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白き翼に誘われ  作者: 月龍波
8/53

七翼:決意を胸に

【ヘッドレス】の討伐を終えて約二時間の時が経とうとしていた。

 昇華の影響で動けなくなったエルも今は動けるようになり、【ヘッドレス】が塞いでいた道をゆっくりではあるが真っ直ぐ進んでいた。

 いつもと違うのは隣で歩くラティエ以外に先程の戦闘で共に戦ったカルヴァがエル達を見守るかのように後ろから付いてきている事だった。


「けど、カルヴァさん付いてきてもらって良いんですか?」

「問題ない。私の好奇心を埋める為に勝手に付いて着ているだけだ」


 遠慮気味に問うエルにカルヴァは全く気にしていない様子で返し、エルは曖昧に返すしかなかった。

 戦闘の最後でエルが見せた【昇華(エンゲージ)】に彼は興味を持ったようで、自身達に付いて行くのも面白そうだと判断し同行を申し出たのだ。

 エル自身もカルヴァの強さを直に見ている為、彼と一緒に旅をできるのは心強かった為に二の返事で了承したのだ。

 とはいえど、自由を愛するであろう彼の気概に干渉している様で少し申し訳なく感じているのであった。


「それにしても、アクイラエ王国にはどれくらい掛かるの?」

「……関所を抜けたとはいえ、私達が居るのは未だにウルサエ地方だ。徒歩でアルタイル地方に向かうのならば三日は掛かる。アクイラエ王国へ行くのならば更に三日程以上掛かるだろう」


