2-4 三つ首龍の男
あたりは死屍累々(死んではいないが)。
この惨状を作り上げたのは、一振りの剣を持った少女。
どうにも信じられず、メリアドールは少女をまじまじと見た。
「あ……師匠、こちらのお方が噂になっておられる?」
「どういう噂かは知らないけど」
「いえ、師匠が若い女性を手籠めにしたともっぱらの評判です」
「誰が言ったんだ? カルタか? よし案内してくれ、ぶっ飛ばす」
手籠めにされたと言われ、メリアドールは一抹の恥ずかしさを覚えた。
「それには協力しましょう、ロクジンさん……いえ、そういう関係ではありません。ただ、ロクジンさんにはこの街についてからお世話になっています」
佇まいを正し、メリアドールはヒサメに自己紹介をした。
「リア・ドールと申します。いまは商工会のご厄介になり、この街で暮らしています」
「おっと! 失礼しました、私も自己紹介が遅れましたね!」
剣先の血を拭うような仕草をしてから鞘に納め、ヒサメは両掌を胸の前で合わせた。
「トウヤギ家のヒサメと申します。《オスティア自由騎士団》の末席に名を連ねる身……若輩者ですが、よろしくお願いします!」
深々とヒサメは頭を下げた。
鉢金を結んだ紐が勢い良く揺れる。
「《オスティア自由騎士団》……ええ、よろしくお願いします」
内心の動揺を悟られないようにしながら、メリアドールは答えた。《オスティア自由騎士団》、その名が出てきたのが意外だった。
既に滅んだはずの組織の名が出てくるとは。
百年ほど前、オスティアは小規模な王族が支配する王国だった。人心は荒廃し、政治は腐敗し、民は不正と圧政に苦しんでいたとされている。その暴政に終止符を打ったのがオスティア騎士団――すなわち、王直下の兵だった。クーデターである。
騎士団は王を始めとして一族郎党を皆殺しにし、宮廷貴族たちを処刑した。そして当時騎士団長を務めていた《解放の騎士》ストラが学者や商人、有産階級を募り作り上げた共和議会のトップに立った。
権力の簒奪だとも言われるが、これが政治闘争なのか、はたまた義心の果てにあったものなのかは、もはや分からない。
結局のところ共和議会とその武力である《オスティア自由騎士団》は先の大戦において壊滅的な打撃を受け、首脳部を除いて呪法爆弾の塵と消えた。
生き残ったものたちも他の地域に吸収され、もはや残っていないはずである。
「あなたは、あの戦いの生き残りなのですか?」
「いえいえ、あの時はまだ右も左も分からない子供でしたから。お婆様と一緒に街の地下に避難していたところ、運良く助かった次第であります」
ヒサメは遠い日のことを思い出し、目を伏せた。
「それから、私は生き残った騎士団の人に助けられたのです。そして自分のなすべきことを理解したのです……正義を成さなければならないと!」
そして拳をぐっと突き出した。
思い込みの激しい子なのだな、とメリアドールは思った。
「それで……彼らと戦っていたのですか?」
「はい! 私はまだ未熟なので、騎士団の正式なメンバーとなることは出来ません。ですから、日々鍛え、先輩たちからの指導を受けているところです」
「その指導というのが……こいつらを倒すことなのかい?」
ロクジンが倒れた男たちを指さすと、ヒサメは「はい!」と返事した。
「彼らは地下に住まう人々から重税を取り上げ、よそから連れてきた人々を奴隷として使役していました。彼らの行いを許すことが正義に適うでしょうか? いいえ!」
「確かに……」
とはいえ、果たして彼らを倒してその後どうするつもりなのだろうか、とメリアドールは疑問に思った。自由騎士団がその後の面倒を見るというのならば話は、分かる。しかし、実際のところそうではないのだろう。ヒサメを一人で行かせるくらいだ。
加えて、彼女は引っ掛かりを覚えていた。
(どうしてロクジンさんは、自由騎士団のことをよく思っていないのだろう? それに、彼らはどうして表に姿を見せないのだろう……)
何か理由がある、と思っていた。しかしそれは分からない。
(ロクジンさんに聞いてみよう。もしかしたら自由騎士団には表に出られないような理由が……国民にとって後ろめたい何かがあるのかもしれません)
メリアドールが考えている間にも、ヒサメの口は止まらなかった。まるで「褒めて」とせがむ犬のような目でロクジンを見つめている。
(師匠と言っていたけれど、二人はどういう関係なんだろうか?)
少なくとも彼女の目にはそうは見えなかった。ロクジンのあからさまに鬱陶しそうな態度を見れば、それくらいは分かる。
「――こうして一つ、悪を殲滅したのです! 私もそろそろ、騎士団の一員として認められるかもしれません! これも師匠のご鞭撻のおかげです!」
「俺は何もしてないよ。殲滅、殲滅ねえ……」
ロクジンはそこで初めて視線を動かした。
倒れたスキンヘッドの男に。
「残念だけどヒサメ、彼らを殲滅出来てはいないよ」
「えっ」
さあ、っとヒサメの顔から血の気が引いた。
「で、ですがその男がここで一番偉い奴なのでしょう?」
「ここではね。でも見てみろ、そいつの頭に彫られた入れ墨を」
男の頭頂から右肩にかけてまで、龍の意匠を象った入れ墨が彫られている。
「こいつらは《三つ首龍》と呼ばれる組織の人間だ、入れ墨の形からだいたい分かる。彼らの組織はいくつにも枝分かれしていて、本国はルーナにあるという。そして、支流組織の幹部には……」
ロクジンは首筋のあたり、龍の首元を指さした。
「絡み合う三つ首の龍が描かれているという。こいつはただの、下っ端の下っ端だ」
「そんなぁ!」
衝撃を受けたヒサメはがっくりと肩を落とした。
「オスティアの皆さんのお役に立てると思っていたのに……」
「まあまあ、でもすごいことです。彼らはどんな悪事を?」
可哀想になり、メリアドールはヒサメを励ました。
「奴隷貿易のほかに、盗品の売買なんかもやっていて。家々から盗んだ宝石や首飾り、指輪の売買なんかをしていたんですよゥ!」
ヒサメは唇を尖らせた。メリアドールの脳裏には別の考えが浮かぶ。
「ロクジンさん、もしかしたら……」
「……待て、リア。それはちょっと危険だぞ」
「危険でも、それを承知でここまで来たんですよ」
メリアドールはヒサメに向き直った。
「ねえ、ヒサメさん。私にもその仕事を手伝わせてもらえないかしら?」




