2-8 アデプト
「はっ、坊ちゃんに嬢ちゃん!
俺が誰だか分かって喧嘩売ってんのか?
三つ首龍のドルトン様だぜ――!」
ドルトンは手元でラタン・スティックをくるくると回しながら走り出した。余裕はあると思っていた二人だが、甘かった。瞬きをする間にドルトンは懐へと潜り込む。
大振りな振り下ろしを、ロクジンは右に跳んでかわした。しかし、それはドルトンの誘導だった。
逆手に持ったスティックが脇の下から突き出され、ロクジンの腹を打つ。
「ぐむっ……!」
たたらを踏んでロクジンは下がった。
ドルトンな深追いをせず、切りかかってきたメリアドールの剣をスティックで防いだ。
「ふぅむ……まあまあいい太刀筋だ。もっとも俺ほどではないがな――!」
「バカにしてっ」
メリアドールは剣の柄に仕込まれたトリガーを引いた。刀身が青白く輝き、瞬間彼女の膂力が跳ね上がる。マドラサ製武器に搭載された魔力ブースト機能だ。
ドルトンは舌打ちし、跳ね返そうとするがかなわない。追い込まれた瞬間の隙を突き、メリアドールは銃口をドルトンの頭に向けた。直撃コース。
「やられるものかよ――!」
ドルトンはあえて自分から崩れることによって銃口を逸らした。のみならず、いきなり抵抗を失ったメリアドールも体勢を崩す。
あらぬ方向に向かった銃口から二発の弾丸が放たれ、ロクジンは被弾を恐れて身を丸くした。
一方で、ドルトンは流す角度をうまく調整して攻撃を逃れた。そしてその勢いを殺さぬように回転、その場でコマのように回り崩れたメリアドールの背に肘打ちを叩き込み、すべてのエネルギーをその場で炸裂させた。
「ああっ!」
「この野郎ッ」
ロクジンも覚悟を決めた。
ドルトンの背中から襲い掛かったのだ。
「素手か。そしてその動き……悪くはないがアデプトではないな?」
「だったら……何だって言うんだ!」
ロクジンは握り込んだ拳を、ドルトンの間合いの外で解いた。
「ぬうっ……!?」
ロクジンは砂を握っており、それを使ってドルトンの目を潰したのだ。相手が目をつぶった瞬間に体を左に振り、意識の外からの攻撃を試みた。
しかし、ドルトンはすぐロクジンが移動した方に向き直った。
「冗談だろ――!?」
繰り出した拳の連打を軽く捌き、開いた胴にドルトンは鋭い蹴りを叩き込んだ。
「グワーッ!?」
「ロクジンさん!」
破裂音めいた凄まじい音を響かせながら、ロクジンは壁に引っ張られるように叩きつけられた。メリアドールはその傍に駆け寄り、助け起こした。
「大丈夫ですか、ロクジンさん!」
「ああ、受け身は取った……でも、どうして!」
ドルトンは嘲笑う。
「空気の流れ、振動。貴様の動きなど見ずとも分かるわい!」
「この、化け物め……」
ロクジンは何とか立ち上がったが、ダメージが大きい。メリアドールも先ほど受けた肘打ちが効いている。疲労困憊の二人に対して、ドルトンは余裕がある。
「……どうする、いまからでも降参するか?」
「私に少しだけ、考えがあります。当たるかどうかは分かりませんが……」
深呼吸で気持ちを落ち着けてから、メリアドールは銃を構えた。
「……ほう、まだ来るか。心が萎えていないのはまあ、誉めてやろう」
嘲りながら、ドルトンは両足に力を込めた。
「だがそういうのを無謀って言うんだよなァーッ!」
そして駆け出す。
メリアドールは相手の動きを予測し、二度トリガーを引いた。しかしドルトンはその弾道を読んでいる。
軽く頭を逸らして初弾をかわし、右腕を引き絞って二発目をかわす。回避の動作は次の攻撃へシームレスにつながる無駄のなさだ。
リボルバーの弾数は六発。
既に全弾打ち尽くした。