 ふと、何気の無いラティエの問いに答えようとした所で先にカルヴァが答えた為、エルはその言葉に続くように頷いた。

 改めて言葉に出せばかなり長距離であり、アルタイル地方へと踏み込んで直ぐ近くの村や町で宿を借りて一泊などを考えれば十日は掛かるだろう。

 食糧と水の問題も考えれば早々に次の町には付かなくてはならないだろう。


「どちらしろ、徒歩で来ている以上今日は野宿確定だ。娘……いや、ラティエだったか、は大丈夫か?」

「私は大丈夫!」


 カルヴァの問いに張り切った様子で健気にラティエは答えていた。

 文句を言わなかったのは彼が名前をちゃんと言ったからであることは明白であったが、カルヴァはそれに答えずエルへと視線を移していた。

 その視線に気が付いたエルは意図を察し、黙って頷いた。

 線の細い彼女が明らかに野宿に慣れていない事と、今回の戦闘で体内の魔原(マナ)を切らして居る事からこれ以上無理をさせるのは危険だからだ。

 心配を掛けさせない為か、気丈に振る舞っているが足元が少しおぼつかないのは先ほどから気付いている。

 恐らく寝るときになったら直ぐに寝入る事が目に見えていた。

 なるべく彼女に負担が掛からない様に移動する事も視野に入れると早めの野宿になるだろう。


「どちらにしろ、後一刻程で日が落ちる。それまでに野宿ができそうな場所を探すぞ」


 カルヴァの言葉に二人は頷き、再び歩き始めた。

 今現在の場所は草原のど真ん中と関所からそこまで離れていない。

 エルが動けなかったことで大した距離を移動できていない事が主な原因だ。

 それについて二人は責める事は無いが急ぐ必要があるのは確かだ。

 特に魔原が尽き掛けるほどまで消耗しているラティエはいち早く休ませねばならない。

 最悪は自分が彼女を背負って移動する事を視野に入れながらエルは周りを見渡しながら歩いて行く。


 ※


 日が完全に落ち、漆黒の天蓋を月と星々の光が彩る中で、それらと違う明かりが灯り周囲を照らし出していた。

 草原を歩き続けて辿り着いたのは巨大な樹が一本生えた場所であった。

 風通しも良く、樹が影になって多少ではあるが身を隠すには良いことから野宿の場所にすることを決めてエル達三人は身を休めていた。

 特にラティエは夕食を済ませた直後に寝てしまい、ずれた掛布団をエルが直していた。

 これほどまでに寝入るのが早いのは、消耗が激しかったからであると想像が容易い。

 今回の火の番はカルヴァが担当する事になり、一足早く二人は休んでいたのだが、エルはどうしても寝る気分になれず、今の現在も彼女を見守っていた。


 寝る気分になれないのも、今回の自分の弱さに悩んでいたからであった。

 黒騎士との戦いも圧倒的な力の差の前に死に掛け、今回の【ヘッドレス】との戦いも最初は足手纏いでしかなかった。

 どれも自分の力の無さが招いた事であり、ラティエには酷く心配させていた。

 それに加えてカルヴァが居なければ今頃自分はどうなっていたかなど分かりやすかった。


 ――駄目だ、少し頭を冷やそう。


 どうしてもネガティブな方向に思考が向いてしまい、頭を振りながらエルは立ちあがり、その場から離れた。

 何となく足を運んだ先はカルヴァの元であった。

 彼は自分に背を向けて自身の武器である刀身が黒く染まった大太刀の手入れを行っていた。


「……眠れないのか?」

「えぇ……色々と考えてしまって」


 背を向けたままの状態で問いかけられ、心臓が強く跳ねたが何とか返答すると彼は何も言わずに刀の整備を続けた。

 このまま立ち尽くしているのも難だと思い、エルは歩みを進めカルヴァの隣へと座りこんだ。

 ふと、彼の大太刀を見ると刀身は黒塗りであるにも関わらず、それ自体が僅かに発光しているかのように鈍い輝きを見せる。

 素人目で見ても凄まじい業物だと感じ取れた。


「素晴らしい刀ですね」

「……【天斬(あまぎり)】という銘だ。我が師より受け継ぎし継承の証でもあり()()だ」

「妖刀?」

「特殊な加工技術で作られた結果、刃こぼれの概念が消え、人、魔物、果ては天使を数え切れないほど切り殺したらしい」


 その話を聞いてエルは顔を顰めるしかなかった。

 以前に行商人のエアから曰く付きの武器がこの世に何本か存在していると聞いたのを思い出したからだ。

 カルヴァ自体はお伽噺の様なものと捉えているのか涼しい顔をしているが、エルにとっては本当の話のように聞こえてしょうがない。


「素晴らしい、というよりは凄まじい刀だった訳ですか」

「……お前の持っている剣も相当だと思うがな」


 急に自身の剣について触れられ、エルは小首を傾げるが、彼は整備の終えた大太刀を鞘に納めながら続けた。


「私はこれまで数多の刀剣を目にしてきたが、お前の持つ剣の様な形状は見たこともなければ、あれほどの切れ味を持つ剣があったことを知らなかった」


 達人の領域であろうカルヴァからそのようなことを言われ、エルは腰に装着している長剣を取り外して凝視した。

 確かに異常なほどに切れ味の良い剣ではあるが、彼が言うほどの物とは思っていなかった事もあり、この剣が一体何なのか気になってしまった。


「……その剣、少し見せて貰ってもいいか?」

「えぇ、どうぞ」


 答えながら剣を差出し、カルヴァが手に取った瞬間に彼の眉間に皺が寄った。

 鞘から抜き放ち、様々な角度で観察しながら彼は口を開いた。


