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白き翼に誘われ  作者: 月龍波
39/53

三十八翼:再生する翼

 外壁だけでなく、内壁すらも純白に彩られた天高くそびえ立つ塔の内部。地上階よりも上へと上がった階層の広間にて激しい戦闘音が鳴り響いていた。

 四方八方から襲い掛かる翼が生えた8体の純白の騎士鎧に対峙しているエル達は互いの背中を守りあいながら武器を振るっていた。


「オラァッ!!」


 怒号と共に振り抜いたアインハルトのこぶしが1体の騎士鎧の胸部を叩き、その異常な腕力にて胸当てを歪ませながら吹き飛ばし、壁へと叩きつける。

 叩きつけられた騎士鎧はズルリと地に落ちたと思えば、何事もなかったかのようにゆっくりと立ち上がり、再び斧槍(ハルバート)を構えた。

 それを注意深く見るアインハルトは、眉間に皺を寄せて唸った。


「妙だな……加減無しで殴ってるってのに、直ぐに起き上がりやがる」

「そうね……おまけに、鎧を貫いても血の一滴も流さないわ」


 アインハルトが口にした疑問に槍を振るい、斧槍を振り払ったリカルダが同意するように言葉を発し、互いが背中合わせをするように移動する。

 戦闘をしばらくの間に続けているが、対峙している騎士鎧達は武器を扱う技量は並みかそれ以下ではあるものの、異様に耐久性が高いのだ。

 殴り倒しても、鎧を貫いても、まるで何事もなかったかのように直ぐに起き上がっては襲い掛かってくる。

 それのせいで、リカルダは危うく急所に攻撃を受けるところであった。

 おまけに呼吸の音が聞こえず、疲労をしているのかさえも分からないという始末であった。

 仮に疲れも知らず、何かしらの影響でダメージを無効化、もしくは著しく軽減しているとなるといずれはこちらが力尽きる。

 それだけは何とか避けたいものの、敵のからくりが分からなければ対処のしようがない。


「ハァッ!!」


 他の者達がそのような思考を巡らせているときに、エルは【失楽園(パラダイス・ロスト)】で目の前の騎士鎧の剣を弾くと、即座に頭部へと突き刺した。

 すると不思議なことに、エルが突き刺した騎士鎧だけは再び動き出すようなことはなく、翼の羽を散らせ、けたたましい音を立てて鎧の数多い部位を床に散らばせている。

 天使の超再生能力を無力化させる【失楽園】だからこそ、騎士鎧を倒せるのか、それとも別の意図があるのか分からず、この場合はエルに任せて自分たちはサポートに回った方が良いのかと考え始めていた。


「むっ……!」

「どうしたのかしら、剣聖さん?」


 エルも全て自分が止めを刺す事を考えたところで、突如としてカルヴァが声を上げた。

 それに反応したセフィーリアは【ファイア・ボルト】を連射しながら問いかける。

 そして彼の方を見てみると、カルヴァの瞳が村にスクッラが襲ってきたときに見せた、瞳孔を縦細く変化させていた。


「頭部……兜の内側に、魔源(マナ)の塊が密集している。この鎧共の中に人は入っていない、ただ魔源で動いている人形だ」

「ちょっと、なんでそんなことが分かるのよ?」

「説明は後だ。とにかく頭を狙え」


 言われるがままに各々が頭部を狙って兜を吹き飛ばす、もしくは破壊するほどの攻撃を加えると、それまで何事もなかったかのように起き上がっていた騎士鎧達は糸が切れたかのように力なく崩れ去る。

