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白き翼に誘われ  作者: 月龍波
49/53

四十八翼:忌避すべき黒

「殺す、ですってぇ? 【四覇将(しはしょう)】の四を相手に随分と大きく出たわねぇ坊や」


 口元に笑みを浮かべながらそう言うベリルレットだったが、口調とは裏腹に心の中で油断は一切なかった。

 目の前の少年、エルが殺意と共に噴き出す膨大な魔源がビリビリと肌を刺激させて嫌でも警戒を促す。

 そしてエルは目の前の褐色のエルフが言った【四覇将】という言葉を聞いても特に反応を示さず、【失楽園(パラダイス・ロスト)】をゆったりと構えた直後にその場から消えるように動き出した。

 一瞬、消えた様に見えたエルに僅かに目を見開いたベリルレットだったが、背後から感じる殺気と魔源をいち早く察知し、振り向きざまに鞭を振るった。

 迫る鞭の先端の軌道を読んだエルは僅かに体を横にずらす事で回避し、懐に飛び込んだ瞬間に上段に構えた【失楽園】を振り下ろした。


 対するベリルレットは即座に腰から短剣を抜き、迫る刃に向けて打ち付けるように振るうが、金属同士がぶつかる甲高い音が響いた瞬間に彼女は目を見開く。

 目の前の少年が振るう剣とぶつかった瞬間に、短剣の刀身をまるで柔らかくなったバターを斬り落とすかのように刃が徐々に迫ってくるのだ。

 あと数秒としない内に迫る刃が自身を切り裂く、そう予感した瞬間に短剣から手を離し、横へと身を投げ出す様に全力で回避する。


「ちぃっ……!」


 しかし、それでも回避するタイミングが遅かったのか刃が肩を僅かに切り裂き、鋭い痛みと共に鮮血が舞うのを見て彼女は忌々し気に舌打ちの音を鳴らす。

 傷自体は全く問題ないと判断し即座に態勢を整えようとした瞬間に腹から背中へと突き抜ける衝撃に一瞬息が止まった。

 蹴り飛ばされたと理解した瞬間に足蹴にされた事にふつふつと怒りが沸き上がるが、それとは別にそのまま蹴られた衝撃を使って大きく転がって距離を取った方が良いという思考が冷静に働き大げさに見える程に転がっていく。

 そうして大きく転がりながら態勢を整えたベリルレットが見たのは既に目の前まで迫ったエルが長剣を上段に構えた姿だった。


「なっ!?」

「死ね……」


 驚愕するベリルレットと、それに意を介さず底冷えするような声と共に【失楽園】は勢いよく振り下ろされ、確かにベリルレットを捉えて切り裂いた。

【失楽園】の刃は確実にベリルレットを切り裂いたはずだったが、エルの表情は硬く敵を仕留めたという確信を持てていない。

 手応えが軽すぎる、そう思った瞬間に切り裂いたはずのベリルレットが硝子が割れたかのような音を立てて砕け散った。


「……幻影で作り出した(デコイ)か……小賢しい」

「消費が多いから、あまり多用したくないんだけどねぇ……」


 ゆっくりと後ろを振り返りながら忌々し気に呟くエルにベリルレットは軽口を叩き、表面上は余裕を見せる彼女だったが接近戦では話にならないと思い、魔術(スペル)戦へと移行する事を決めて魔源(マナ)を集中させる。

