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黄昏の銃姫  作者: クロイモリ
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1-5 ロクジン

 三人の魔導士が自警団によって連行される。魔法封じの封印符を枷と一緒に着けられているためまともに身動きを取ることも出来ない。


「危ないところを助けていただき、誠にありがとうございました。しかし……」


 店主の老夫婦がロクジンに深々と頭を下げ、時折ちらちらと棚を見る。


「ええ、確かに。これは俺がぶっ壊しちまったものです。申し訳なかった、店主」


 炎を遮るために使ったテーブル。

 壁を蹴った時に落ちて破損した物品。

 アウルが崩し、ロクジンが踏み抜いた床石。


 生き残っても、多くの負債を抱える結果となった。


「賊が壊したものについては、彼らが所持していた物品を売却することで補填に充てる」


 ダリオがフォローするが、それでも夫婦の顔は晴れない。金がないからこそ強盗で稼ごうとしていたのだ、ならば彼らから毟れるものも知れているだろう。


 途方に暮れる夫妻を見て、ロクジンは言った。


「ダリオさん、俺への報酬ってあるのかな?」

「おい、ロクジンお前……」


 ダリオはどこか呆れたような顔を見せた。だが観念したように袋を取り出した。ロクジンは無造作に手を突っ込み、数枚の銀貨と銅貨を取った。


「あ、ここでも帝国のオース貨が使われているんですね」

「ここでは金を作ることが出来ない。外とも交換が行えるこいつの方がいいのさ」


 そしてロクジンは袋の方を――明らかに彼が持っているよりも重そうだ――夫婦に差し出した。


「少ないですが、補填に充ててください」

「ええ!? ちょっと待ってください、確かに……いえ、でもこんなに!」

「いいんですよ、俺が壊してしまったものだ。俺が責任を持つのは当たり前です」


 ロクジンの向けるカラっとした笑顔に、かえって老夫婦の方が困惑している。彼は無理やり袋を握らせると、踵を返して現場を後にした。


「……今後の話はまたとしましょう。あなたたちにも落ち着く時間が必要でしょう」


 ダリオもまた彼らに頭を下げ去っていく。メリアドールもそれに倣った。


「……ロクジンさんって、いつもああなんですか?」

「さすがに気づくか」


 ダリオは苦笑して頭を掻いた。厳めしい顔が更に歪む。


「なんでか知らんがな、あいつは金とか名誉とか、そういうものを受け取りたがらない。もしあいつに少しでも名誉欲があれば、俺はこの立場にいないだろう。そういう意味では、あいつがこういう人間であったことに感謝しなければならないのかもしれない」


 周囲は野次馬が消えて閑散としていた。陽も落ちかけており、夜が近付いている。ダリオは立ち止まり、逆光の中で言った。


「すまない、会ったばかりのあなたにこんなことを頼むのは何だが――」


※※※


 オスティア市街地から遠く離れた小高い丘。大きな岩がゴロゴロと転がり、木々が立ち並び、背の低い草が風に揺れている。どこまでも広がる自然が、そこにはあった。


 そんな中、山頂に向けて伸びる一本の道だけが目立っている。日々ロクジンが踏み鳴らした獣道。その先には、木造の平屋建築が一軒だけあった。


「うちの親父は武術の師範でね、いつか道場を持つのが夢だって言っていた。だからって、こんなところに建てることないだろう? そう言ったら『ここに来るまでも修行だ』って」


 ロクジンは早口でまくし立てた。

 まるで落ち着いていない。


「素晴らしいところにありますね! 見てください、街も山も一望できる!」

「夜になったら、何も見えないけどね」

「でも灯りが見えます。あの一つ一つが人々の、日々の営みなんですねえ……」


 ほぅ、とため息を吐くメリアドール。

 彼女はなぜか、ロクジンの家についてきたからだ。


 ダリオの話では周囲の宿は全室が埋まっており、しかもしばらく空きが出ないという。何の実績も信用もない彼女に宛がえる部屋は自警団の管轄にはなく、あるとすればいかがわしい、年頃の女性が泊まるには問題があり過ぎる場末の宿ばかり。


 だから頼む、とダリオは頭を下げた。今回の功労者である彼女に何もしないわけにはいかないから、こちらの顔を立てると思って協力してくれ、と。


 ちらりと、ロクジンはメリアドールを盗み見た。


 長い金髪も、身にまとったドレスも、健康的な肌も、この一日で煤と埃に塗れて汚れている。それでも、彼女が放つ美しさを少しも損ねていない――むしろ、それがコントラストとなって引き立てられているようにも見える。端的に言えば、年頃の少年にとっては目に毒だった。


「しばらくご厄介になりますが、よろしくお願いします。ロクジンさん」

「……んっ。まあ、何かいいところがあったら、すぐ出ていいから」


 ペコリ、とメリアドールは折り目正しく頭を下げた。視線を向けていたことがばれないよう、彼はすぐ目を逸らした。

 正面玄関の横には朽ちかけた木製の看板が掛けられており、そこには『炎凰道場』と書かれている。ロクジンは引き戸を開ける、軋みを上げて扉が開いた。


 三和土で靴を脱ぎ、素足でロクジンは中に入った。

 メリアドールもそれに倣う。


「ひゃあ、冷たい……」

「そうかな?」

「こっちには靴を脱いで入る習慣がないので……ヤスカ地方の習慣でしたね?」


 自分の出身地を当てられて、ロクジンは驚いた。


「ああ、よかった! 書物の知識だけでしたので、間違っていたらどうしようかと!」

「すごいね、リアさんは。本当にいろいろなことを知っている」

「いいえ、全然知りません。知らないことばかりだから、今日も何も出来なかった」


 寂しげに彼女は頭を振るう。


「もし私が正しく動けていたら、今日誰も傷つけることなく終わらせられたはずです」

「そんなことはない。どこにだっているんだ、人を傷つけなきゃいられない人間は」

「……そうなのでしょうか」

「そうだよ。気に病むことはない」


 ロクジンは彼女を心配した。一日しか経っていないが、彼女は豊かな知識と機知を持ち、度胸もある。しかし理想主義に過ぎるというか、浮世離れしていた。ダリオの危惧も、ロクジンにはよく分かった。誰かが見ていなければ。


「布団を持ってくる。しばらくは道場で寝泊まりしてくれ」

「布団! ああ、初めて体験します。どんなものなのですか?」

「寝てみればわかるよ」


 寝具一つでここまで興奮できるのか、とロクジンは苦笑した。


 この無防備で無警戒な少女を守らなければ。

 彼の心に小さな使命感が芽吹いた。

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