 良く観察してみれば、頭部から淡い光の塊のようなものが霧散していくのが見え、カルヴァの言う通り兜の内側に魔源が密集してそれが鎧を動かしていたようであった。

 仕組みさえ分かれば彼らに怖いものなど無く、目まぐるしい速さで鎧達を無力化させていく。

 そしてついには残り2体となった瞬間に、ラティエの【シャイニング・ブラスト】が、【失楽園】を唐竹に振り下ろしたエルが仕留め、鎧が床を叩く音を響かせる。


「終わりみたいですね」

「そうだな」


 数秒ほど待ってから何もない事を確認したエルは息を吐き出して納剣すると、それに答えるかのようにカルヴァも納刀させると、縦細に変化させた瞳孔を元に戻した。

 不思議なものだと思いながら他の者達の様子を見ていると、アインハルトとセフィーリアは無事であり、リカルダは先の戦闘で軽傷を負ったようでラティエが治療をしている。

 カルヴァは今回ばかりは勝手が違うのか、瞳孔を元に戻した瞬間に彼は目と目の間を指で摘まむように抑えては軽く俯いていた。


「……剣聖さん。その目はいったい何なのかしら? 変換されていない魔源を可視できるなんてまずありえないわよ。おまけに消耗も多いみたいだけれど」


 落ち着いたところでセフィーリアが先の戦闘の時に問うた答えを聞き出そうとカルヴァに詰め寄っていた。

 説明は後と言われたからというのもそうだが、自身の未知は答えまで辿り付かなければ気が済まないという研究者の性があるのだろう。

 座った目付きをしながら小さい体でズイズイと詰め寄ってくる彼女に流石のカルヴァもたじたじとなっているのか、眉間に皺を寄せて後ずさりをしている。

 チラリとエルへと目配せをするが、エル自身も彼の目については知りたいのか肩を竦ませるだけで助けるつもりはないようであった。


「……この目は【竜眼】だ」


 観念したように溜息と共にポツと呟いた言葉は、それを耳に入れたセフィーリアの目は大きく見開いた。


「ちょっと待って……【竜眼】? 嘘でしょう?」

「うん? よく分からないですけど、それって相当ヤバイものなんですか?」

「ヤバイもなにも……【竜種】の眼は魔源を可視化する能力があるのよ。けど、それは元々膨大な魔源を体内に保有する【竜種】だからこそ使える代物で、人間が使えるような代物じゃないし、使えたとしても一瞬よ」


 絶句している彼女に首を傾げたエルが問うが、彼女は頭痛でもするのか額を手で覆いながらカルヴァの使った【竜眼】について説明をする。

 魔源を可視化する能力に、とんでもなく消耗が激しいものだという事が分かった時点で相当なものだと理解はできた。

 しかしながら、人間には扱えない代物だというのならば彼はいったい何なのであろうか。

 姿形は只人そのものであり、肌が見える範囲では鱗などが生えているような様子はなく、それに思考そのものは人の範囲のものであり、【竜種】であるのかどうかは分からない。


「疑うって訳じゃないけれど、剣聖さんは【竜種】なのかしら? それとも人間?」

「その問いに関しては、どちらでもある。とだけ言おう」


 落ち着きを取り戻したのか、深く息を吐いたセフィーリアは再度カルヴァに問いを投げ開ける。

 だがその目は疑心に満ちたものではなく、ただ純粋に知る為である。

 それを感じ取ったのか、彼は若干ながら濁した表現ではあるが、殆ど答えに等しい返答をして彼女は取り敢えずそれで納得したように頷いた。


「話は終わったかしら? 終わったのならそろそろ先へ行きましょう?」


 二人のやり取りがちょうど終わったところで、リカルダが治療を終えたのか横から先を進む事を促していた。

 確かにいつまでも此処に留まる理由もある訳でもないので、移動すること自体には反対はない。


「リカルダさん。傷はもう良いんですか?」

「えぇ、ありがとう。ラティエちゃんの神聖魔術は凄いわね。軽傷だったのもあるけどこんな短時間で完治したのだから」

「えへへ……」


 念には念を置いてなのか、エルが傷の具合を確認すると、リカルダは微笑んで答え、ラティエの神聖魔術(サンクチュアル)の事を褒めていた。

 実際に自身も何度も治療をしてもらっているからか、彼女の神聖魔術の効力は分かっており、見ただけでも既に完治しているのが分かる。

 何かとリカルダの事を警戒していたラティエではあるが、褒められた事には嬉しいのか頬を僅かに赤くさせて笑みを浮かべている。

 それに微笑を浮かべながら、全員の準備が完了しているのを確認してから、再び上へと目指し始めた。


 ※


「まっ、たく……何階あるの、よ……この、塔はっ!!」


 あれから何度も階段を上っては同じように広いホールに出たと思えば、更に階段を上がってと繰り返し、数えている限りで10階ほどまで登り、実際はそれ以上の階層であろうというところで、ついにセフィーリアが根を上げた。