 魔術を発動させようとしているベリルレットにエルはゆったりと剣を構え、今度こそ仕留めると殺気を強めて目付きを鋭くさせる。


「射抜きなさい。【サンダー・ボルト】!」


 ベリルレットが魔術名を叫んだ瞬間、彼女の左手から数多の電撃で作り出された矢がエルに向かって射出されていく。

 迫りくる電撃の矢を一瞥しながらエルは短く息を吐くと、何を考えているのか電撃の矢に向かって真っ直ぐに駆け出した。

 どう見ても自分から当たりに行くような無謀さだったが、目を見開くのはベリルレットであり、その目は嘘だろと言いたげである。

 放たれた【サンダー・ボルト】は確かにエルに直撃している、しかしそれでも全くダメージを受けていないかのように自身に向かって突き進んでくる。


 なんの原理でそこまで無傷でいられるのかと疑った時、数発目の【サンダー・ボルト】がエルの体に触れた瞬間にその理由が分かった。

【サンダー・ボルト】はエルがその身に纏う膨大な魔源によって弾き飛ばされており、そもそもエルに届いてすらいなかったのが無傷である原因だった。

 冗談じゃないと思った時には再度接近され、あわや切り裂かれる瞬間に再度幻影を囮にしてその場を離れてベリルレットは何を逃れた。

 切り裂いた相手がまたもや幻影による囮だと、硝子が砕けるような音で理解した時にエルは忌々し気に舌打ちの音を鳴らし、気配を察知してベリルレットの方へと向き直る。


「小細工ばかり使いやがって……」

「生憎と、私は坊や見たいな直接戦闘は不向きなのよ」


 そう口に出して、確かに直接戦闘は苦手な方ではあるが、それとは別に今対峙している少年とは相性が最高に悪いと思っていた。

 短剣など生半可な武器は容易に切断する獲物である長剣に、下級の魔術程度では弾かれる程に膨大な魔源を纏う防御能力はどれも厄介極まりないものだった。

 しかしそれよりも、それだけ距離を離しても瞬時に懐に飛び込んでくるスピードが厄介であった。

 明らかに自身よりも上であり、帝国内でも彼の速度に追いつけるのは一握りであろう。

 防御を抜ける威力の高い魔術は詠唱が必要であり、一対一の戦いである以上はそんな明確な隙を見せれば切り捨てられて終わりなのが歯痒く感じる。


 何はともあれ、あの厄介なスピードを殺さなければ勝つのは厳しいと、そこまで思考してからベリルレットは自身が最強の手札を持っている事に気が付き、ほくそ笑んだ。

 ゆっくりと腰から予備の短剣を抜き放ったベリルレットを見て、怪訝に思ったエルだったが、関係なく切り捨てる、と両足に力を込めた瞬間にベリルレットは動き出した。


「なっ……!」


 次に驚愕に声を漏らしたのはエルだった、ベリルレットは抜き放った短剣を投げたがそれはエルに向かうことは無く、拘束されて身動きができないラティエへと真っ直ぐと向かっていく。

 眼前に迫ってくる刃は意識が遠退いて来ているラティエの目にもはっきりと映り、このまま自身の体を切ると確信し、反射的に目を瞑る。

 数秒程の時が経って、自身に襲い来る刃の痛みが無く、ズキズキと痛む両肩の痛みだけなのを確認しゆっくりと目を開けると、エルが自身の目の前に立ち目と鼻の先まで迫った短剣の刃を握り止め、手の平から血を流しているのが見えた。


「エルッ……!」

「……遅くなってごめん。直ぐに片付けるから……」


 血を流す彼に反射的に体を動かしながら彼の名を叫んだ時に無理に動いたことで両肩から更に激痛が走り顔を顰める。

 その様子にエルは一瞥すると、握りしめた短剣を投げ捨てて短く言い、ベリルレットを睨みつける。


「幻影による囮の小細工に始まって、今度は動けないラティエに攻撃するか。つくづく腐ってんな」

「ふ、ふふふ……殺し合いに手段なんか択んでいる必要は無いのよ」


 殺し合いに手段は必要ないというベリルレットの言葉に不本意ながら同意するところはあれど、たかがそれだけで勝てると思うのは甘いと思っていた。

 しかし、彼女の不敵な笑みには何か引っかかる処があり、そこだけが怪訝に思いながらも【失楽園】を構えようとした時に体に異変が生じた。

 腕を動かそうとしても反応が鈍い、何事かと自身の右手を見ると、痙攣しているかのように震えており、握力もいつも以上に低下しているのが分かった。


「坊やが握ったその短剣だけど、()()()()()()()のよねぇ」


 嫌らしく笑みを浮かべる彼女の声に視線を落として投げ捨てた短剣を見ると、自身の血以外に別の液体が塗られていたのを見てしくじったことを確信する。


「即効性だけど、そこまで強い神経毒じゃないからそれだけで死ぬことは無いから安心して頂戴? まぁ、そんな体でその天使のお嬢ちゃんをどれだけ守れるか見ものだけれどねぇ?」


