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画家のニコラ・コルニュの語る

 二回、ああ、はっきりと二回と覚えている。二回だけラ・ペルピニャンの屋敷の宴会に招かれた。一回目はとにかく挨拶して回って顔を売ろうしていたし、物珍しい品々や酒や食べ物に夢中だった。屋敷に招かれた学者や芸術家の連中はそれが目当てなんだから、うるさくしていたって仕方なかった。我々の思想や芸術を理解し、後援してくれるような方がいらっしゃらないかと莫迦みたいに必死だった。

 しかし、とんだ勘違いだった。あの屋敷にいたお偉い方々は学者のご高説も、駆け出しの詩人や画家の情熱も鑑賞しよう、将来に投資しようなんてまるで考えちゃいなかった。あの屋敷の女主人は色んな種類の人間を大勢集めて、色んな話や芸を披露してくれれば満足、かつての教養高いご婦人たちが主催していたような上品なサロンを創り上げようとはこれっぽっちも頭に無かった。

 後援者がプロイセンの貴族と聞けば、質実剛健、謹厳実直なご仁かと想像していたが、お若い所為なのか、異郷で羽目を外したいのか、これが巴里流の遊び方と思い込んでいるのか、ラ・ペルピニャンと一緒になって騒ぎの中で面白がっていた。

 ああ、騒ぎだ宴なんかじゃなかった。

 二回目に呼ばれた時にはっきりと感じたよ。一回目に一緒に呼ばれていた学者先生はいなかった。小難しい学説を説き始めたのが退屈と、嫌がられたからだと言っていた。じゃあ僕はどうだったのかと訊いたら、肖像画を描いてもらうのに、何人か画家を候補に上げていて、その一人だからと答えがきた。

 初めて来た時より勝手が判ってきて、広間に集まった連中を見れば、楽師のほかに、踊り子、うまうま旦那を見付けようと狙っているような崩れた感じの若い女性たち、怪しげな姿をして笑いを取ろうとしている男たちがお道化たり、媚びを売ったりしていた。いくらクルティザンヌの屋敷だからって、貴族の方々もいるのに、まるで娼館みたいじゃないかと、気分が悪くなってきた。

 品の無い冗談にケタケタと大声で笑う声、女性の胸元に捻じ込まれる金、運ばれてくる食べ物を小柄な男の頭にぶちまけて喜ぶ紳士の服装をした人々。紫煙と酒の匂いが充満して、目眩がしてきそうだった。

 古代ローマの退廃はこんなものだったのだろうかと、うんざりした。

 宴を主催するラ・ペルピニャンを睨みつけようと彼の女を見て、はっと驚いた。口元は楽しそうに笑みを浮かべていたが、ハシバミ色の目は笑っていなかった。

 乱痴気騒ぎを手配した張本人だろうに、不思議だろう?

 ラ・ペルピニャンは金次第で浅ましい真似をする類いの人間を腹の中で嗤っていたのだろうか。それとも……。

 本人に確かめる気はなかった。詰まらない人だわ、とそっぽを向かれるに決まっていた。彼の女が、クルティザンヌが男に本心を語る訳がないだろう。

 酔いを過して気分が悪くなったと言い訳をして、早々に屋敷を出た。外の空気がこれほどうまいと思ったことはなかった。

 二度とラ・ペルピニャンの招きには応じなかった。

 凄まじい上昇志向を持った人間がある程度の位置まで到達すると、物なら幾らでも手にでき、破壊できると、そして自身の行為が肯定されるかと、蕩尽を試みずにはいられないのか、彼の女の空洞のようにも映る、複雑な色合いに変化するハシバミ色の目を思った。

 ある種の虚しさに囚われていたのには違いなかった。しかし、彼の女の底なしの貪欲に巻き込まれたくなかった。カンバスにあの女性を姿と魂を写し取っていたら、こちらの魂を抜き取られてしまいそうで恐ろしかった。何もかも見透す冷たい視線と、不似合な遊惰な顔立ちと姿態。

 ラ・ペルピニャンは何もかも手に入れたいと願う女。そして、男を惹き付けてやまない神秘的な雰囲気を持った女。

 ハシバミ色の目が、見る人によってあれは(ふち)が茶色がかった緑だ、いや薄い紫色だと言うように、男の望むように、運命の相手を待ち望む切なさを見せ、自分以上の女はいないのだから崇拝せよと高慢にも変化する、最も女らしい女。

 挨拶で手を取っただけの女性だが、妙に忘れがたい。

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