6-3 犠牲と決起
ダリオは剣を抜き、構えた。
訓練された厳かな動き、神聖ささえ宿る。
「ダリオさん……!? ですが、そんな……」
「相手が危険な存在であることは、キミも分かっているはずだ!」
ダリオは精霊の加護を剣に宿らせた。
炎が刀身に纏わりつき、彼の体をも包み込む。
燃え立つダリオは力強く踏み込み、ルリアに対して剣を振り上げる。
ルリアはそれを真正面から受け止めた。炎が鎧を舐め、剣が手甲に食い込む。しかしそれだけだった。異様な硬さに攻撃は効果を上げない。
「こんな奴らが市街に入り込んでみろ、皆殺しにされるぞ!」
ルリアは強引にダリオを押しのけ、逆手に黒い炎を纏わせて殴り掛かった。ダリオは剣を寝かせて拳を受け流し、距離を取る。ダリオの赤い炎とルリアの黒い炎が、まるで互いを食い合うようにせめぎ合った。
「私はオスティアの守り人、この街に住まう人を守る義務がある!
それを果たす、いまがその時だ! だから行け、メリアドールくん!」
「あなただけの使命じゃありませんぜ、ダリオさん!」
ダリオに呼応して、自警団の団員たちが次々と動き出した。弓を番え放つもの、同じように剣や槍、斧を振りかざすもの。精霊を呼び出し、魔法の力を行使するもの。
それに合わせて、ルリアの呪装兵団も動き出した。鎧を纏っているとは思えない俊敏な動きで前線へと駆け出し、オスティアの自警団とぶつかり合う。黒い炎の勢いはルリアよりも弱いものの、その威力は健在だ。
「リア、行こう! ダリオさんの言うとおりだ……!」
ロクジンがメリアドールの手を引く。このままここに残ったなら、ダリオたちは確実に死ぬだろう。数の上では互角、ならば力に勝る呪装団に分がある。
ダリオは退けと言っている。
そのための時間を稼ぐと。
ならば、やらなければならないことは何か。
メリアドールは自分がすべきことを見極めた。
「……ありがとうございました、ダリオさん」
メリアドールは深々と頭を下げ、踵を返して市街地へと駆け出した。
「メリアドール! 逃がさんぞ、メリアドール!」
「おのれ、行かせるものか!」
狂気に囚われたルリアは、目の前のダリオを無視してメリアドールを追いかけようとする。隙を見せたルリアに対し、ダリオは渾身の力で剣を振るった。横薙ぎに振るわれた剣がルリアの防御をすり抜け、胸当てを打った。
しかし、それだけだ。少なからず鎧の表面を傷つけたものの、貫通することは出来ない。ダリオは歯噛みし、一旦ルリアから距離を取った。
「どうやら、おまえから死にたいようだな……」
先ほどから妨害を続けるダリオに苛立ち、ルリアは相手を変えた。
「この地に生きるものの希望を、踏みにじらせなどしない!」
ダリオは天高く剣を掲げ、宣言した。
「人語をぉ、喋れぇっ!」
ルリアが地を蹴り、ダリオに向かって拳を振り上げた。
メリアドールとロクジンはひた走った。街の外で戦いが起きているとはいえ、大部分の市民には関係がない。彼らは彼らの一日を送り、過ごしている。
夕食の食材を買いに来た人々がいる。
地下から発掘してきたものを売りに来た人々がいる。
誰もが疑わない、この日常がどこまでも続いていくものだと。
しかし、破滅がすぐそこまで迫っている。いわば、オスティアは台の上に乗った木の板に積み木を乗せて築いたようなものだ。ほんの少しバランスが崩れれば。ほんの少し外力が加われば、いとも簡単に崩れてしまう。
「みんなに声を届けるには、どこからがいいでしょう!?」
「市場の中心に古い円形舞台がある! あそこからならみんなの注意を引ける!」
人波を押しのけてメリアドールたちは進んでいく。その途中商工会の面々や、上に上がって来たダンケルらとすれ違う。
「おいおい、どうしたんだ? ダリオさんたちはどうなったんだよ?」
「ダンケル! みんな! 大変なことが起こっている!」
詳しくは話している余裕がなかった。それでも動揺は広がった。
円形舞台に到達したメリアドールは、声を張り上げた。
「皆さん! お忙しい中でしょうが、耳を貸してください!」
凛としたよく通る声に、皆が耳目を集めた。
「いま、この街の近くにマドラサ帝国軍が現れました! 彼らは自警団を破り、こちらまで侵攻してくるはずです! 我々の指示に従い、避難を進めてください!」
驚きと戸惑いに人々がざわめいた。商工会のミルザーネが手を叩く。
「さあ、私たちの指示に従って! みんな、家財を持っていこうなんて考えるんじゃないよ! 避難と命が優先だ、分かったね!?」
低い声に促されて人々が一人、また一人と動き出す。商工会のメンバーの中でも、戦いが得意でない面々が彼らを率いていく。
一方で、戦えるメンバーはメリアドールのいる円形舞台に集まった。
「ダリオさんたちがやられるなんて……どうなってるんだよ!」
「まだやられたと決まったわけではありません……ですが」
希望的観測だった。呪装の力を目の当たりにすれば、彼が生き残る目がないことはメリアドールにもよく分かっている。それでも、縋らないわけにはいかなかった。
「時間を稼いでくれている間に、準備を進めなければ」
「準備っていったい、何をするんだ?」
アウル、ツール、スールの三人組が呻いた。
メリアドールはそちらを見る。
「マドラサ帝国軍を迎え撃ちます。これ以上、彼らにこの街を好きにはさせません」
高く上っていた陽が傾きかけていた。だんだんと、夜が近付いてくる。




