同業者のブランシュ・ギモンの語る
エレーヌとはバーデン゠バーデンのホテルに行った時に顔を合わせているから旧知の仲って奴だったね。上手いことお客さんに気に入られて、婚約までしたのに、婚約者の不在中に家族から家を叩き出されたのは災難だった。ピアノ弾きの家のお茶会に呼ばれていた連中からエレーヌが追い出されて、安宿に身を置いていると話を聞いて駆け付けた。エレーヌったら風邪をこじらせていて、本当に弱りきっていた。
居合わせたグラモンが当座の費用は面倒見てやるから、養生に専念しろと申し出てくれたのは有難かった。こっちも安宿にいちゃ良くならないよと、あたしの屋敷にエレーヌを運ばせた。あんなせせこましくって不躾な男たちがうろうろしている宿じゃあ気が休まらない。風通しのいい、広い部屋でゆっくり休ませてやった。
あたしたちの商売は風向きのいい時はいい、悪けりゃ座礁した舟同然。どうなるもんか判りゃしない。デュマ・フィスの書いたオハナシのモデルになったマリー・デュプレシスのように貧乏ながらも貴族と結婚して、間もなく結核で死んで、美しく語り継がれる女もいれば、コーラ・パールみたいに男たちを手玉に取り、贅沢の限りを尽くしても、ちょっとした躓きから、落ちぶれて行方不明、どこかで物乞いをしながら暮らしていると消息が伝わってくる女もいる。
なんで尊敬されず、浮き沈みの激しい商売をしているかって訊くのかい?
それはこっちこそ殿方に訊いてみたいね。歴とした奥様がいらっしゃるのに女遊びをしたがる殿方もいれば、妻にするなら乙女じゃなくては嫌だと言いながら素人娘をじろじろと眺めまわして悪さしようとする野郎もいる。評判のクルティザンヌと一晩過したいと、魚河岸で競りをするように、高価な贈り物をしたり、大金があるとちらつかせたり、そんな職業の女を有難がっているのは殿方さ。説教するくらいなら、自制して、教会に献金していりゃいい。
女の方は事情は様々。憧れの都会に出てきたものの、お針子や工場での賃仕事では花の都での暮らしが楽ではないと知った辺りで、女衒に引っ掛かったり、金のある紳士が小遣い稼ぎに付き合ってくれないかと交渉してきたり。素人娘が悪戯されて、まともな結婚ができない身になったと悲観したり、そもそもが家族が離散状態、もしくは飲んだくれて拳を振り回す父親や兄がいて家にいられるどころじゃなくって、娘っ子一人生きていくには綺麗事を言っていられないとか、色んな話が聞こえるくるよ。
エレーヌが回復して、これからどうする気か尋ねた。
「婚約者を待つのかい?」
エレーヌは首を振った。
「幾らポールがわたしを愛してくれているからって、こんな目に遭わされて、帰りを待って泣きつくなんて、惨めすぎるわ。
それにわたしはよく判ったの。負けていられない」
「意地悪な小姑に?」
「いいえ、わたしたちを軽んずる人たちに負けられない。
宮廷で澄ましかえった王妃様も、ポーリーヌも一体何ができるっていうのよ。ただ、夫や家族の庇護を受けているだけ。富も名声も自分で築き上げたものじゃない。自分はその恩恵に与っているだけなのに、威張り散らして、わたしたちを汚らわしい存在だと、無いもののように扱う。
おかしいじゃない。ちくちくと針を動かしてドレスを縫うお針子や、台所でジャガイモの皮を剥いて、床をせっせと磨く召使いを、そんな仕事をしているのがお似合いの程度の低い人間だと鼻であしらう。
ポールに求婚されて、これでわたしも人の奥さんになれると安心したのがとんだ間違いだった。
わたしは人生を楽しみたい。自分の運命は自分で切り開きたい。澄ましかえった上流の人たちを見返してやりたい。その願いを叶えるには一人の男性に頼りきってはいけなかった」
「上流の方々だって隠れて何をしてるか知れないからね」
「あなたは、どこかの令夫人が若い男をお部屋に呼んでいるとかよく知っているでしょう」
「グラモンやジラルダンが教えてくれるし、あたしの可愛がっている子にそんなお役が回ってくる」
「わたしたちは報酬をもらって殿方を楽しませるけれど、上つ方は夫の金でのうのうと男と遊んでいる。片方は軽蔑されて、片方は粋だの、道楽の一つだと言われる」
あたしは言ってやった。
「エレーヌ、だったらやっぱり元の仕事に戻るのかい?」
「ええ、そうするわ」
「だったら思い切り派手にやらなきゃ。歳をくったあたしとは違ってまだまだ値を釣り上げられる。上流階級の紳士の目に留まるように、着飾って、それこそ劇場のボックス席で目立つようにしていなくちゃあ。
金が掛かったって構やしない。それは引っ掛けた紳士にいずれ払ってもらえばいい」
上流階級やブルジョワ層しか相手にしない仕立て屋や宝石店もあるが、金を払ってくれるのなら客を選ばない、逆にクルティザンヌのお気に入りとなれば宣伝になると、いい品物を作ってくれる店はある。
覚えているかい? マリー・デュプレシスが亡くなって遺品が競売に掛けられた時に先を争ってやって来たのは貴婦人方。
あたしたちを虚仮にしておいて、お古を手に入れようとするんだから、同業者で成功した女は貴族のご婦人よりも恵まれた暮らしを手に入れられた。
不道徳とそしられても、あたしたちは現に存在している。それも必要とされてね。
エレーヌには早速いい店を紹介してやった。洋裁店の女主人はエレーヌを見込んで、幾らでも注文に応えると請け合った。その分のツケは掛かるけれど、女主人はエレーヌなら回収できると踏んだんだ。
評判を下げた巴里を一旦離れ、エレーヌはイングランドの倫敦に渡り、心機一転蒔き直しを計り、成功した。見事にあちらの大貴族の目に留まり、ご寵愛を受けた。大貴族はエレーヌとしばらく交際した後、多額の手切れ金を与えてくれて、エレーヌは華々しく巴里へ戻った。手切れ金で借金を返せただけでなく、巴里でそれなりの屋敷を借りられた。ロード・サルフォードが夢中になったクルティザンヌと殿方たちはエレーヌの顔を拝みたがった。エレーヌは成功の階段を昇れたのさ。
そこから先は皆々ご存知の通り。