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腐り姫と鉄の城  作者: 遠森 倖
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毒の沼底に沈む光をそこに見た 06

 ヴァローナの各所に配置されていた偵察部隊から情報を受け取り、湿地帯の南西部に二人は正午到着した。

「やはり、まったく敵の姿は見えませんね」

 青黒い沼に背の長い葦や蕗が好き放題生えていて、見通しがかなり悪い。確かにいる、という情報だがどこから捜索に手をつけていいのかも判断が付かないところだ。

「人海戦術に頼るしかないの」

 アイビスが能力を行使する。今回は敵にアピールする必要がないので赤黒い奈落を沸き立たせるような目立つことはしない。静かに腐臭を撒き散らして死者の魂を沼の底から浚う。

 ぶるり、と唐突にフォルトの背を悪寒が走った。

 まさかそんな、戦地で死者などそれこそ腐るほど出ているはずだ。蟻の大群のように湧き出た戦士達の区別など、自分につくわけ無いではないか。

 そう、もう八年も経ったんだ。八年だ。

 アニコトでも言ったではないか、悲願は遂げられた。もう乗り越えるべきことなど、

「アイビス妃!できれば古い時代の戦士達を蘇らせてもらえませんか?」

 だが次の瞬間フォルトはそう口走っていた。しかしアイビスの能力はそこまで融通が効くタイプのものではない。すでに死者達は彼女の足元から雨後の筍のように生まれていく。

 アイビスが妖艶に笑う。

「さぁ、魂さえも絡めとり沈め逝くこの地で、思う存分戦え!」

 立ち上がった戦士達は近代的な軍服を着ている、比較的最近の死者だった。

 見るな、見てはいけない。

死者は次々と湧き出ている。

 埋没させろ、自分の知覚から排除しろ、認識するな。

 だが、そんな自律など余裕あっての事、戦士達を視界に写した瞬間、フォルトの思考は吹き飛び、衝動のままに絶叫した。

「ああああああっぁぁぁぁぁぁぁ嗚呼ああああぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁ!!」

 喉が裂けんばかりの慟哭をあげ、フォルトは両手で顔を覆う。しゃがみ込みがたがたと身体を揺らす。常軌を逸した行動にアイビスが慌てて駆け寄るがその肩に触れる前に、がくがくと痙攣する右手でフォルトは天剣【有明】の柄を握っていた。

「あああぁぁぁぁぉおおおおおおぉおぉぉぉがぁああぉおぉおおおお――――」

 止まらない叫び声と共にフォルトは【有明】を地面に付き立てる。冴えた空色の柄が煌めき、その柄の内部に埋め込まれた術式を地に伝えていく。

 ずがぁぁぁぁぁぁぁんっ!!

 日が昇るように高く高く生えた無数の杭に、蘇った戦士達が残らず貫かれていた。杭の先端の数十センチ下に人の胸部ほどの球体がついており、そこに引っかかるような形で死者達はぐんぐんと空へと突き上げられていく。

「――んぁ?」

 痛みを感じていない死者の戦士達は、間の抜けた声をあげながら蹲る二人を見下ろす。

「勝手に起こしてすぐに殺すなんざ、いーいシュミだなぁ――」

 にやにやと笑いながら見下ろしてくる戦士の一人――額に傷のあるリーダー格の男が片眉を上げた。

「ん――――?そういやこの感覚。懐かしいなあ――身体を貫かれて、絶命する」

「そうそう大尉、俺も覚えがありますやぁ」

「こう、血がだらだら流れて、身体に力が入らなくなってくのに、杭が軸になって倒れる事も出来ず――――」

 呑気に会話する上空の死者達。百舌のはやにえにも似たその無残な姿を前に、段々とフォルトの震えが収まっていく。

「……アイビス様」

「なに?」

「死者達を殺す事は出来ないのですか?」

「できない。最初から死んでいるの」

 きっぱりと返され、フォルトがぎりっと音を立てるほどに拳を握り閉めた。

「そんな……せっかく目の前にいるのに……こんなに、こんなに、私はお前等を想っているのに……いくら殺しても殺したりないって……………」

 顔を上げて死者達を仰ぐフォルトの表情は、普段から到底想像がつかないような悍ましいものだった。

まるで偽りの神を信奉する狂信者のようだ。目を見開きぎらぎらと光らせて、口をだらしなく開けて、焼き切れそうな思考を保とうとするかのように首を揺らしている。

「殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい」

 フォルトは壊れた蓄音機のように同じ言葉を繰り返す。段々と言葉を紡ぐペースがあがり、それにともなって首が揺れるリズムも細かくなる。精神が狂喜によって沸騰寸前まで高められているかのようだ。

「殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい、何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも――――お願いだから」

 最後に捨てられた子供のようなか弱い声叫びをあげて、フォルトはその足で【有明】の柄を思いっきり踏みつけた。

それが鍵となって、杭の先端の球体が、爆発するようにその表面から太い棘を突き出した。一本一本の太さが腕ほどもあり、数十本はあるそれが死者達の身体を余す事無くさらに串刺す。

まるで、燦然と光り輝く太陽のように。

「えぐっ……」

 アイビスが顔を顰めて死者達から目をそらした。本当だったらすぐにでも力を解いて魂の海に死者達を還したいところだったが、フォルトの表情がそれを許さない。

「――っぁあ、おぼいだしたぜぇええ――――」

 額に傷のある戦士が唇を笑いで歪める。首の付け根から口の外まで棘が突き出しているので酷く喋りにくそうだ。

「じぃんでながっだんだなぁ――あぁ、おばえ、がぞくはどうじだぁ――?」

 びくり、とフォルトの体が大きく撥ねた。カラクリ仕掛けの人形のばねが外れた時のような、異質な動きだった。

「あでぇ??」

 戦士が何度も首を傾げる。その度に貫通した棘に皮膚や筋肉が引っ張られ、みちみちと醜い音を立てる。脳髄に開く穴を見てフォルトは絶望的な気分になった。脳が壊れても、こうして意志を持ち、記憶をもつ。人の魂のなんと強靭で恐ろしい事か。

 業火の海で溺死するような苦しみを味わい、真っ黒に焼け焦げ窒息したフォルトの魂に康寧の日は無い。せめて務めを果たし、もう後は生きるにまかせて死ぬだけだと思っていた。

 だが今、死してなお心の平穏などあり得ないと目の前に突きつけられている。

 それは、先に逝った家族達も、そうであるという事ではないか。

「ぞぉだ、おぼいだした!お前のあべ?いぼうどか?があいかったなあ……」

 貫かれた戦士達が、その時だけ同調したようにがくがくと震えて、半分以上壊れた顔に下卑た笑いを浮かべていた。

「ざいご、あんだにじめずげでぇ――――」

 言葉は、それ以上続かなかった。目にも止まらぬ速さで球体からさらに数倍の棘が生え、男達の身体はミンチとなり空中に爆散する。

 地に落ちる前に空気に溶けていく死者の残滓を見るフォルトの目は洞穴のように虚ろで、まるで死者よりも死者らしかった。

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