったり、花を引きちぎるように手折ったり、派手な粗相をやらかしてくれたりと、丹精込めて世話している庭師泣かせだった。



  住み込みの家政婦リュシーの語る


 ノイブランデンブルク伯爵の後援を受けていた女性を、奥様(マダム)といつもお呼びしておりました。奥様は仕事に厳しい方でした。当然ですわ。ドレス地にしてもおかしくない生地でカーテンを作り、大理石を使った壁や階段、最高級の皮地や絹織物の絨毯、彫金をあしらった浴槽などなど、黒檀や紫檀のテーブルや箪笥、銀食器に、セーヴルやマイセンの陶磁器、カバラのグラスを何種類も揃えられていました。そういった立派な品々に溢れておりましたから、取り扱う者たちは心得て、丁寧に手入れしなければなりません。管理する側の目は自然厳しくなっておりました。

 奥様が吝嗇だと言う者がおりましたが、とんでもないことです。他所様よりも良いお給金、良い待遇でお屋敷でお勤めしてまいりました。その分のご期待にお応えしなければなりません。

 無一文の身から才覚一つでここまで成り上がった見本がここに居るのだから、皆見習うようにと、奥様は考えていらっしゃったようで、それが判らぬ者や至らぬ者が奥様を悪く申しているのです。

 夏は太陽で温められていつまでも暑い、冬は凍り付きそうな底冷えのする、屋根裏のお部屋で寝起きしていましたが、いいお仕着せの服を貸与され、使用人の身だしなみも奥様ご自身で確認し、足りぬ所は優しく指導してくださいました。巴里で有名な芸術家や政治家、高貴の方々が毎日のようにいらっしゃっていたお屋敷でした。家政婦として忙しく立ち働いて、気前の良いお客様から親切にされ、過分なお駄賃をいただくことも多うございました。

 使用人の役得で、残り物をいただき、使い掛けの蝋燭は遠慮なくもらっていました。そういった部分、奥様は気になさりませんでした。また、二、三回着た服はもう着ないからと、惜しげなく下げ渡しをしてくださいました。

 気紛れな部分もございましたが、ご職業柄、お客様を飽きさせないように常に工夫していらっしゃったからだと思います。

 また、奥様はノイブランデンブルク伯爵様より十歳ほどお年上ですから、若々しくあろうと努力なさっておいででした。肌に良いと聞けば、瑪瑙や金をあしらわれた浴槽に牛乳を注いだり、お酒を注いだり、それはもう必死でいらっしゃいました。

 嗤うことはできませんでした。

 奥様は孤独を恐れておいででした。

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