7-2 市街戦
「ぬう……!?」
黒鎧の騎士頭が腕を振るうと、轟と大気が震え炎がかき消された。それでも、熱が鎧をあぶってその表面に焦げ跡を作った。
「待ち伏せか! 無駄なことを、地力の差で押し潰してくれる……」
「頭! 上を!」
後ろの騎士が頭上を指さした。
騎士頭がそちらを見ると、左右にある家屋の窓から顔を出す人々がいた。あるものは石を投げ、あるものは弓を射かけ、あるものは魔法を放ち騎士たちを攻撃した。重い鉄を打つ音が市場中に響く。
「くっ……!」
騎士頭は急所を守りながら手のひらを土塁に向けた。黒い炎が収束し、数センチ大の火球に形成される。騎士頭はそれを打って押し出し、土塁に当てた。
しかし、黒い炎は土塁の表面を燃やすばかりで、その後ろへは広がらなかった。
「なに……くっ! このままでは鴨打にされるだけだ! 散開しろ!」
騎士頭と側近の二人が前方へ、そして残った五人の騎士が左右に散開した。後方を任せているのは騎士頭が信頼するベテランだ。だから騎士頭は迷うことなく進める。
突撃してくる騎士頭たちを見て、土塁の向こうに隠れていたオスティア自警団の面々は後退していく。好機を悟り、更にスピードを速めていく騎士たちだったが――
「ぬっ……!?」
その足元がズン、と沈んだ。見ると、そこだけ足場が脆弱になっていたようだ。足を取られて進めなくなった騎士たちをしり目に、どんどん自警団は後退し、狭い路地に入って消えていく。
「おのれ、逃がすか! 逃がさん!」
黒い炎で自警団を打つ騎士たちだったが、足を取られた状態ではうまく打てない。結局、一撃とて直撃弾はなくまんまと逃げられる形となってしまった。
「くっ、ちょこまかと!」
騎士は苛立った。いつもと勝手の違う戦いに。
このように、都市の真ん中まで踏み入れてから逆襲を食らう、という場面を彼らは経験したことがなかった。ルーナの領地を占領する時は、事前に大砲を撃ち込んで邪魔になりそうなものをほとんど排除していたからだ。
遮蔽物の多い市街地での戦いに、彼らは慣れていない。纏った黒鎧も、狭い路地に入れるようには出来ていない。黒い炎は生命を燃やしても物体にはほとんど効果がない。装備、状況、経験、すべてが戦いの邪魔をした。
「追うぞ! これ以上、ナメられてたまるか!」
そして騎士としてのプライドが、戦況判断の邪魔をした。陥没した地面から足を抜き、騎士頭は更にオスティアの深くへと入り込んでいく。死地へと。
路地に足を踏み入れた瞬間、火球を撃ち込まれた。鎧の表面を熱い炎が舐める。
「このような攻撃では……!」
「効かないのか、すごいね」
頭上から声がして、騎士頭は反射的に上を向いた。彼の目に、漆黒のナイフが映る。それは吸い込まれるように、眼球へと――
「ぐううっ!」
ギリギリのところで騎士頭は頭を振って攻撃をかわした。狙いを外したナイフの刃は鎧の肩口に当たって、弾き返された。
「うわっ、ほんとに硬いなこいつ!」
「お前はっ!」
落ちて来た男――ダンケル目掛けて、騎士頭はカウンターの拳を放った。
ダンケルは落下途中、壁に『闇』で突起を作りそこに足をかけた。そして足の力だけで上半身を持ち上げて拳をかわす。下から見ただけでは、ダンケルが重力を無視した動きをしたように見えるだろう。
騎士たちがそれに続いて、黒炎を放つ。ダンケルは両手を壁について、その腕を軸にして反動をつけて前に跳び、攻撃を避けつつ路地を脱出した。
「あんなもん量産されたんじゃ、たまらんね」
「そうですね。ただでさえ闇のない昼間、あなたはザコなのですから」
いつの間にか横に立っていた闇の精霊、リュミスが辛辣に言った。
「仕方ないじゃないか。人には得手不得手があるもんさ……!」
狭い路地から放たれた火球を大通りに出てかわし、ダンケルは手近にあった土塁の影に飛び込む。黒い火球が何発も着弾する音が聞こえたが、いまのところ土塁が破壊される様子はない。
周囲では同じように、狭さと土地勘を利用してオスティア自警団の面々が黒鎧の騎士たちと戦っている。八面六臂の活躍をしているのはヒサメで、身の軽さと一撃の重さを利用した一撃離脱戦法で騎士たちを翻弄している。
「さて、このまま進めばいいんだが……」
ダンケルはそう思ったが、少しだけ懸念材料があった。
追い詰められれば追い詰められるほど、鎧の炎が勢いを増していること……
※※※
オスティア郊外の平原。
ルリアは石造の如き不動の体勢で、眼下の街を見ていた。
「……すべて、壊れてしまえ」
ボソリと、ルリアは呟いた。と、その時、ザッと土を踏む音が静寂の野を駆けた。ルリアは素早くそちらに向き直り、構えを取った。
「……驚いた。まさかお前からここに来るとはな」
ルリアの眼前に立ったのは、メリアドールだった。ほとんど防具を身に着けない軽装、ただし腰のベルトには何丁もの拳銃が下げられており、手には騎士から奪った魔力剣。腰にももう一本剣を指していた。
供回りとなったロクジンは、彼女の少し前に立ち鉄棒を地面に刺した。
「殺されにやって来たか。殊勝な心掛けだな」
クツクツと笑うルリア。
その姿に、かつての気高さを見出すことは出来なかった。
メリアドールはしっかりと両目でルリアの姿を見据えた。
そして、首を横に振る。
「もはやあなたは、何をやっても止まりそうにありませんね。ルリア姉さま」
そして鞘から剣を抜き、切っ先を突きつける。
「もはや、その命を奪い留めるほかない」
「――吠えるなよ、お前如きが!」
ルリアの黒鎧から火柱が上がり、爆炎が轟いた。ビリビリと大気が震え、殺気が空気に充満する。その姿を見ても、もはやメリアドールはたじろがなかった。
両者は同時に地を蹴る。
最後の戦いが始まった。