「……この剣、異常な程に軽いな」

「俺も不思議に思っているんですけど、何故かその剣は本当に剣なのか怪しい程軽いんです」

「これだけ軽くて、あそこまでの切れ味を持つのか」


 いったいどのような加工を行えばこれほどまで軽量化されるのか不思議でならない。

 恐らく切れ味と軽さならば世界中探し回ってもこれ以上の業物は存在しないだろう。

 そう確信させるほどの何かがこの長剣には秘められていた。


「なるほど、良い物を見せてもらった。返そう」


 剣を鞘に納めてエルへと手渡すと、彼は受け取ってから何か思い詰めている様に剣を見つめ続けている。

 何を思っているのかは知らないし、自分で答えを見つける様な物であろうからカルヴァは何も言わず新たな薪を火の中へと放り投げた。


「……カルヴァさん。俺に剣を教えてください」


 真っ直ぐ見据えた目と共に、はっきりとした声量で言うエルの言葉の後に、火に炙られた薪が変形する音が響いた。

 沈黙が場を支配し、焚火の音のみが聞こえてくる。

 視線はずっとカルヴァへと向けているが、彼の方はこちらを一顧だにしておらず、ちゃんと聞こえているのかと不安になる。


「……何故だ?」


 痺れを切らしてもう一度言おうとしたところで、カルヴァの口が開いた。

 またもや虚を突かれる形となり言葉を飲み込んだが、直ぐにエルも言葉を紡いだ。


「強くなる為です。俺の剣術は所詮我流で中途半端だ。だからこそカルヴァさんの師事を得たいんです」

「それはあの少女の為か?何がそこまでお前を駆り立てている」


 そのような質問が飛んでくるとは思っていなかったが、答え自体は直ぐに出てきた。

 一度深呼吸を行い、気持ちを落ち着かせてからエルはゆっくりと続きを紡いだ。


「ラティエの為なのは間違いじゃないです。けど自分の為でもあるんです」


 エルの言葉に対してカルヴァは小さく頷き、黙って続きを促す。


「約束したんです、必ず安全な所まで連れて行くと。それに黒騎士に負けて、今回の戦闘で改めて自分の弱さを自覚したんです。もうあんな惨めな思いをするのは嫌だし、このままだと約束すら守れない。だからもう一度言います、俺に剣を教えてください」


 言い終えるとまたもや周囲を沈黙が支配する。

 彼の表情は一切変わっておらず、虚空を眺めたままである。

 ここまで何も反応がないと駄目かもしれないという気持ちが出てくる。

 そもそも出会って一日も経っていないというのにいきなり剣を教えて欲しいと言うのは図々しいだろうと諦念が生まれた。


「……良いだろう」


 諦めかけた時に突然の声にエルは目を見開いた。

 そんな彼の反応を無視するかのように、カルヴァは言葉を続けた。


「弱さを認め、人に師事を請うことは悪いことではない。それは必要なことだ……それに約束を果たそうとする心意気が気に入った。だが……」


 そこまで言うと彼は立ち上がり、自身の大太刀を抜き放った。

 瞬間に大太刀が振るわれ、その刃はエルの首へと一直線に伸びて行った。

 振るわれた刃はエルの首に触れるか触れないかの距離で止まり、少しでも動けば首が断ち切られそうであった。

 突然の出来事に反応する事も許されなかったエルはその黒塗りの刀身を凝視し、死に直面した為か身体中から汗が噴き出て心臓がバクバクと音を鳴らす。

 首に伝わる刃の感触だからか、そこから始まって身体全体がやけに冷える様にも感じた。


「――私は人に剣を教えた事は無い。故に私ができる事は組手により技を直接お前の身体に叩き込むだけだ。無論、死ぬ可能性もあるだろう。それでも構わんのならば、私の持てる技をお前に教えてやる」


 そんなエルの状況を無視するように、彼は刀を動かさないまま射抜くような鋭い視線をエルに向けて語りかける。

 それに対しエルは反骨心が刺激されたのか、目を鋭くさせて彼を睨んだ。


「望むところです。俺は死ぬ訳には行かない、だから強くなる為ならどんなに辛い修行でも耐えます」

「良い心意気だ」


 エルの答えにカルヴァは良く見ないと分からない程に小さく口角を持ち上げた。


 ――この人も笑うんだな。


 そんな事を思っているといつの間にか首から伝わる感触は消え、大太刀は納刀されていた。


「ならば行動は早い方が良い。明朝から始める故、その為にも今は寝ろ。疲れ切った身体では身に付くものも付かない」

「……分かりました、明日からお願いします」


 彼の言葉を素直に受けたエルはそれだけ言い、頭を下げるとラティエが寝ている場所まで戻っていった。

 それを見送る事はしなかったが、カルヴァは心の中では少しだけ楽しみにしていた。

 元々見所自体はあったのだ、それが自身の技を教え鍛えればどれだけ面白いのだろうか。

 そんな事を考えながら、自身の師もそのような心境で自身を鍛えたのだろうかと思いを馳せたが、既に師は亡くなっている為その答えは永久に見出す事は無い。

 一瞬空虚に思えたが、それを直ぐに振り払いながら彼は焚火の炎を見つめ続けた。


 ※


 その日、ラティエはいつもと違う目覚め方をした。

 いつもはエルが優しく起こすのだが、今回はそうではなかった。

 耳の奥に響くような甲高い音の連鎖、剣戟の音に等しい音に目が覚めたのだ。

 それは近くで聞こえるものであるが戦闘時のそれと全く違う。

 戦いではないのであればいったい何の音なのであろうか?