 彼女は両肩を大きく上下して息を切らせ、見るからに体力が底を付いているのが分かる。

 しかし、それを咎める者は誰も居ない。

 というのも、全員が言葉に出さなくとも同じ事を思っているのであり、さらに言えば先ほどの騎士鎧の群れが何度か襲ってきていたのだ。

 連続の戦闘に何回も階段を上がる作業にセフィーリア程ではないにしても、息を切らせている者が殆どだ。


「おい、エルフ。もう歩くのが無理なら持ち運んでやってもいいぞ?」

「えぇ……最悪はお願いしましょう……かしら……」


 見ていられなくなったのか、この中でまだ体力に余裕があるアインハルトがそのようにセフィーリアに問いかけると、彼女も人間嫌いであるのを理由に断るのはナンセンスだと思っているのか比較的素直に頷いていた。

 それを横目で見ながら、エルは革袋に入った水で喉を潤して深い溜息をついた。


「しかし、本当に何階あるんだか……そろそろ天辺に近いんじゃないか?」

「……たぶん、あと2階くらい上れば頂上の近く……かも」

「そうか……」


 顔全体に付着した汗を拭い去りながらぼやくように呟いたエルにラティエが反応し、再度光を宿さぬ瞳で言う。

 これで三度目である為かいい加減に慣れて深く安否を確認することは無いが、こうも頻繁に様子が変われば最初に抱いていた心配が強くなっていく。

 だが、それも直ぐにハッとしたように我に返った彼女の姿を見てとりあえずはまだ問題はなさそうだと判断はできる。

 しかし、今は大した影響は出てないが、翼の再生を終えていない状態でこのような状態が続けばどのような影響がでるのか分からない。


「……行こう。もう頂上が近いなら、さっさと駆け上がろう」

「それもそうだな。エルフ、肩に乗れ。運んでやるから体力を温存しろ」

「なら、ありがたく乗せてもらうわ」


 目付きを鋭くさせたエルが皆に発破をかけるように言葉を発すると、肩を竦めながらアインハルトが同意しながらセフィーリアに肩に乗るように促した。

 それに対しては素直に聞き入れて彼の肩にひらりと飛ぶように乗っては完全に寛いでいる姿勢になっており先程まで死にそうな顔をしていたのはどこに行ったのかと思うほどだ。

 ぐるりと周囲を見渡してみれば他の者も息を整え終わり、いつでも奥へと進む準備ができているようであった。

 それを確認してエルが一歩前に進みだしたところで、奥の方から先ほどから聞き飽きている鎧が擦れ合う音が聞こえる。

 その音が聞こえ始めた瞬間に飛び出すかのように地を蹴り、抜き放った【失楽園】を鎧共の一体の頭部に突き立てた。


「邪魔をするな。退け!」


 内に燻る苛立ちを隠そうともせずに語気を荒げ、引き抜いた刃を更に近くの鎧に突き立て、確実に一体ずつ倒しながら雪崩れ込むように奥へと進んでいく。

 頂上が直ぐそこだというのならばこんな所で止まっている暇など無ければ足止めを受けている暇など無い。

 再度剣を振り下ろしながら、エルはまた一歩前へと踏みしめた。


 ※


「あと、一階上れば天辺……か?」


 頭上を見上げながら息を切らせてエルはそう呟き、呼吸を整える為か深呼吸を繰り返した。

 上のほうは吹き抜けとなっているのか、天井と思わしきものと、そこへと通じる石階段、そして外からの風がこちらへと吹き付けられている。

 ともなれば更にあと一階上ればラティエの翼を再生させることが可能な場へとたどり着くだろう。

 そう思い、何とか呼吸を落ち着かせて一歩踏み出そうとした瞬間に、頭上の方からバサッ……バサッ……と何かがはためく様な音が聞こえた。


「全員、備えてください」


 エルが発した声は荒げた訳ではないが、鋭く強い声だった。

