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黄昏の銃姫  作者: クロイモリ
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1-2 私に出来ること

 市街地を抜けると瓦礫の割合が低くなり、代わりに緑が顔を出す。野放図に広がった森林が廃墟を浸食しているのだ。


「まだここが放棄されてから一年しか経っていないはずなのに……」

「あの呪法爆弾ってやつの影響か、植物が成長するのも速くなってるんだよ。おかげで食べるものには困らないってみんな喜んでる」


 果たしてそれは喜ぶべきことなのだろうか。急速に成長した、その反動はないのだろうか。だがそれを口にはしなかった。


(食べるものがないこの国においては、どんなものでも口にしなければいけないのですよね)


 メリアドールはロクジンの後をついて行った。道路には均一なレンガが敷き詰められて舗装されており、意外にもしっかりしている。人の手が入っている証拠だ。

 市街から離れるにつれて建物の数がどんどん少なくなり、小さくなっていく。


「ここだ」


 そんな閑静な地域にあって、目的地は特に大きく見えた。細長い菱形の建物で、頂点部分には物見台と鐘が備え付けられており、更に天辺には王冠のシンボルがある。ルーナの信奉する地母神教のものだ。


「昔は地母神教会だったんだけど、いまは司祭も逃げ出しちゃってね。ここを管理してるのは、ルーナ商工会のお偉いさんだ」

「ルーナの人が、よくそんな神様を踏みにじるような真似を許しましたね」


 神権国家ルーナは神と共にある。

 比喩表現ではなく、実際にルーナは神の恩恵を受けて発展してきた国だ。


 神――人とは全く異なる、謎に満ちた生態を持つもの。生き物であるのか、それとも自然の化身であるのか、それすら人間には分からない。分かっているのは《契約》を交わした人間に憑依し、すさまじい魔力を振るうということだ。


 戦いにおいては一騎当千、火を操り水を堰き止めるその力は文明発展にも大きく寄与した。だからルーナの人間が神への敬意を忘れるなど、彼女には信じられなかった。


「『知るか、ここに神はいない。そして神は人間が生きることをお望みだ』……

 っていうのが、会長さんの言葉らしい」

「はあ、ルーナらしからぬ進歩的な考え方をなさるんですね……」

「どうかな。いつもは杓子定規で困ったもんなんだけどね。信仰の違いというか……まあ、いいか。入ろう」


 重厚な黒塗りの扉を開くと、荒れ果てた聖堂が――広がっていなかった。


 一般的な教会にあるような、広間に備え付けられた椅子はすべて取り外され開放感ある空間になっている。正面には受付、左右にはラウンジスペースがあり、多くの人間が議論をしたり、あるいは酒を飲んだりしている。受付カウンターの裏では商工会のものたちがせわしなく書類を片付けている。


「ここもまた、すごい活気ですね……!」

「オスティアの地上部で商売をするには、商工会を通さなきゃいけないからな。どんな人もここに集まる……さあ、行こう」


 ロクジンは周りの人々に挨拶をして――途中聞こえる下品な囃しを受け流し――『労務課』と書かれた看板のところまで行った。


「ミルザーネさん、ちょっといいかな? この子が出来るような仕事を探しているんだけど……」

「ロクジンの坊やか。女連れでここに来るとはいい度胸をしている、神様が嫉妬しちまうよ?」

「おふざけはなしでお願いしますよ、ミルザーネさん。そして俺にはそんなこと、永劫有り得ないのでご安心ください」


 ミルザーネと呼ばれた女性はカウンターに肘を突き、タバコの煙をくゆらせながら呵々と笑った。


 くすんだ長い茶色の髪が波打っているのが特徴的な女性だった。胸元を強調したワンピースがセクシーだったが、手甲や胸当てといった防具がアンバランスだった。足元はスリット状になっており、そこからベルトとナイフシースが見え隠れする。


 そして露わになった鎖骨部分、ここが一番特徴的だ――つむじ風を模したような刻印があった。


「ルーナの魔法使い……」

「ほう、それが分かるのかい。あんた、なかなか見る目があるんじゃないかい」

「それだけあからさまに見せてれば誰にでも分かるでしょ」


 ルーナの魔法使いは体に刻印を持つ……これは世界にいる誰もが、それこそ子供でさえ理解していることだ。


 魔法を使えるものは魔力を持ち、神との交流を持ち、そして主神である地母神とその配下である十二柱の大神、あるいは神から地上権力の代行権を賜った教皇と大司教から是認されたものに限られる。だからルーナの魔法使いは敬虔な信者であることが多い……のだが。


 メリアドールがミルザーネを見たところ、敬虔という言葉とは全く縁遠い人物に見えた。汝盗むなかれ、姦淫することなかれ、偽ることなかれ。これがルーナ神国教の柱となる三つの教えだ。だから盗みと偽りの遠因となる商売に携わる信徒はほとんどいない。


「それで、この子に出来る仕事が欲しいって……あんたにはいったい、何が出来るんだい?」


 ミルザーネは真剣な面持ちでメリアドールを見た。

 値踏みをしている、それがよく分かった。


(私に何が出来るのか。私自身が何者か……私がこれまでの人生で培ってきたものは、果たして役に立つのか)


 一つ一つ、丁寧にメリアドールは彼女の人生を紐解いた。


「ルーナとマドラサ、両国母国語の読み書き。地方言語はあまり詳しくありませんが、有力部族のものは知っています。それから神学、科学、哲学、薬学、数学、政治学。剣と銃をたしなみ程度に、動物は苦手ですが機械の操作を。あとは……」

「待て、待て、待て」


 途中までは黙って聞いていたミルザーネが天を仰いで止めた。


「なんだい、それは。てんでバラバラ、まとまりがない。それに神学と科学を同時にやっている奴なんて聞いたことがないぞ」

「ひっ、ご、ごめんなさい」


 ミルザーネもまた、メリアドールが関わってきたどんな人間とも違う個性を持っている。ここまで我が強く、ずけずけと物を言う人間は初めてだった。


「確かに、収めているとは言い難いかもしれません。でも、私は知りたいって、この世界のことを知りたいって、そう思っています。だから、どんなことでもやってきたつもりです!」

「いや、そういうことじゃなくて」


 あまりに真剣な口調に、ミルザーネは口を開くことも出来なくなった。と。


「大変だ!」


 慌ただしく一人の男が扉を開き入ってきた。浮かんだ焦燥の色からして、ただ事ではないのだろう。商工会全体が緊張に包まれた。


「武器を持った連中がクリスティの店に押し入って、立て籠もってる!

 んで、金出さなきゃあいつらを殺すって息巻いている!」


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