ノイブランデンブルク侯爵の二番目の妻、カタリナの語る
わたしは初婚で、夫にとっては再婚でした。わたしと夫は三十以上年齢が離れています。最初の奥様とお子様がおできにならなかった、またプロイセンの国王陛下――ドイツ帝国の皇帝陛下と申し上げるべきですが、ロシア帝国から嫁いできたわたしにはまだ慣れません――、や宰相閣下と親しくしている侯爵家の当主が独身では体裁が悪いと決められた結婚でした。
え? そんな縁談を受け入れるのに抵抗はなかったのかですって?
抵抗って一体何ですか?
わたしは貴族の娘です。好いたのなんだのの感情や勢いで結婚できる身ではございません。命じられた縁談を蹴って、修道院に入れられてしまうのとどちらがいいのかいいのかと問われれば、侯爵夫人になるのを選びます。
そうしてわたしはプロイセンを代表する名士のノイブランデンブルク侯爵の妻となりました。
夫の最初の奥様の話はよく聞かされていましたから不安がありましたが、夫はわたしにやさしく接してくれました。
結婚して直ぐに、夫はわたしに隠していることがあると感じ取りました。五十を過ぎた男性なら若い女には判らない考えや感情があるのだろうと、気にしないようにしておりました。できるだけ明るく、単純な喜怒哀楽を見せていれば、年上の男性は安心するだろうと、世の中でいう年齢差のある若妻らしく振る舞っていました。
しかし、夫が一日に一回は地下室に行くのに気付きました。一人になろうとするのは書斎での読書や思索、気晴らしの庭の散策だろうかと気に留めていなかったのですが、どうやらそうではない、わたしやわたしの召使いの目から逃れるようにして、一人で屋敷のどこかに行く、それは地下室だと判明すると、わたしの心は揺れました。
地下室に何を隠しているのか、秘密の愛人なのか、それとも公にできない思想や宗教を奉じて、その儀式でも行っているのでしょうか。
夫に、どこに行っていたのと問うても、適当に誤魔化されるばかりです。これはこっそりと地下室に忍び込んでみるしかないと、はしたないと感じつつも決心しました。
わたしはノイブランデンブルク侯爵の妻、どんな思惑があっての縁談であったとしても、夫とは何もかも分かち合うと神の前で結婚の契約の誓いを交わしたのです。知る権利があります。
夫が地下室へ下りていくのを見澄まして、靴を脱ぎ、そっと後を付けました。夫はわたしに気付いていません。息を殺し、足音も衣擦れもしないよう、壁に貼り付いた影になりました。
夫は扉を開けて部屋に入っていきます。わたしは胸の動悸を抑えながら、続きました。
部屋は強い匂いがしました。薬のような、そう、食べ物の保存に使う強い酒、アルコールそのままの匂いです。部屋には大きな浴槽があって、夫はその浴槽に部屋に何本も置かれている壜から液体を注いだかと思うと、浴槽に取り縋るようにしています。
わたしは夫に駆け寄り、浴槽を覗き込みました。慌てて口を押さえましたが、驚きのあまり声が出るのを止められませんでした。
それもそのはず、浴槽には女性がいました。いえ、女性の遺体です。夫は浴槽に防腐の為のアルコールを注ぎ続けながら、女性の遺体を保存していたのです。女性は老いた姿をしていました。老いて、そしてずっとそうやって薬品に漬けられていた所為でしょうか、膨らんでいて、色素が抜けたよう。
わたしが悲鳴を上げ、唖然としていると、夫はわたしを押しのけようと腕を伸ばしてきました。
「ヘレーネに近付くな!」
ヘレーネ! ノイブランデンブルク侯爵の最初の妻の名です。巴里ではエレーヌとか、冬夫人とか呼ばれていたクルティザンヌ。
夫が大事に隠していたのは巴里を征服したとも言われた高級娼婦の成れの果てだったのです。数々の男性が彼の女に夢中になって散財し、破産した人までいるという、夫もそうして遂に結婚までしたのです。
都会の男性たちから崇められ、贅沢を極めた人生の結果が、まともに埋葬されず、夫の後妻からこんな姿を見られるなんて、憤りや侮蔑を通り越し、憐憫を感じました。
「あなたがどんなに前の奥様を愛していらっしゃるかよく判りました。でも、これでは前の奥様が救われません。
わたしのお腹にいる子どもにお父様がどんな人だったか教えるのにも困ってしまいます。ですから、こんなことはお止めになってください」
残念ながら、夫は直ぐに肯きませんでした。