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腐り姫と鉄の城  作者: 遠森 倖
14/49

その者は赤き奈落と共に生まれ出ずる 13

 ものの一時間程度で、戦いは終わった。

「勝ったの――――!!」

 拳を大きく突きあげて、勇ましく死者達に勝利を告げるアイビス。肌蹴た軍服の間から大きく胸が揺れるのが見て取れて、死者の戦士達は歓声を上げる。

「もう一回頼むネクロマンサー殿!!」

「もう一回!!もう一回!!勝利の女神よ!!」

 おだてられて若干照れくさそうに、もう一度「勝ったの――――!」と大きく跳ねる腐り姫。先ほどより大きい歓声が上がった。身振り手振りで死者と一生懸命話す彼女は、王宮での亡羊とした表情よりもよっぽど活き活きとしている。きっとアイビスにとっては慇懃無礼を通す城の生者達よりも、こうやって喜怒哀楽を素直にぶつけてくる死者達の方がよほど好ましい存在なのだろう。

 無数の死体が転がる戦場で、フォルトはやる事もなく岩に腰掛け、アイビスと死者の兵士達のやりとりを見守っている。足元に無念を貼り付けた表情で天を仰ぐ敵兵の死体があった。

「そんな顔をするな」

 地面から生えた鉄の腕が兵士の瞼を無骨な動作で閉じる。

 気持ちは良くわかる。自分はこちら側だからなんとか納得しようとしているが、あちら側だったらば嫌悪と怒りと無慈悲さでもって天に絶望しているだろう。

 己が国のために一人でも多くの敵を討って減らせ。一兵卒が訓練時代に上官から叩きこまれる、軍人としての基本思想。その教えを胸に出陣し、死者の兵士達と相対して命を散らす。倒しても倒しても何の意味もない、ラービーナ・ニウィスの戦力に何の痛手もない。

そんな戦い、虚しいだけではないか。

 腐り姫は災厄だ。アロガンシアの言葉は少し間違っている。災厄は、意志無き不幸でなければならない。そうでなければ理不尽さに耐えられない。

アイビスが明確な意志を持ちラービーナ・ニウィスに加担する限りは、それは災厄ではなくやはり【腐り姫】という名を冠して厭われ、憎まれるべき存在であるしかないのだ。

 虚しい。フォルトのその思いは、この戦いに関してのものなのだろうか、それともアイビスという戦に利用される妃へのものなのだろうか。彼自身にもわからない。

「ご苦労様」

 甘い匂いが鼻腔をくすぐる。先ほどまでの腐臭ではなく、熟した果実のようないつもの良い香りだ。日没を背にして、藍と白金を混ぜたような色に髪を染められながら、アイビスがそこにいた。

「この兵士は、生き返らないのですね」

 先ほど瞳を閉じた死体を見下ろす。彼の瞼はピクリとも動く気配はない。

「すごく集中してるの。間違えて斃した敵兵を蘇らさないように」

「……後ろに控えている“僕達”はいつ地に還るのですが」

「地じゃない、海なの」

 お互いを理解できない、と言った口で、少しだけ寂しそうにアイビスが訂正する。シエルはフォルトが操っているのを何時までたっても砂だと勘違いしているのと同じようなものだろうか。

「あの赤い澱が、海なのですか?」

 その途端、ぶわっとアイビスの足元から赤い奈落が沸き出す。

「ふふふっ。これは演出なの。いかにもおどろおどろしくて恐怖を誘うでしょう?」

 赤黒い闇の残滓を散らせながら、ひひっとアイビスが口の端をあげて下品に笑った。

 その仕草を見て、フォルトは自分の認識が間違っていることに気付く。

 彼女は最悪の能力の使い手かも知れないが、精神まではそうあるわけでなないのだ。

 死体を操り、生者を狩る。それだけ聞けば人の道を外れたネクロマンサーだと誰でも思うだろう。だが、彼女は、あくまでも戦わされているだけなのだ。

 敵を怖がらせるのは、自分が怖いから。腐り姫という名の裏には、怖がりの少女が隠れている。

 やたら鼻につく所作も、【腐り姫】という戦場でのアイコンをより強烈にするための一環に違いない。

「ご苦労だった!!また、戦場で会おう。この奈落は僕達の墓場ではない、船であり揺り篭なのだ」

 アイビスが死者達に向かって大きく腕を広げて、まるで母が子供を抱き上げるように手を柔らかく持ち上げた。その動きに反するように、死者達は赤い霧の中に沈んでいく。

「再び眠れ、魂の海で――」

 彼女は頭が良い。きっと頭が良いから一番冴えた方法を取っているのだろう。

 嫌われる事も、汚れる事も、穢れる事も厭わずに。

 たった一人で放り出された戦場で生き延びるために。

 二人っきりに戻った戦場で、フォルトは彼女の背に問いかける。

「なぜ、そこまでするのですか?」

「僕達を、守るためなの」

「僕達?死者のことですか」

 彼女の使う“僕達”は難解で、だが彼女からしたら理解できないフォルトの方がおかしいのだろう。振り返ったアイビスは眉根を寄せて淡々と説明する。

「違う、僕の生まれたラーストチカの集落のことなの。山の上で、何にも無い貧しい所。そこは天に近すぎて、たまに僕みたいなネクロマンサーを産み落とす。どうしてかそれをラービーナ・ニウィスが嗅ぎつけて、四年前に王が親衛騎士を引き連れて属国に加われと脅してきた――僕達に抵抗する力なんて無かったの。戦士の骸が眠る場所以外で、僕の力はあまり意味が無い。すぐに降伏した。そうしたら、王が自分のものになれと言ってね。こうして今は妃として今は戦場に立つ日々なの」

「待ってください、王が、その場にいたのですか?」

「ええ、居たわ」

 その答えにフォルトは内心驚いていた。一介の小さな――しかも踏破困難な場所にある集落に、わざわざ王自ら出向いていたというのか?結果から見れば確かにラービーナ・ニウィスは他国垂涎の強大な戦力を手に入れた。だがいるかいないかも分からないお伽噺のようなネクロマンサーを探して、始めから王が動いていたというのはやはり解せない。更に言えば、戦力として引き入れたアイビスを妃にするということは納得できない。

 美しきネクロマンサーを目の前にして、王が欲目を出したのだろうか?だが、アイビスは王に触れられたこともないと言う。

 深入りするべきではないと思いつつも、フォルトの疑問はじわりじわりと膨らんでいく。

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