 ――クソが……。


 嫌らしく歪んだ笑みを浮かべながら自身の周囲に【サンダー・ボルト】を何本も展開させながら言うベリルレットに心の中で悪態をつく。

 時間が経つごとに体の痺れが強くなっていくのを感じながらエルはこの状況をどう潜り抜けるか思考を巡らせる。

 しかしそんな時間を彼女が与えるはずもなく【サンダー・ボルト】は射出され、自身に襲い掛かってくるのが見え、その軌道に更に顔を顰める。

 今なら避ける事は可能ではあったが、自身が良ければラティエに確実に当たる軌道に舌打ちの音を鳴らしながら更に魔源を放出させて体の保護を強める。


「ぐっ……くぅ……っ!」

「エル……!」


 次々と放たれる【サンダー・ボルト】を身に纏う魔源で弾き飛ばしながら【失楽園】にて切り払うが、すべてが防ぎきれるわけではなく、直撃する本数が増え始め電撃によるダメージが蓄積されていき激痛と共に体の痺れが強まっていく。

 そんな様子にラティエは彼の名を叫ぶが、とても返事をしている余裕はなかった。


「エルッ! 私の事は良いから避けて……!」

「そうよぉ? その天使のお嬢ちゃんを見捨てれば私を殺せるわよぉ!?」


 確かにラティエを守る事を放棄すれば毒が回り切っていない今の体ならベリルレットを斬りに行く事は可能だった。

 だが、それはベリルレットが望んでいる事をするようである事とは別の意味で取れない。

 煽るように興奮気味な声で言うベルリレットの声にうるさいと思いながらも、今のこのどうしようもない状況をどう打破するべきかだけを考えていた。


「ほら、次はこれはどうかしら!?」

「……っ!」


 そう興奮を強くさせた声を高く上げながら言うベリルレットは数本の短刀を投擲する。

 数は全部で5本、【刹華(せっか)】で叩き落す事を考えたがそれでは直ぐ近くのラティエを斬る可能性があり真正面から叩き落とすしかなかった。

 息を飲みながらも短剣の一本一本の軌道を読み、震える左腕を動かし、一本、二本と弾き飛ばすが三本目は【失楽園】をすり抜ける様に通過し、腹に刺さる。

 刺さった物は仕方なく急所では無いと、刃が突き刺さったことによる激痛で一瞬だけ左腕が普段通りに動くようになった事で残りの2本を纏めて弾き飛ばす。

 直ぐに刺さった短剣を抜き捨て、ベリルレットへと視線を戻すと彼女の右手には紫電の光球がバチバチと音を立てて迸っていた。


「【サンダー・ブラスト】!」


 放たれたのは雷を束ねて作られた杭とも呼べるものであり、【シャイニング・ブラスト】よりは低速ではあるものの決して遅くない速度で向かってくる。

 即座に右手に魔源を集中させて魔術を発動させようとした瞬間に、体の力が抜けるような虚脱感が襲い掛かり魔源の集中が途切れてしまう。


 ――防げない……!


 そう悟った瞬間に自身に雷の杭が叩きつけられ凄まじい衝撃と電撃の熱量が体を突き抜ける。


「ガハッ……」

「エル!」


【サンダー・ブラスト】によって激しく吹き飛ばされ、即座に起き上がろうとするも体に重りを何個も付けられたかのように言う事が利かなくなっていった。

 見れば腹の出血量も増えており、別の毒が短剣に塗られていた事を理解する。


 ――まだ、動ける……!


 歯ぎしりながら無理やり体を動かし立ち上がると、目の前には既にベリルレットが立っていた。

 口元を笑みで歪めた彼女はゆったりとした動きで右手に握った鞭を振り上げた。


「あら、これだけ毒を受けても立ち上がれるなんてすごい気力ね!」

「ぐっ……!」


 まともに防御ができず顔面に打ち付けられた鞭に鋭く切り裂くような痛みが走れば、額の皮膚が切れたのか遅れて右目に流れ落ちた血で痛みと共に視界が塞がる。

 残った左目でベルリレットを睨みつければ、そのエルの顔に更に表情を歪ませた彼女は長い足でエルの顔面を蹴り付けるのだった。


「エル……」

「そんなにこの坊やが大切なのねぇ? なら目の前で嬲り殺しにしてあげるわ!」

「ぐぅっ!」

「や、やめて!」


 一度ラティエへと視線を移したベリルレットは興奮で歪ませた顔と共に更に鞭をエルへと振るった。

 嘆願にも聞こえる彼女の悲鳴が更に興奮の材料となり、最後に残った短剣をエルの腹に突き刺し内臓を抉るように刃を動かす。

 激しい熱と痛み、内臓を抉られる不快感に血を吐き出したエルは毒と出血も加味しついには両膝を床に付けた。

 しかしそれでも諦めていないのか、殺意を宿らせた左目をベリルレットへと向けると、彼女は体をブルブルと振るわせて上気させた顔を見せる。


「いいわねぇ……どれだけ深手を負っても私を殺そうとするその強い意思。どう私の下僕にならない?」

「寝言は寝て言えよ、サド女」

「残念だわぁ……」


 自身の提案を即座に吐き捨てるかのように否定するエルに言葉とは裏腹に残念そうではないかのように肩を竦めた彼女は勢いを付けた回し蹴りをエルのコメカミ付近へと叩きつけた。