追撃はない――と、ドルトンは思っている。
しかし、メリアドールが持っているのは魔石付きのリボルバーだ。
「行けっ……!」
彼女の手の内で魔石が青白く輝いた。銃身に光が収束したかと思うと、トリガーを引くと同時に解き放たれた。
まったく攻撃を予期していなかったドルトンの額に突き刺さる。
「があ……!?」
実弾よりも威力の低い魔力弾。しかし、その一撃を受けてドルトンはのけ反り動きを止めた。一瞬止まった足を、見逃すロクジンではない。
ロクジンは駆け出し、突撃の威力すべてを乗せたパンチをドルトンの顔面に繰り出した。体勢を立て直したドルトンが最初に見たのは、ロクジンの拳だったわけだ。
二撃目を受けて、鼻の骨が砕ける音がした。
ロクジンは止まらない。
右の拳を引き戻し左を打つ。
左を引き戻し右を打つ。
単純な打撃の連打、しかし速い。
反応速度や重さはドルトンに敵わないが、攻撃だけならばそれに匹敵する。何年も愚直に打ち込んできた結果だ。
「ハアアアアアアア!」
もはや技はない。あるのは純粋な力と速さのみ。怒涛の如き拳の波を受け、ドルトンには反撃の隙も抜け出す隙もない。一撃一撃が相手の意識を削り取る。
「デヤアアアアアア!」
半ば意識を失ったドルトンの胸に、ロクジンはお返しとばかりに後ろ回し蹴りを叩き込んだ。奇妙な呻き声を上げながら、ドルトンは倒れた。白目を剥きながら。
「ふぅっ……!」
ドルトンが倒れるのを見守りながら、ロクジンは残心した。数秒経っても起き上がらないのを見て、ようやく息をついて構えを解いた。
「ギリギリのところだったけど、なんとかなったね」
「ご迷惑をおかけしました、ロクジンさん」
「たまにはこういうのも、悪くないんじゃないかって思うよ」
ロクジンはあたりを見回し、ドルトンが持っていた化粧箱を探した。彼は戦いの前にそれを置いていた。見ると、道を塞ぐ馬車の前に転がっていた。
ロクジンはそれに近づき、蓋を開けた。メリアドールもそれに続く。中には色とりどりの宝石や金銀のアクセサリーが整列していた。
「ああ、よかった。これがなくなったらどうしようかと思っていたんです……」
メリアドールはほっと一息つき、中から一本のネックレスを取り出した。先端にはロケットがついており、開くと一枚の絵があった。ふくよかな体つきと柔らかな笑みが印象的な女性だ。
「母です。亡くなる前に一度だけ、書いてもらったものなんです」
「……大切なものなんだね、リアにとって」
メリアドールはフックを外し、それを首にかける。収まるべきところに収まった、という感じだ。飾り気は少ないが、不思議といまのリアには似合っていた。
「ありがとうございます、ロクジンさん。助けてくれて」
満面の笑みを浮かべて礼を言うメリアドール。
ロクジンは恥ずかしそうに顔を背けた。
足音がした。二人は弾かれたようにそちらを向いた。
「あらあら、ちょっと遅くなっちゃったかぁ」
そこにいたのは、黒い男だった。
外套も、帽子も、靴も、手袋も。
何もかもが黒い。
肩のあたりまで伸びた髪でさえも。
尋常でない雰囲気、二人は我知らずに構えを取った。
男の指先に闇が収束した――そうとしか表現出来ない。あたりを覆う黒が、意志を持ったかのように蠢く。収束した闇はナイフのような形を取った。
「リア!」
反射的にロクジンはメリアドールを突き飛ばし、自分は反動で反対側に跳んだ。直後、ナイフがひとりでに飛んだ。つい先ほどまでメリアドールがいた場所を刃がすり抜ける。
「おっと。これは一筋縄じゃ行かなさそうだなぁ」
乾いた笑いを男――ダンケルは浮かべた。
ロクジンは壁を蹴り、三角飛びの要領で飛び掛かった。




