4-2 姫将軍の来訪
オスティア市街地から離れた平野部。
マドラサ帝国の突端、カラドリウスの飛行場から発進した飛行船は着陸可能な平地を見つけた。機体側面に装着された円筒状のスラスターが重々しく動き、垂直に炎を放射し着地の衝撃を和らげた。
足元の下草は燃えるが、特に気にはしない。タラップが下ろされ、そこから数人の男女が――ほとんどは全身鎧を着ているため性別は分からないが――降りてくる。
兵士たちは全身をすっぽりと覆う黒い鎧に身を包んでいた。マドラサ帝国が制式採用している魔導鎧であり、装着者の身体能力を高める効果がある。また、手には大型の長銃を装備している。
「未開の蛮地にしては、悪くない場所だ」
その中の一人、たった一人兜を脱ぎ頭部を露出させた女性は呟いた。兵士に守られた彼女が、この中で一番地位の高い人間であることにまず疑いはない。
長い髪をひっつめて団子型にして頭の両サイドに纏めている。化粧っ気の薄い美女、とでもいうべき整った容貌をしているが、目線は鋭さといい、きつく結ばれた口元といい、人を寄せ付けない威圧感があった。
「空から見た限りは、ここから一キロほどのところに集落があるようだな」
「はっ。『光』を放っていたのもあの場所かと……」
ふんっ、と鼻を鳴らし、女性は歩き出そうとした。
と、踏み出しかけた足をピタリと止める。
彼女の視線の先には、小汚い襤褸に身を包んだ子供たちがいた。
「なんだなんだ」「なんだよあの姉ちゃん」「兵隊か?」
街の外周部で暮らしている子供たちも多い。こうした子供たちはワイルドハントと呼ばれ、日々自然と格闘しながら暮らしており、都市のストリートチルドレンとは一線を画した存在である。
そんなワイルドハントたちが、いきなり現れた異国の飛行船に興味を持たないわけがない。彼らは遠巻きに兵士たちを、飛行船を眺めている。
「……ゴミどもめ」
女性は吐き捨て、右手を直角に上げ兵士たちに合図をした。二人の兵士が彼女の前に出て、掲げた長銃を構える――
「お待ちください、お姉さま!」
静寂を切り裂く鋭い一声。兵士たちははっと弾かれたように構えを解き、あたりを見回す。その声を聴き女性――第二皇女ルリアは苦々し気な顔をした。
「お姉さま、ルリアお姉さまなのでしょう!?」
飛行船がオスティアに飛んできたのを見たメリアドールは、矢も楯もたまらず駆け出していた。さすがに長い距離を走って来て疲労し、肩で息をしているが、姉に会えた喜びは何にも代えがたいようで、満面の笑みが浮かんでいる。
「……メリアドール。落ちたと聞いた時はもうだめかと思ったが、生きていたようだな」
一方、ルリアはすぐに表情を元に戻しメリアドールを迎えた。
「お前たち、散れ、散れ。見世物じゃないんだぞ」
ロクジンはルリアが放ったただならぬ雰囲気を感じ取り、子供たちを逃がそうと脅しつけた。ワイルドハントの子供たちもロクジンの評判は聞き及んでいるようで、すごすごと退散していった。
残された両者が対峙する。メリアドールはルリアの顔を見て、はっきりと理解した。彼女の顔こそ笑ってはいるものの、目はまるで笑っていないことに。
「愛しい妹。再会出来て嬉しいよ」
「どうしてルリアお姉さまがここに?」
「この街で生まれた光を見てきたのさ」
ほとんど音を立てずに兵士たちが散開を始めたのを二人は見た。
「初めてあの光を見た時は驚いた、オスティアの地でまた何かが起こったのではないか、とだれもが思った。しかし観測してみると定期的に発光しているし、なんとその光は魔力灯と同じパターンであるというではないか」
「だからお姉さまが調べに来たんですか?」
「もし魔力灯を生み出す人間がいるとすれば……そしてこれほど広域に広げる人間がいるとすれば……メリアドール、あなたしかいないと思っていた」
ルリアはふっ、と表情をほころばせ、メリアドールに手を伸ばした。
「さあ、帰ろう帝国に。父様も兄様も、お前に会いたがっているよ。お前だっていつまでも、こんなところにいたくはないだろう?」
甘美な誘惑だった。
もしすべてに目を逸らせば、すべては元通りになるのではないか。
そう思ってしまうほどに。
それでもメリアドールは、現実を見続けることを選んだ。
「その前に、姉さまに聞きたいことがございます」
「なんだい、メリアドール。なんでも答えよう」
「私を爆殺しようとしたのはお姉さまですか?」
一瞬、ルリアは真顔になった。
そして、鬼の如き嗤い顔を浮かべた。
「なんだ、やっぱり分かっているんじゃあないか」
散開していた兵士が一斉に動いた。巨大な質量を持って突撃してくる兵士に、ロクジンは正面から立ち向かう。強烈な突進をギリギリのところでかわし、腕を取って投げる。鉄の鎧を着た兵士はグルリと宙を舞い落ちた。
しかしその側方から別の兵士が巨大なガントレットでロクジンを殴りつける。ガツン、という重い金属音。地面に倒れ伏したロクジンに、何発も銃弾が撃ち込まれた。
「いけない!」
「いいや、やるよ」
ロクジンを助けようと剣に手をかけるメリアドール。それが上から押さえつけられた、鎧を着こんだルリアの無骨な腕によって。
「お前には帝国に戻ってきてもらう。
そして今度は絶対に死んでもらう……
それが完璧なデモンストレーションになるのだ」
ルリアは電光を纏った腕でメリアドールを殴りつけた。
強烈な電撃を受け、瞬時にメリアドールは失神した。