 横から殴りつけられるかのようで脳が揺さぶられる感覚に一瞬意識を失いかけたが、右目の瞼を開け、血を再度眼球へと触れさせた事で激しい痛み生み出し何とか意識を保った。

 しかし、今度は体を動かそうとしても僅かに指先しか動かす事が出来ずに弱弱しく舌打ちの音を鳴らす。

 そんな彼にベリルレットは勝ちを確信し、その顔がどんな表情をしているのか見ようと屈んだ瞬間に怪訝に表情を曇らせた。


「うん……? 何かしら、この魔源の流れ」

「…………?」


 止めを刺すわけでもなく、自身の体を調べるかのようにしているベリルレットにエルも怪訝に目を細めた。

 すると彼女はおもむろに自身の上着を捲ると、背中に刻まれた模様に更に首を捻る。


「何かしらこの模様……? 【拘束制御術式(エンチャント・ギアス)】……いや、アレとは違う……けど、発光しているという事は術式の発動はしている……?」


 そうぶつぶつと独り言を呟くベリルレットにエルは当たり前だろと心の奥で馬鹿にしていた。

 セフィーリアすらも知らない自身の背中に刻まれた模様をベリルレットが分かる訳がないと思ったからだった。

 しかし、視界の端に僅かに見えるベリルレットはゆっくりと口角を持ち上げて笑った。


「この術式、何かを抑え込んでいるというのだけは分かったわ。この術式を解除して暴走した坊やがあの天使を殺す。それって最高じゃない?」

「……!!」


 もっとも最悪な事を言い出したベリルレットに驚愕によって目を見開きながら動かなくなってきた体を無理やり動かしてでも逃れようとした瞬間に後頭部が何かに押し付けられるかのように圧し掛かり動けなくなる。


「ほら、暴れるんじゃないわよ」

「離せ……!」


 後頭部を踏みつけながら言う彼女から逃れようと必死に動こうとしても毒が体を蝕んでいる以上力が出せず、そのまま成すがまま自身の背中に彼女の冷たい手が触れた。

 そして背中から伝わるのはとてつもない不快感、まるで自身とは違う何かが自身の中へと潜り込んでくるような拒絶感がこみ上げ、「気持ち悪い」そう思わずにいられなかった。


「中々頑丈な術式ねぇ……それでも、ほら……解けてきたわよ!」


 そんな声が聞こえた瞬間に自身の中でガシャンと鎖がはじけ飛ぶような、何かが砕ける様な音が聞こえた。

 一瞬時が止まったかのような虚無感が襲い掛かったが、その刹那に自身の内側から何かが外へと出ようと暴れ始めた。


「えっ?」


 そんな素っ頓狂な声を上げたのはベリルレットであった。

 背中の術式の一部を解除し、そのまま全てを解除しようとした瞬間に足蹴にしている彼の体に変化が生じる。

 体を保護するように纏っていた彼の魔源は白銀の色であった、それが瞬時に()()()()()()()()()へと変化し、触れていた自身の右手を飲み込む。


「ひっ!?」


 得体のしれないものに自身の右腕が包まれた嫌悪感に息の詰まった悲鳴を上げ反射的に右手を引き抜こうとすると、存在していた肘から先の部位が消滅したかのように消えうせ、断面から夥しい血が噴き出した。