 そんな考えが頭に過りながら重い瞼を開け、目元を擦りながら彼女は起き上がった。

 音の発生源は直ぐ近くであり、直ぐにその正体が判明した。


「え……?」


 それは彼女からすれば信じがたい光景であった。

 そこには緊迫した表情で剣を振るうエルと、全くの無表情でエルの剣を受け流すカルヴァの姿だ。

 昨日まで親しそうにしていた二人が何故剣を交えているのか、理由を知らないラティエはただ唖然としてその光景を見ているしかなかった。

 剣戟の音は鳴り響くたびに感覚がどんどん短くなっていき、二人の剣を振るう速度も速くなっていく。

 最初はエルが攻め立てていた様に見えていたが、次第に逆にエルが攻められているかのように彼の振るう腕が覚束なくなっていく。

 対するカルヴァはずっと余裕の表情で振るっており、それを示すかのように殆どその場から動いていなかった。

 剣戟の音が鳴り止んだのは直ぐだった。

 ガキンッと金属同士が強くぶつかり合う様な音が響き、エルの手から剣が離れ彼の後方へと突き刺さった。


「ッ……」

「…………」


 剣が手から離れ、回収する暇もなく首筋に刃を押し当てられる。

 息を飲むような状況にラティエはエルを助けようと飛び出しかけるが、エルに突き付けられた刀は直ぐに離れていき、鞘へと納められた。


「……今回はこれで終わりだ。全体的に筋力が足りていない。まずは身体を鍛えるところからだ」

「分かりました」


 短い指摘にエルは息を切らせながら返し、弾き飛ばされた剣を回収する。

 それを見やりながらカルヴァは歩き始め、自身達の行いを見ていたラティエへと視線を向けた。


「……エル。余計な疑いを払っておけ」

「……? 分かりました」


 カルヴァの言葉の意味が良くわからないままエルは返事をして彼を見送った後、朝食の準備をする為に歩を進めようとした時に、こちらに近づいてくる足音が聞こえた。

 その足音の方へと視線を向けると、ラティエが自分へと近づいているのが見えた。


「ラティエ……ごめん、音で起こしちゃったかな?」

「うぅん……大丈夫。どうしてカルヴァさんと戦っていたの?」

「えっ……?」


 ラティエの問いに目を丸くさせたが、直ぐに今の修行が彼女にとって自分とカルヴァが戦っているようにしか見えなかったのだと気が付いた。

 それで最後に言った彼の言葉の意味を理解したのだった。


「あぁ……違うよ。戦っていたんじゃなくて、剣の稽古を付けて貰っていたんだ」

「稽古?」


 首を傾げながら再度問う彼女にエルは頷いて事の経緯を話す。

 話を進める毎に彼女の不安に満ちた表情は和らいでいき、最終的に納得したように頷いた。

 何とか誤解を解けたと確信し、胸を撫で下ろすのだったが。


「でも、どうしていきなり稽古を始めたの?」

「強くなりたいからだよ。旅を続けるにもこのままでいるのは嫌だからね……俺はまだ弱いから、強くなる為にもその近道としてカルヴァさんに師事をお願いしたんだよ」


 自嘲の笑みを交えながら問いに対する答えを話すエルにラティエは彼のその姿に不安を覚えた。

 何故そう思うのかは分からなかったが、どうしてか今の彼がとても危うく見えて仕方がなかった。

 とはいえ既に強くなると決意している彼を止める事は野暮であるし、止まらないだろうと言うのも分かっていた。

 そうなると、ラティエができる事は一つだけだった。


「分かった、私ができる事なら協力する。でも、無茶はしないで。エルが倒れるのを見るのは嫌だよ……」

「ははは……なるべく無茶しない様にするよ。ありがとう」


 困ったような笑みを浮かべながらお礼を言い、エルはラティエの頭を撫でる。

 いつもは彼に頭を撫でられるのは心地良いのだが、何故か今回のはそんな気分になれない。

 この不安がただの杞憂で終わればいい、そう彼女は思っていた。


「さてと、朝食の準備をしないと。行こう、ラティエ」

「うん」


