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ふたたびジェラール・グラモンの語る

 数多くのクルティザンヌがいたこの巴里で、ブランシュ・ギモンは政治家や軍人、新聞・雑誌の業界双方の顧客がいたからその調整役をして、年齢を重ねてもあちこちから仲介を頼まれ、また情報を上手く利用して収入に繋げていった。またアリス・オジーは女優でデビューしたが多くの後援者から貢がれてクルティザンヌとなり、派手に暮らしていたが、堅実な面もあり、しっかりと貯め込み、株の投資もして引退してもから苦労せずに暮らしてしていけるように心掛けていた。

 ブランシュ・ギモンやアリス・オジーは若さや美貌を失っても安泰に暮らせた少ない例だ。マリー・デュプレシスのように病を得て若死にしたり(結核もそうだが梅毒だって怖い病気だ)、コーラ・パール程極端ではなくても、街娼や物乞いに落ちぶれてしまう女性たちは多い。なにしろクルティザンヌは自分自身を演出する為に、下着や髪飾りに始まって、ドレスや宝飾品、帽子や靴も一流品を身に纏っていなければならないし、気取った言い回しでの手紙の遣り取り、エスプリの利いた教養を感じさせる会話をする為の知的な訓練を怠れないし、流行や政治経済に無知ではいられない。要するに資本への投資には金が掛かる。クルティザンヌは多額の借金を抱えてる者がほとんどだ。そして金の掛かる女であると思わせておけば、顧客の男たちの見栄と競争心を煽ってますます人気を集められる。男と女のすることは上つ方も庶民も変わりはないが、一流の品物、一流の男たちに囲まれ、クルティザンヌは洗練され、輝きを増す。すぐに手に入るような従順な女よりも、高値の花の高慢な女の歓心を買おうとする屈折した喜びが至上なのだ。

 エレーヌが南仏出身の貴族と結婚すると聞いて、一度ピアニストと婚約した身だから、安定を望んでいるのかと思ったね。しかし、ラ・ペルピニャン侯爵なんて耳慣れない家名、詐称しているのでなければ、娯楽じゃなくて食卓に乗せる為の兎や鹿を本気で狩っていなきゃならない田舎貴族だと察したよ。事実その通りで、エレーヌは侯爵夫人の称号だけが欲しかったと、直ぐに夫を屋敷から叩き出した。

 実に天晴。

「結婚してあげて、苦界から引き上げてあげようとご親切に考えていたのですって。君がそんな女だと知らなかったと、(おか)に上げられた魚みたいに口をパクパクさせて、泣き出した。

 マルタンがわたしの何を知っているっていうの。わたしは助けてもらわなければいけない可哀想な女じゃない。誰かの助けが必要な弱い女と決めつけないで欲しいし、女は常に守られる側のやさしいだけの生き物じゃないと知るべきよ」

 マルキーズ・ド・ラ・ペルピニャン。なかなか面白い通り名のクルティザンヌの出来上がりだ。形式だけだけとはいえ、侯爵夫人。一人の貴族を破滅させたも同然となると、クルティザンヌの価値は上がる。実際エレーヌは人気絶大、ナポレオン3世からその一族の男性たち、取り巻きの貴族たちが交際したし、外国の王侯が来仏した際にもお相手した。銀行家の御曹司に、あちらこちらの大資本家たち、こちらはペン先を幾つも取り替えて記事を書いていた。お招きした、或いはお招きされた先での催し事の内容を含めて、とてもじゃないが書き切れない。

 独占したいが金がない、金で心は買えないからと暴力に訴える男や、嫉妬に狂った女の直接的な暴力や暗躍の犠牲になるクルティザンヌもいるが、エレーヌはそれを上手に躱しながら半社交界で生き残り、十年近く経った。

 成功するかどうかはともかく、クルティザンヌになろうとする若い娘はいつでも一定の人数がいて、新参のあの女性はどうだとか話題に上る。男にちやほやされ続けていても、年齢を重ねているうちに先行きどうしようかと、道に迷った気分になるものなんだろう。エレーヌはきちんとした後援者を得ようと考えたのか、それともラ・ペルピニャン侯爵なんぞと違った感情を抱いたのか知らない。こちとら女の気分を読もうとは露ほどにも思わない。そんなことしたら莫迦を見るだけさ。生きた人間の女と人形は別もの、勝手に夢見て期待して、期待が外れたと憤ったり嘆いたり、観察している方が余程楽しい。

 エレーヌがプロイセンから来た若い貴族に目を付けて、思わせ振りに振る舞っているらしいと情報を得た。

 調べてみたら大したもんだ。プロイセンでも指折りの名門貴族の上に、工場経営をしていて裕福、利益で鉱山を買ってそれを元手に更に工場を増やしてとなかなかの辣腕の資本家でもある、やたら長ったらしいお名前をお持ちの、ノイブランデンブルク伯爵の若きご当主だ。総領の甚六だった長男が若死にして、跡目を継いだ二男坊。機を見るに敏で冒険心があると評判だ。ラ・ペルピニャン侯爵とは大違い。

 エレーヌは積極的な売り込みをせず、目を付けた若者の行き先々について回り、着飾って優雅な姿をちらちらと見せつけた。エレーヌに気付いた連中からあれが巴里の冬夫人だの、ラ・ペルピニャンだのと教えられて、ノイブランデンブルク伯爵は所詮は娼婦と思いながらも若いから関心を隠せず彼の女を眺める。エレーヌは近くまで寄ってきても、側まで行かず、冷たい美貌からの眼差しを送ってみせ、伯爵が興味津々で話し掛けようとするとさっと歩み去ってみせる。そんな追いかけっこを繰り返して、遂にノイブランデンブルク伯爵はエレーヌにお付き合いを申し出た。エレーヌは勿体付けた分、伯爵に情熱をぶつけたり、拗ねたりと、手練手管を尽くして虜にした。

 ノイブランデンブルク伯爵は、遂に好きなだけ贅沢させる、幾らでも金はあるから、自分だけの存在になって欲しいと言ったそうだよ。

 羨ましいねえ。男として一度くらい女に言ってみたい台詞だ。

 伯爵の金でエレーヌは、巴里のシャン゠ゼリゼ大通りに面した土地を買い取り、大豪邸を建てた。門柱から内装から、ありとあらゆる高級な素材を持ってこさせて細工させ、ピカピカに飾り立てた。馬も馬車も負けないくらい立派。勿論、自分自身を飾り立てる服や宝石だってそれ以上だ。

「宮廷や貴族の宴に招かれなくてももう悔しくもなんともないわ。わたしは公爵夫人だって真似できない暮らしを手に入れたんですもの」

 情夫の金で威張っているだけじゃないかと、エレーヌを非難したけりゃすればいい。同時に、女に貢ぐ男が莫迦だと伯爵様にも言うべきだ。

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