「な、ああああああああ!?」


 突然の出来事に理解が追い付かず、焼けるような激痛と共に流れ出す血液に先ほどまでだった彼女の余裕は存在しなかった。

 あのドス黒い魔源はなんだ、それを発しているあの少年は何者だ。

 訳が分からなくなり思考がぐちゃぐちゃにかき混ぜられながら見たのは、黒い魔源を纏ったエルがもがき苦しむかのようにのたうち回っているところであった。


「あ、が……! うぐぁぁあああアアアッ!!」


 自身の内側から何かが暴れ狂い、体を蝕みながら破裂する前に吐き出そうと外へ外へと放出されては内側から更に沸き上がる感覚は一言で言えば苦痛。

 痛みとも嘔吐感とは違った拒絶感や嫌悪感と言った感情が近いものが奔流として全身に駆け巡っている。

 直ぐにでも楽になりたい、そんな思いが心の中で生まれたのか放出していた黒いそれは噴火するかのように噴き出た。


「きゃあっ!!」


 黒い魔源のような奔流はラティエの方へと飛び火するかのように襲い掛かり、彼女は短い悲鳴を上げた。

 しかしその瞬間に腕が吊るされている感覚と翼を押さえつけられている感覚がなくなったと思った刹那に自身が前のめりに倒れているのを理解した。


「うっ……!」


 何とか翼を動かし倒れる速度を緩めたのは良かったが肩の関節は未だに外れて動かせず、彼女は首だけでも動かしてエルを見る。

 しかし見えたのは、見るのも恐ろしく感じる黒い魔源を纏ったエルがゆっくりと立ち上がったところだった。


「ガ、アアアア……!」


 獣の様な呻き声を漏らしながら、柄を砕かんばかりにギリギリと握りしめながら血走った眼をベリルレットへと向けながらエルはベリルレットへと向かっていく。

 一歩、また一歩と床を踏みしめると共に魔源の波動によって床が砕かれていき、秒を追うごとにベリルレットとの距離が縮まる。


「ひっ……来るな、来るなぁ!!」


 余裕すらもかなぐり捨て、恐怖によって歪んだ表情と共に【サンダー・ボルト】をエルに向けて放つが、放たれた雷の矢はエルが纏う黒い魔源に触れると、たしかに存在したはずなのに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「ば、馬鹿な……」


 ありえない、そう自身の常識ではありえない光景にベリルレットは愕然と声を漏らした。

 そして自身の目の前に立った黒いそれは、左手で握る長剣を大きく振りかぶるのが見えて一瞬だけ脳裏に過ったのは自身の死だった。


「この世から消え失せろぉぉおおお!!」


 怒号と共に振るわれた長剣から黒い魔源が数本の太い線、獣の爪の様に伸びていき自身を覆いつくす瞬間にベリルレットはある言葉が過った。


 ――命が惜しければ即座に少女を開放し逃げろ。


 それは最後に黒騎士が自身に言った言葉でありそして悟った。

 黒騎士はこの少年の内側に隠された悍ましいものを最初から知っており、それ故にあのような警告をしたのだと。


 ――冗談じゃないわ……このガキの魔源、希少な闇属性なんて非じゃない、これは……。


 そこまで思考が纏まった瞬間に、黒い魔源はベリルレットの体を、紙を引き裂くかのように簡単に斬り落とし、その肢体をバラバラに引き裂いた。

 一瞬の間の後に破裂するかのように鮮血がほとばしり、ゴトゴトと床に硬いものが複数落ちたかのような音が響いた。


「ぐうううぅぅぅ……」


 唸り声を漏らしながら自身の内側で暴れ狂う何かを抑え込もうと、脂汗を流しながらエルは意識を集中させると、黒い魔源は徐々に体の内側へと納まっていくのが分かった。

 そしてそれが完全に収まり、安堵から息を短く吐き出すとラティエを助けようと動き始めた瞬間に口から多量の血液が吐き出され床に片膝を付く。


 ――そういえば、毒が残ってた……。


 既に動かなくなっていた体を無理やり動かした影響か、既に全身に毒が回ったのか指一本動かすのも厳しい。

 更に運の悪い事に【昇華(エンゲージ)】が終了し、ただでさえ残っていない全身の力が更に抜ける様であった。

 未だに血は止まらず、呼吸も苦しくなってきた時にパサリッと何かが鼓膜を揺さぶり、体が震えながらもその音の方へと視線を向ければラティエが翼を動かして自身の体の1.5倍程の高さまで浮き上がっていた。


「ラ、ティエ……な、にを……」

「…………っ!」


 掠れた声で問うもラティエは返事をせず、代わりに意を決した表情と共に翼を羽ばたかせるのを止め、右肩を下にするように()()()()

