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腐り姫と鉄の城  作者: 遠森 倖
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毒の沼底に沈む光をそこに見た 13

 爽やかな風が草木を撫でる。静かな墓地で、今日もゴイル夫人は花束を持ち、愛する夫の墓へと向かう。その表情は、憑き物が落ちたかのように淀みが消えていて、穏やかな悲しみを湛えるのみとなっていた。

 いつものように墓石の前に立つ。今までと違うのは、もう地に埋まった夫の墓石を掘り起こす必要がなくなったことだ。

 石版の少し奥に、鉄で出来た小さな十字架が生えていた。鉄といっても無骨な黒ではなく、白金のような不可思議な風合いで、繊細な意匠が施されている。さらに、十字架を中心に墓石の板を取り囲むように、地面にも白化した鉄で美しい模様が描かれていた。

「花と剣……」

 ゴイル夫人は小さく呟く。



「ありがとうございます。本当にありがとうございます」

 地に埋められた墓石を清めてくれたフォルトにゴイル夫人は何度も礼を言った。

「親族からも忌避され、同僚の方も皆腐り姫を恐れて訪れることのない主人の墓に、こうして参りに来てくれる人がいることがこれほど嬉しいとは思いませんでした」

「――このようになった事を、呪っていますか。貴女の主人を貶めた、腐り姫を」

 フォルトの物騒な言葉にゴイル夫人は口元に手を当てて身を堅くした。

「よく考えてください。その返答によっては、私は貴女の剣となりましょう」

 真剣な瞳を向けられて、よくわからないままもゴイル夫人は深く思案する。あの時の事を思い出し、その後の事を反芻し、そうする内にぼろぼろと彼女の瞳から涙が零れ出した。

「どうしてでしょう……私は、今になって思うのです。こんなに今虐げられ、辛い思いをして尚、最後にあの人が抱き締めてくれた幸福を忘れられないのです。死して尚、私を一番に想い帰って来てくれた、その事実が私を生かしてくれている」

 涙は止まらない。そう、この複雑な思いは彼女自身にもわからない。だけど、

「私は――私は、腐り姫を、憎めない」

 その言葉を聞いて、フォルトがゆっくりと腰のホルダーから一本の剣を引き抜いた。淡青色と白のグラデーションの柄が美しい小剣を前に、ゴイル夫人は怯えるように身を堅くする。

「そうであれば、私にできることはこれだけです」

 フォルトが小剣を地面に突きたてた。丁度石版の少し奥で、地面に突きたてた小剣を握ったままフォルトは動かない。

「【降雪】、せめてもの餞に、美しく彩れ」

 言葉に呼応するように剣の表面に白い霜がおりる。ぴしぴしと音を立てて剣を包む霜は、よく見ると光沢のある金属であるとわかる。

 相当集中しているのか、フォルトは目を閉じたまま微動だにしない。ただ、彼の握った【降雪】を伝い、地面にも霜が張るように細やかな線が走っていく。描き出されたものを見て、ゴイル夫人は思わず呟く。

「リオナンキュラス……!!」

「絵心は恥ずかしながら持ち得ないのですが、おわかりになりますか?」

 フォルトが立ち上がる。白い鉄で造り上げられた模様と、突き立てられた【降雪】をベースに作られた十字架を見て、ゴイル夫人が大きく震え、嗚咽を漏らして泣き出した。

 誠実な鎮魂の意匠。そこにあるのは、間違いなく夫を慰める墓だった。

「本当は私の操る鉄を固定化してそこに留めるための戦術補助魔術だったのですが、こうして見ると美しいものですね――花と剣。確かに捧げます。私と、我が主からの手向けです」



 今その墓の上に、ゴイル夫人は花束を置いている。

 こんな風に墓を変えてしまったのに、不思議な事に親族達からは何の非難も無かった。冷たい仕打ちの裏で後ろめたいところがあったのだろうか。それとも誰かから言い含められているのだろうか。頑なに教えてくれないが、この墓に手出しをしてこないのであれば、夫人にはどうでもいいことだった。

 そっと白い鉄で出来た十字架を指でなぞり、ゴイルは柔らかく微笑む。

「また、あなたに会いたいものね」

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