 しかし、全員がエルの声を聴いた瞬間に目付きを変えて各々が自身の武器や構えを取る。

 アインハルトの肩に乗っていたセフィーリアも降りて地に足を付けては何が来ても対処できるように身構える。

 雑嚢(ざつのう)から補給用の魔源を三本取り出し、自分に押し当てるのと同時に最も魔源を消費しているアインハルトとカルヴァに渡せば二人も即座に補給をして準備を整えた。

 全員の準備が終わるや否や、聞こえてきた音は秒を追うごと近づき、大きくなってくる。

 そしてそれは、外へと通じている空間より内部へと滑り込んではエル達の目の前に立ち塞がった。


「グルルルアアアァァ!!」


 咆哮をあげたそれは、純白の毛並みを持ち、ウルフの顔立ちであるが体はウルフとクァール等猫の魔物を足して二で割ったような体躯だ。

 何よりもその体躯は良く見ているウルフなどとは比べるのがバカバカしいほどに巨大だ。

 四足立ちではあるが、その状態で頭頂部はアインハルトの身長を軽く超えている。

 そして背には天使のものとよく似た翼が生えており、それで飛行しているというのが分かる。


「【天界(ヴァルハリア)】のペットか? にしては随分と躾がなってなさそうだ。【天界】の姫君としてどう思うラティエ?」

「記憶がない私にそれを聞く?」


 嫌な汗がコメカミから流れるのを感じながら【失楽園】を抜き放ち、軽口を叩きながらラティエの方へと問うが彼女は呆れたかのような表情で返した。

 しかし、そんな事をしている暇などあるはずもなく白い獣は飛び掛かり、巨体に似合わぬ俊敏さでエル達の元へとたどり着くとその爪を振り下ろした。

 全員が散開してその爪から逃れるが、振り下ろされた爪は床を叩き壊し、周囲に瓦礫を飛ばす。

 体の大きさに見合った破壊力だと思う傍らで、カルヴァは滑り込むように白い獣の足元へとたどり着けば即座に【天斬(あまぎり)】を振るい、無数の斬撃を生み出して毛皮と肉体を削り取っていく。

 刈り取られるかのように舞う白い毛並みが血潮と共に飛ぶが、次に目をしたものでカルヴァは目を見開いた。

 それなりに深く斬ったはずの肉体が瞬く間に、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「せええぇぇいッ!!」


 そのような中で壁を蹴って三角飛びの要領で白い獣の上を取ったリカルダが咆哮を上げ、自らの獲物である槍の穂先に炎を宿らせて急降下してくる。

 無防備な白い獣の背中に突き出した槍は落下によるスピードを伴い、刃の侵入を拒む分厚い毛皮も付与された炎で焼き払われ、三又の刃が湿り気を伴う音と共に食い込んでいく。

 確かにダメージを与えた、そう確信した直後に突き刺した槍から違和感を感じ取った。

 更に奥へと刃を入れようと腕に力を込めても進む気配がない、何かに刃の侵入を阻害されている……そんな考えが過った瞬間に傷口が見る内に癒えていくのを目撃する。


 マズイと思った時には直ぐに体が動き、瞬時に槍を引き抜いたことで槍が抜けなくなること阻止したが、白い獣はリカルダを振り落とそうと暴れ始める。

 背中に乗っている都合上、大きく揺さぶられる形となりバランスを崩しかけたところを蹴って離脱して床に叩きつけられる事は阻止できた。

 しかし無茶な態勢で離脱したからなのか、着地の際にバランスを崩して足が滑り転倒したところを転がって衝撃を逃す。

 しかしそれは明確な隙となり、目の前にはぎらつく双眸を向ける白い獣が人間を振り払うには太い前足を彼女に薙ぎ払った。


「ぐ、うぅぅっ!」


 とっさに槍を目の前に突き出したことで鋭利な爪が直撃することはなかったが、両腕が軋むような鈍い痛みと突き抜けるかのような衝撃にリカルダは大きく吹き飛ばされる形となった。