 ひときしり撫でたエルは手を差し伸べ、ラティエは頷きながらその手を握り返し彼と共に歩き始めた。

 既にカルヴァはエルとラティエが寝ていた場所まで戻っており、そこで座り込んで体を休めていた。


「すみません、カルヴァさん。今朝食を用意します」

「……そこまで急がなくていいぞ」

「はい」


 あくまでも淡白な返しではあったが、僅かに気遣うような言葉にエルは苦笑を交えて返事をした。

 そんな二人の間の雰囲気を理解できなかったのかラティエは小首を傾げて二人を見やるだけだった。

 不意に横から何かが差し出され、それを見るとサンドイッチだった。


「ラティエ、朝食だよ。今日も移動するから食べて体力をつけて」

「うん、ありがとう」


 微笑と共に差し出すエルを見たからなのか、先程までの疑問が消えうせたのか笑みを浮かべて受け取り、それを食べ始めた。

 そのラティエの姿に笑みを強くさせたエルは皮袋の中の水を飲み、一息ついた。


「……ラティエが食べなくてはいけないのもそうだが……エル、お前は特に食べろ」


 横から挟むようにカルヴァが突如エルに向けて言い放つ。

 それに対してエルはその言葉の意味がいまいち理解できていないのか首を傾げた。

 仕方なしとため息をついた彼は言葉の真意を説くように口を再度開いた。


「お前は剣の稽古を今日から始めたんだ。そのお前がイの一番で体力を付けないでどうする」

「あぁ……それもそうですね。分かりました」


 言われて納得したのかエルは自身の朝食に手に取るとゆっくりと食事を始めた。

 そんなエルにカルヴァは大丈夫なのかと思わせるようなため息を再度ついた。

 そのため息の意味を察したのかエルの表情は苦笑に満ちており、彼はもう一度ため息をついたのだった。


「……エル。さっきも言ったけど、無茶は駄目だよ?」

「むぐっ……わ、分かった、約束するからそんな心配しないで」


 突然ラティエに念を押すように言われ、咽かけてしまい危うく口に入ったものを吐き出すところであった。

 なんとか飲み込み、先程からじっと見つめてくる彼女にたじろぎながらも慌てた様子で約束を口にする。

 それを聞いたからなのか、ラティエは満足そうに頷いて再び自身の食事を進めた。

 そのようなやり取りを見てカルヴァは一人何かを確信したかのように息を漏らす。


「どうしたんですか、カルヴァさん?」

「いや、なんでもない」


 昨日の事や今のやり取りを見て、エルはラティエが居れば大層な無茶はしないであろうと確信を得た。

 昨晩に自身に剣の師事を頼み込んだ時に述べた理由からも、ラティエの事を大切にしているのが嫌でも伝わってくる。

 それほど大切な者がいるのであれば答えは出ているようなものだ。


 ※


 それから三人はアルタイル地方へと向かうために草原の道を進んでいた。

 カルヴァ曰くは此処から一番近い町はアルタイル地方に入って直ぐに存在するコカブという町だそうだ。

 まずはそこで食料等を補充し、一泊するのが良いだろうということだ。

 元々町に寄るつもりで居た事もあり、三人はコカブへと向かっていた。


「それにしてもコカブという町はどういう場所なんですか?」


 そうカルヴァへと質問するのはエルだった。

 現在は昼食を取るために休憩しており、三人は各々の食事を取っていた。


「規模自体は普通ではあるが、関所の近くということもあり他地方の物品を扱っているのが特徴と言える」


 簡潔に答えながら肉を口に運ぶカルヴァにエルは納得したかのような息を漏らした。

 他地方の物品も扱っているのであれば、ウルサエ地方で扱っている食品も有るであろうと推測していた。

 見慣れない食品を楽しむのも旅の醍醐味であるのだが、あいにく今行っている旅は逃亡生活に近いものだ。

 そんな暇は無いに等しいし、旅をしている以上は扱いなれた食材の方が都合がいい。

 ふと、何となくラティエの方へ視線を向けると、彼女は明らかに眠そうに舟をこぎ始めていた。


