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黄昏の銃姫  作者: クロイモリ
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7-3 交わらない姉妹

 ルリアは走りながら右手を掲げ、五指に火球を宿しメリアドールに向けて放った。その間にロクジンが割り込み、自分の体を軸にして鉄棒をくるくると回転させてそれを受け止める。鉄に当たった黒い炎は軽い音を立てて消えた。


「ちぃっ……! 対生物以外の効果はそれほど高くないとでも!?」


 メリアドールはロクジンの体を目隠しにして、身を低く沈めた。そして体を大きく右に振ってルリアの側方を取り、攻撃に移ろうとした。


「その程度の浅知恵! 見抜けないとでも!?」


 しかし、ルリアはそれを読んでいた。彼女は左手を鉤爪のように曲げ、低く薙ぎ払う。もちろん、その手には黒い炎が宿っている。


 メリアドールは、ルリアの予想の上を行く。


更に体を低く沈め、地面スレスレのところを脱兎のごとく跳んだ。彼女の背中、わずか数ミリ上をルリアの腕が切る。メリアドールは着地と同時にゴロンと回って素早く立ち上がり、剣を振り上げルリアに向かう。


「ええい、鬱陶しいハエが!」


 ルリアは素早くメリアドールの方に向き直り、彼女を迎撃しようとした。しかし、その側頭部をロクジンがフルスイングした鉄棒が打つ。


 ガツン、と重い音がした。打ったロクジンの腕にも重い衝撃が走る。しかし、決して無駄ではなかったと彼は考えた。なぜなら、打たれたルリアが大きくよろけたからだ。


「さすがに御大層な鎧を着てても、衝撃は殺せないみたいだな!」


 反動で棒を引き戻し、反対側からも打つ。二度、三度、四度とそれが繰り返された。ロクジンの周りで、さながら星の軌跡の如く鉄棒が舞う。


「貴様ァッ!」


 しかし、何度打たれてもルリアは倒れない。逆に、振るわれたロクジンの棒を掴んで来た。握る力のすさまじさたるや、ロクジンは引くことも押すことも出来なくなった。


「その細い体のどこに、こんな力が詰まってるんだよ……!」


 ロクジンは兜越しにルリアの瞳を見た。その色は、尋常のものではなかった。地のように赤黒く染まった瞳孔から、黒い炎が燃えるのを見た気がした。


 ロクジンが作った隙を見計らい、メリアドールが動く。彼女はルリアの背中に向けて、容赦のない突きを放った。トリガーを引き、刀身に魔力を充填。殺すつもりの一撃だ。


 渾身の突きは、しかし鎧を貫けなかった。ただルリアを大きくのけぞらせ、鉄棒を握る力を緩めるだけに終わった。


「ぐぎゃああ!」


 力比べが終わった、そのタイミングをロクジンは見逃さず、鉄棒から手を離しルリアから遠ざかった。メリアドールも深追いはせず、ロクジンとともに後退する。


 そしてその判断は正しかった。ルリアは狂乱したように両手を滅茶苦茶に振るう、その手のひらから黒い炎が吐き出され、周囲を燃やした。あのまま近くにいれば巻き込まれ、消し炭になっていたことだろう。


「メリアドールゥッ!」


 ルリアは掴んでいた鉄棒を乱雑に投げ捨てた。棒はぐにゃりと折れ曲がり、鉤状になっていた。


「さすがにルリア姉さま、一筋縄ではいきませんね……」


 メリアドールがポツリと発した言葉に、ロクジンは反応しなかった。否、出来なかった。彼はいま極限の集中状態に入っている。そうでなければ、常人であるロクジンはとうに炭と化していたであろう。


 ルリアの動きがスローモーションで見える。誰の言葉も耳に入らない。この世のすべてを知覚出来るような――まやかしの――全能感。





 不意にロクジンは、父との会話を思い出した。

 戦場で亡くなる前にした最後の会話を。


(俺たちにはこの拳しかないんだ、ロクジン)


 力瘤を作りながら、父は言った。貧しい農村の出、あの村では食ってはいけぬ。武芸を頼りに出て来たものの、世界は広い。鍛えた技は魔法の力に容易く潰された。


(でも親父、アデプトやマドラサの騎士になんて拳は通じないだろう?)


 一度だけ、ロクジンはマドラサの騎士を見たことがあった。鋼鉄の鎧を纏い、風のように駆ける騎士。拳を打ち込んだところで、潰れるのが自分の方であることは自明だった。


(お前はまったく……伝統ってものが分かってないな)

(伝統で勝てるならそうするさ。武器を持った方が百倍マシだ)


 父のことが嫌いだった。


 家族になにも告げず、勝手に戦地まで連れて来た父のことが。


 おかげで母は体調を崩し、寝込んでしまった。


(でもなあ、ロクジンよ)


 それでも、父は続けた。


(あいつらが魔力を練り、頭を使って鎧や武器を作っている時にだ……俺たちはひたすら、拳を鍛え上げることが出来る。それはすごい事じゃないか?)


 なにを言おうとしているのか、よく分からなかった。


(自分の技を究極にまで高めることが出来る……それは俺たち、力を持たない人間にだけ与えられた特権だ。そいつがあれば、何も怖くはねえと思わないか?)


 父が何を考えているのか、まったく分からなかった。






 火球が飛んでくる。


 ロクジンとメリアドールは左右に避けてそれをかわした。爆風に煽られながらも、ロクジンは再びルリアに近付いていく。


 メリアドールが左手に持った拳銃を連射した。六発の弾丸は一つとして狙いを外すことなく、ルリアの右膝に命中した。弾を撃ち切った銃は捨てる。


「チィッ……!?」


 さしものルリアも、六発の弾丸を受けて膝を折った。ロクジンはその反対側から迫り、ルリアが捻じ曲げ鉤状になった鉄棒を振り上げる。


 ロクジンの攻撃はルリアの首を捉えた。両足でしっかり地面を握り、渾身の力を込めて押し込む。不安定な体勢になったルリアは、背中から地面に落ちた。


「このっ……!」


 ルリアが反撃しようとする。

 メリアドールも、ロクジンも、慌ててそこから離れた。


 追撃が来ないことに、ルリアは怪訝そうな声を上げた。


「よくやってくれました……!」


 それは、すでにとどめの一撃が成っているからに他ならない。


 崩落した建物の陰に隠れていた侍従、レアが躍り出て来た。その傍らには風の神、二人は圧縮した風の槌を振り上げ、倒れ込んだルリア目掛けて振り下ろした。

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