 ラティエがそれを見て直ぐに助け起こそうとしている傍らで一度全員集合して、守りを固めようとしたところでアインハルトが口を開いた。


「おいおい、横で見てたが……なんだあのバカみてぇな再生力は?」

「この塔を護る守護獣なだけあって他の魔物と違って能力が頭抜けているみたいね。特にあの再生能力は天使みたいだわ」


 表情こそは余裕を見せるも口調は最早呆れを通り越した何かとなっている。

 熾烈な戦いを望む彼ではあるが、傷は直ぐに癒え、スタミナも人とはかけ離れているこの獣はもたもたしていればこちらが力尽きる方が早いだろう。

 同意するかのようにセフィーリアがぼやくと、その言葉に含まれていた“天使”という単語に全員の視線がエルへと集中する。

 天使の再生能力を無視できると言われているエルの剣である【失楽園】ならば、あの白い獣の再生力すらも突破できるかもしれないと考えたのだ。


「――まぁ、やってみる価値はあるかもしれませんね」


 視線が自身に集中したことで皆の考えていることを察したのか、ため息ひとつ吐き出したエルは【失楽園】を握り直して目付きを鋭くさせた。

 こうやって話をしている間にも白い獣は腹の奥に響くような重厚な足音を鳴らし、魔源を集中させているのか翼が輝き始めている。


「ラティエ、リカルダさんは大丈夫そうか?」

「そこまで深い傷はないからもう大丈夫だと思う」

「えぇ、いつでも行けるわ」


 白い獣へ視線を外さずに背後のラティエに負傷したリカルダの様子を問うが、問題ないという二人の言葉を聞き、それならば行けるだろうと判断した。

 そう思案した直後に白い獣が動き出し、牙を向き出しにしたと思えばその眼前に魔源が急速に集中していく。


砲撃魔術(ブラスト)が来るわよ!」

「ラティエ、防いでくれ。それと他の皆は攪乱(かくらん)を、斬りこみます」


 セフィーリアが声を荒げて警告するのを聞きながら、淡々とエルは指示を飛ばしていつでも飛び出せるように身体強化を施した。

 それに最も早く頷いたラティエは前へと躍り出て両手を前へと突き出すようにして詠唱を始める。

 それと同時に魔源の集中が終わったのか、白い獣より白光の杭とも言える魔源の奔流【シャイニング・ブラスト】が放たれた。


「光よ、我らに降り注ぐ厄を受け止める壁となれ……【シャイニング・ウォール】!!」


 光の杭がこちらに着弾するよりも前に目の前に不可視の壁が出現し、自身達から杭の進行を阻むように押し留まらせる。

 その際にセフィーリアとラティエを除いた四人は脇から飛び出して、回り込むように白い獣へと向かっていく。

 それを端で捉えたのか、白い獣は即座に砲撃を中止して、一番近くのアインハルトへ爪を振り下ろした。


「たくっ、デケェんだから視野くらい狭くいやがれってんだ!」


 悪態をつくように怒鳴ったアインハルトが振り下ろされた爪に向かってこぶしを叩きつけると、威力で勝ったのかその爪は弾き飛ばされるかのように跳ねて白い獣の態勢が僅かに崩れる。

 その隙を突くようにカルヴァが獣の眼前へと迫るように飛び、【刹華(せっか)】にて顔面に無数の剣閃を叩き込んでいく。

 剣撃自体の威力は低いのか、毛皮に阻まれるかそれを切り飛ばしては叩きつけるような攻撃になっているが、それでも何度も叩きつけられるかのような衝撃に白い獣は煩わしそうに唸り声を上げた。

 それをダメ押しするかのように、リカルダが再度槍に炎を付与させ、鋭い連突を獣の足へと繰り出してその場から拘束させていく。

 そうして足止めをしている中で後ろへと回り込んだエルがその太い足を捉え、健を切るように両手で握った【失楽園】の刃を振るった。


 ――硬っいな……!


