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腐り姫と鉄の城  作者: 遠森 倖
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その者は赤き奈落と共に生まれ出ずる 08

「だぁーかーらぁー、結局戦地から戦地に盥回しじゃねぇかって話なんだよ!」

 泡の飛沫を散らせながら傷だらけのテーブルに叩きつけられるジョッキ。豆電球の照明の下で、様々な色の酒が注がれた大ジョッキがきらきらと煌いている。

「荒れるねぇ」

「荒れちゃうわなぁ、そりゃ」

 皆思い思いの一杯を煽りながら怒鳴り、愚痴り、泣き笑う大衆酒場。騒々しいので話を他者に聞かれる心配もなく、上手い飯と酒が出る店だという口コミで幅広い階級の広い人間が出入りする。この【ココナット】は豊富な酒の種類と季節に合わせた素材のフリットで有名で、今日も店はごった返して賑わっている。

「……まぁ、もうそれもいいんだけど」

「病んでるねぇ」

「まあ、へこむわなあ」

 カウンターの横に設えられたテーブル席にフォルトとシエル達同僚は陣取っていた。空のジョッキを抱えて戻っては酒を注いで出て行く看板娘達の胸や尻に同僚らは視線を奪われて、時間の経過と共に本題であったフォルトの昇進祝いという目的は薄れつつある。

「で、どうなんだ腐り姫は?噂どおり鼻が曲がるほどの臭いなのか?幽鬼のように髪を振り乱した呪術師だというじゃないか」

 本来であれば皇族と関わる事などありえない階級の軍人達だ。一般市民と同程度の尾ひれ背びれの付いた噂話しか知り得ない。興味津々で好き放題に質問してくる。

「確かに慣れるまでは辛い香りだったかな。戦場では嗅覚も重要だから正直辟易するよ――髪は、確かに初めて見た時はぼさぼさだったな――後は――うん、大きかった」

「とんでもないな!アマゾネスか!?」

「確かにあれはけしからん大きさだよ」

 横を通り過ぎた看板娘の胸と、視界一杯に揺れ動いていた胸を無意識に比較していたフォルトは、いかんいかんとジョッキを煽る。

「文句を言ってもしょうがない、もう貰うものは貰ってしまったんだ――それに腐り姫は一騎当千と言うじゃないか。案外もう自分の軍人生活は安泰かも知れないよ」

「楽観的だなあフォルトは。昔崩御された(いくさ)(ひめ)も才色兼備で負け戦無しと褒め称えられていたが、あちらは正当な王の血を引いた娘。輿入れした妃ではやはり……」

 尻すぼみに悲観的な言葉が終わると、微妙な沈黙がテーブルを覆う。

「おねぇーちゃーん!!こっちこっち!!」

場の空気を変えようとシエルが酒を大量に注文した。どかり、と看板娘二人がかりでテーブルに並べられたジョッキを見て同僚達は沸き立ち膝を叩いて雄たけびを上げた。隊のお約束だ。

「さあさお立会い――ここにお座りになられるは我が隊きっての出世頭フォルト・バーリオル!!東奔西走戦地を駆け抜け、その功績を認められ勲章を授与!今や腐り――失礼、妃付きの騎士としてのお役目まで受けるに到るのであります。しかしながら、彼を待つのは戦場、また戦場、またまた戦場!隊を別ってもこの大空に連なる戦場は別たれない!…………さぁ、杯を持て!」

 全員がジョッキを一つずつ掴む。まだかなりジョッキが余っているが、それはすべてフォルトの分だ。

「飲み切れた彼に幸運が訪れんことを!そして飲み切れなければこの宴の続きをまたしようじゃないか!ヨイヨイヨヨイ!」

「ラッヴィーナ!!」

 合いの手と同時にフォルトとシエルが杯を一気に煽る。勢い良く喉を滑り落ちていくアルコールの感覚。飲み終えると同時にドンと音を経ててテーブルにジョッキが叩きつけられる。空いた手で硬い握手を行う二人を余所に周囲では「ヨイヨイヨヨイ!」という威勢のいい掛け声が続く。

 全く馬鹿な飲み会だと思う。本当に、これだから軍人はやめられない。

「ラッヴィーナ!!」

 酒に溺れるのか、酒で忘れるのか。だが今まで奇跡的にこの飲み比べで死んだ奴はいない。

「ラッヴィーナ!!」

 いつも人が死ぬのは、戦場でだけだ。

「ラッヴィーナ!!」

 フォルトはアルコール次々とジョッキを空にして向かい合う戦友達と手を握り合う。

「ラッヴィーナ!!」

「ラッヴィーナ!!」

 最後の一人と硬い握手を交わし、真っ赤な顔をしたフォルトが盛大に堅いテーブルの天板に額を打ちつけた。「あっ!」とシエル達が顔を青ざめさせる。

 ドォォォン!!

 大きく地面が震えた。天井に吊るされた電球が激しく揺れ、置き場所の悪かった酒瓶やジョッキが落下して砕ける音があちこちで響く。皆テーブルや壁にしがみ付いて身構えるが、直ぐに振動は収まった。

「あっちゃ~~~~。やっちまったなシエル」

「やっぱり気疲れして弱ってたのかねぇ――フォルトを煽る時は酒の量に気をつけてたんだけど」

「同期のお前は寂しかろうが、あんまりフォルトを追い込むなよ」

 シエルの先輩兵士がこつこつと店の石畳を爪先で叩く。

「この店が頑丈な作りだったのが幸いしたな」

「まったくです……こいつの能力のせいで、選ばれちまったんでしょうかね?」

「さあな、フォルトはそりゃ強いと思うが、力なんて千差万別、特にこいつのそれが皇族付きを決定づけるもんになったとは思わないけどな」

 真っ赤な顔でぐーぐーと寝息を立てるフォルトの鼻を摘みながら先輩が淡々と見解を述べる。

「だけど本人はなんだかんだで納得してるみたいだったろ?ならあまり突っ込んでやるな」

「……わかってます」

 大岩のようにごつごつした体の別の先輩が、皿の底に残った芋やレンコンのフリットを齧りながらちらりとシエルを慮るように見た。

「それよりシエル。ホントは今日はお前も主賓の一人だったろう?なんでフォルトには黙っといてくれなんて言ってきたんだ?」

「いや、だって俺は別任務でちょっとこの隊を離れるだけですし。偉くなるわけでもないし、やっぱり今日のところはフォルト一人に花を持たせたいじゃないですか。同期としてはね」

 ガルマン隊長からくすねた金貨で店の損害ごと精算を行うと、フォルトに肩を貸してシエルは店を出た。

 暗い夜道をフォルトの家まで引きずっていく間の彼の顔は、とても「わかっている」表情ではなかった。

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