 その光景に驚愕し目を見開いた瞬間に彼女は落ちてきて、ゴキッと鈍い音を鳴らした。


「うッ! アアアアアッ!!」

「なに……して……」


 響く彼女の絶叫にエルは動こうとするも、体が動かず口から新たに鮮血が吐き出る。

 ズリッと何かが這う音が聞こえれば、体を震わせながらラティエは起き上がり右手の指をゆっくりと動かした。

 自由にとは言えないが動くことを確認した彼女は息を切らせ、左手の肩の関節を戻さずにぶらぶらと揺らしながらエルへと歩み寄る。

 涙で頬を濡らしながらもエルの元へとたどり着いたラティエは手の平を上にするように手を動かし詠唱を始めた。


「魔源よ……彼の者を蝕む毒を浄化する水と成れ……」


 そう唱えたラティエの手の平に魔源が集中すると、それは水へと姿を変えてエルの口へと運んでいく。

 僅かに見える彼女の目はこの水を飲めと訴えており、それに従い作り出された水を弱弱しく飲み干していく。


「……ッ!? ゴホッ! ウグッ、うぇぇ……」


 全て喉を通過した、そう思った瞬間に急激であり強烈な吐き気が襲い掛かり、それを堪えきれずに吐き出してしまう。

 息が詰まる苦しみと、共に吐き出されたそれは黒とも紫ともどちらも言えない許容しがた色をした液体だった。

 一体何なんだと思った時には、体が先ほどよりも軽く感じ、血が抜けている為にいつも通りにとは言えないが動く事が気付いた。


「記憶を失っていた時は使えなかったけど……解毒の神聖魔術(サンクチュアル)が使えてよかった……」

「ラティエ……」


 息も絶え絶えにしながらも心底安堵したように言うラティエにエルは力なく垂れた左腕をみて罪悪感に顔を顰める。

 ふとした瞬間に左頬に包み込むような温かい手の感触が伝わり、ラティエの顔へと見ると彼女は優しく微笑んだかと思ったとたんに表情を暗くさせる。


「ごめんなさい……私が捕まったばかりに、エルを危険な目に会わせてしまいました……」

「……ラティエが謝る事じゃないよ」


 やりきれない様子を見せて謝罪する彼女にエルはそれだけしか言えなかった。

 そもそもは自分達がラティエを一人にさせなければ防げていた事態だった事と彼女の身に起きた暴行の痕を見れば謝るのはこちらだと思っていた。

 しかしそればかりで沈黙している訳にもいかず、エルは未だに関節が外れたラティエの左腕を優しく手に取ると余った手で左肩を痛みが少なくなるように抑えた。


「肩、入れるね。痛いけど我慢して」

「はい……」


 腕の位置を調整しながらそう忠告すれば、彼女は短く返事をしては歯を食い縛るかのように顔を硬直させた。

 それを確認してから左腕の肘から上を肩へと押し上げるように、肩をそこから下へと押し込む様に動かすとゴキンッと鈍い音が鳴った。


「っ……!!」


 鈍い音と共に伝わる鋭い痛みに息を漏らすも、覚悟ができていたからか声を上げる事はなかった。

 しかし痛み自体は残っているのか、動く右腕で左肩を抑えている彼女の様子はとても痛ましい。

 そんな彼女に何とも言えぬ表情で自身の上着を脱いで黒いシャツを露わにしたエルはワンピースが所々破け露出が多くなった彼女の体を隠すかのように肩へと羽織らせる。

 ラティエはそれが何の意味があるのか理解していない様子で首を傾げるが、そんな彼女をお構いなしに横抱きに持ち上げた。


「あ、あの……エル?」

「……此処から出るよ。それと、この部屋から出た時に俺が良いと言うまで目を瞑って」


 長居は無用と言わんばかりにそう告げるエルに何故目を瞑る必要があるのかラティエには分からなかった。

 しかし予めそう忠告するからには何か理由があると思い、短く頷いてから彼女はゆっくりと目を閉じた。

 別に今直ぐに目を閉じろと言った訳ではないのだが、記憶を失っていた時の天然さが残っている様に思え小さく笑みが浮かんだ。

 そしてそのまま来た道を引き返し、最初に入った長い通路へと足を踏み入れた瞬間に彼女は血潮の生臭さに一瞬顔を顰めるが目を開けようとせずにいた。

 それでエルは正解だと思えば、目の前に広がる屍の山を彼女が見るものではないと思っていた。


 ――さて、こういう所はいざという時の脱出口があるんだよな。


 そんなことを思いながらもエルは時間が経った故か黒く変色し始め、端の方が乾燥してきた血の川をかき分けるかのように歩みを進めた。

 そして数分後にはこの地下に生きている者は存在せず、人であったものと赤黒色の川が生臭い臭気を発しているだけであった。

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