 分厚い毛皮に刃が阻まれ、強い抵抗を感じながらも両腕の強化を更に上げて無理やり腕力を底上げすると、力任せになりながらも剣身を肉に刺し込み刃を滑らせ引き裂いていく。

 完全に切り抜けた際に白い獣から叫ぶような悲痛な鳴き声が生じ、それを耳にしながら自身の切り裂いた箇所を見れば、それは傷が癒えていく様子がなく赤黒い血がドクドクと流れ落ちて純白の毛を汚していく。


「どうやら【失楽園】は効くようですよ」


 他の者と合流しながらそう呟いたエルの声に全員は勝機を見出したのか目を鋭くさせる。

 自身達が援護に徹して、エルが白い獣の首を落とせば終わりだと。

 しかしそれを察したのか、あるいはそうでないのか定かではないが白い獣は背の翼をはためかせて上空へと飛び上がった。

 逃げるのかと思えばどうもそうではないようであり、十分な高度を取ったのか白い獣は身を反転させて翼を輝かせた。

 その直後に獣の周りにいくつもの光で作られた矢が出現し、それはエル達へと向いている。


「ッ! 【シャイニング・ウォール】!!」


 即座に危険を察したラティエが頭上へと壁を出現させた瞬間に光の矢は雨となって降り注ぎエル達が居るフロア全体を埋め尽くし、尚も連射を止めない。

 無数とも言える光の矢を受け止め、ラティエから苦しむかのような呻き声が漏れ、【シャイニング・ウォール】にもヒビが入っていく。


「いい加減にしてちょうだい! 我、巻き起こすは風神の吐息……【テンペスト】!!」


 なおも降り注ぐ光の矢を鬱陶しそうに見やったセフィーリアは舌打ちの音を鳴らすと、詠唱を終えて風の上級魔術を発動させ、人どころか大型の魔物すらも飲み込む程の暴風を発生させる。

 その暴風は降り注ごうとした光の矢を弾き飛ばしては白い獣へと迫り、到達したときには真空の刃が獣の肉体を削っていく。


「アインハルトさん! 俺をアレのところに運んでください!」

「おうよ、叩き落としてこい!」


【テンペスト】で足止めしている間にエルはアインハルトへと向かって走り出し、その意図を察した彼は両手を組んで待ち受けた。

 その組まれた両手にエルが飛び乗るように左足を付けると、自身も力を込めるかのように膝を曲げる。

 両腕に異常な強化を施したアインハルトはそのまま弾き飛ばすかのように全力で振り上げると同時にエルも蹴り出し、一直線に上空の白い獣へと迫っていく。

 白い獣が【テンペスト】から力任せに逃れた時には眼前にエルの姿が存在し、それに焦りを感じたのか両前足を振るうが、【失楽園】を振るい軌道を逸らしたエルは、肩辺りに何かが掠ったような違和感を得ながらも獣の体を蹴って器用に背中に張り付く。