「ラティエ、大丈夫かい?」

「ん……大丈夫」


 目元を擦りながら返す彼女はどう見ても大丈夫そうではなかった。


 ――疲労が限界に来ているのかもしれない……。


 朝早くから自身の修行の音で起こされて、慣れない野宿生活に昨日の魔力切れの事を考えれば無理もない話であった。


「ラティエ、限界なら寝て良いよ」

「でも……そろそろ移動しないと……」


 ラティエを気遣うようにエルは言うが、急いでアクイラエ王国に行くという理由があるからなのか彼女は起き続けようとしていた。

 それは彼女がエルの目的を早く達成させる為であり、エル自身も察しはついていた。

 だがそれでラティエが無理をして倒れたりしてしまえば元もこうもない為、エルはどうやって彼女を休ませようか頭を悩ませた。


「……好意は受け取っておけ」


 二人のやり取りを割り込んだのはカルヴァだった。

 僅かに呆れた様な表情をしているところから、埒が明かないと判断したのだろう。


「けど……」

「この中で唯一神聖魔術を使えるお前が重要な時に動けなくなっては私達が危険だ。一時の迷惑など忘れろ」


 なおも渋りながら何かを言おうとする彼女を遮るように彼は更に言葉を紡ぐ。

 言葉自体は厳しいものの、言っていること自体は正しいものだと理解しているのか、ラティエは押し黙り、エルへと視線を向ける。

 視線を向けられど、エルは黙って頷くだけであった。


「……分かった。少しだけ休むね?」


 暫しの沈黙の後に遠慮がちに二人を見た後に言うとその場で俯く様に頭を下げると直ぐに寝息が静かに聞こえ始める。

 流石に首が辛いだろうと思ったのか、エルは起こさないように注意しながらゆっくりと彼女の体を横に傾け、頭が自身の膝に乗るようにさせる。


 ――俺の言えた事じゃないけど、ラティエも結構無茶をする方だな。


 朝方に言われたことを思い出しながら、エルは微笑を洩らしながら彼女の頭を優しく撫でる。


「エル。分かっているだろうが、そこまで時間を取れんぞ」

「えぇ、ラティエは俺がおぶって行きますよ」


 自身の師に頷きながらもう一度ラティエの頭を撫でる。

 それを見たカルヴァはエルの代わりに旅支度をし始める。

 彼女から聞こえるのは寝息のみであり、しばらくの間は起きそうに無いのは分かっていた。

 そうなれば誰かが運ばなければならない事も分かっている。

 とはいえ彼女を休ませなければ、と思っていたのもありそれが早く来ただけだった。


「用意ができた。行くぞ」

「はい、直ぐ行きます」


 自身を見下ろし、先行しながら言うカルヴァに返事をしながらエルは背負うように背中へとラティエの体を動かす。

 しっかりと背負えている事を確認し、ゆっくりと立ち上がるがバランスを崩して転倒しかけ、片足を後ろに踏み込み転倒を防ぐが、僅かに衝撃で身が揺れる。


 ――やばい、起こしたか?


 恐る恐る視線を動かし彼女の顔色を伺うが、少女の瞳は閉ざされており首に静かな息遣いと吐息の熱を感じるだけだった。

 起こしていなかった事に安堵し、短いため息と共に胸を撫で下ろす。


「……どうした?」


 中々追いついてこないエルに疑問に思ったのか振り向き、彼は問う。

 エルは何でもない、と伝えるかのように首を振り、体勢を整えた。


「よし、行こうラティエ」


 背中のラティエに語りかけるが、無論寝ている彼女から返事があるわけではない。

 そんな事は百も承知であるため、カルヴァを追うようにゆっくりと歩きだした。

 エルがある程度近くまで追いつく、カルヴァは前に向き直りゆったりと歩き始める。

 その足取りは何時もよりも遅く、ラティエを背負っているからなのかエルの歩調に合わせているようであった。

 苦笑が漏れそうになるのを堪え、三人はアルタイル地方最初の町であるコカブへと向かっていく。

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