「堕ちろ」


 その一言は氷のように冷ややかで鋭く、両手で握った【失楽園】を振るうと同時に両腕に魔源を集中させて強化を施して白い獣の片翼を根元から斬り落とした。

 獣が悲鳴を上げる前に返す刃で同じように残った翼を根元から斬り落とすと、ダメ押しと言わんばかりに背を蹴って床へと叩き落す。

 それを追って獣の首元に狙いを定めたエルは頭上に【失楽園】を構え、最大限まで肉体強化を施すと同時に振り下ろした。


「【天凱(てんがい)】……!」


 ――ザクッと鋭く肉を断つ音が聞こえるも、エルは顔を顰めて舌打ちを鳴らしそうになる。

 刃が白い獣の首の半ばまで達してはいるものの、そこで止まっている。

 これでは完全に首を落とすことができず、獣のタフさを考えれば数分は動けるだろう。

 そう刹那に思考した瞬間に、跳躍して追ってきたのかカルヴァがエルの目の前にやってきた。


「刃が通らないのは腕力不足か? それともその肩の傷が原因か?」


【天斬】を上段に構えたカルヴァが指摘に自身の肩を今一度見やれば、確かに血を流している。

 おそらく接近した際に【失楽園】で逸らしたと思われた爪を逸らしきれずに掠めたのだろうか、思うように力が入っていなかったのだろう。


「ふんっ……直ぐにこんな傷程度で影響されないくらいになりますよ」

「その意気だ」


 生意気にも聞こえるエルの言葉にカルヴァは薄く笑みを浮かべ、直後に【竜眼】を発動させ瞳に変化をもたらすと、上段に構えた大太刀を真っ直ぐに振り下ろした。

 漆黒の刃が向かう先は銀色の刀身であり、刃がそれを捉えた瞬間に金属がぶつかり合う甲高い音が塔内に響き渡り更に力が加わったことで白い獣の首は完全に落とされた。

 驚愕に目を見開く獣の頭部を見送りながら、そのまま滑るように落ちていくエルとカルヴァは先に床へと着地し、互いに刀身に付いた血を振り落とした。


「ッ……! エル! 危ない!!」


 終わったと思った直後にラティエの声が鼓膜を揺さぶり頭上を見上げると、視界に捉えたのは血走った目を向ける獣の頭部。

 その宙を舞っている頭には一つだけ存在する光源のような光の矢、その穂先がエルへと向いている。

 急いでそこから離脱しようも着地の影響で足がまだ動かず、逃げるには間に合わない。

 そして最悪なことに狙いは自身の頭、直撃すれば即死は免れない。

 一か八か【刹華】で叩き落すことに賭けた時、自身の体は突如なにか別の力でその場から押し出された。

 驚愕に目を見開きながらもそれを視線で追うと、純白の少女が自身に覆いかぶさるようにして突き飛ばす姿。

 そしてそれを理解した瞬間に最後の足掻きとして放たれた光の矢が彼女の背に直撃した。


「お、おい……ラティエ……?」


 周りの景色が凍り付くような感覚を味わい彼女の名を呼ぶが、少女の瞳は閉じられたままでであり、体中の血の気が引いていくような寒気を覚える。

 最悪な状況が頭に過り、堪えきれずに叫びそうになった瞬間。


「はっ……うぅ、痛い……」


 急に息を吹き返したかのように頭をガバッと上げたラティエは背中から伝わる鈍痛に目に涙を溜めて手で摩っていた。

 急に起き上がった事で不意を突かれた事と、無事であった事に思考が追い付かず間抜けにも開いた口がふさがらなかった。


「……ラティエちゃんが付けているそのショートマント。遠距離の攻撃を保有する魔源の量だけ防ぐ魔術防具だったのね」

「え、そうだったんですか……?」

「あのワンちゃんが最後に放った【シャイニング・ボルト】がラティエちゃんの背中に直撃した瞬間にそのマントから魔源が発したのを感じたわ。最もそれまで全く分からなかったけど」


 自分には良く分からない話ではあるが。セフィーリアがそういうのであればおそらく事実なのだろう。

 ふと、脳裏にエアがラティエにマントを付けている光景を思い出し、役目を終えたかのように消失していくショートマントを目にし、心からエアに感謝をしたのだった。


 ※


 白い獣を退けて更に上の階へと上がったエル達の眼前に広がったのは、そのフロア一帯を埋め尽くすが如くの大規模な魔法陣だった。

 そしてこのフロアには上へ上がるための階段が存在せず、最上階であることを示しているのと同時に窓にあたるものが存在せず外の強風が吹き曝しのようになっている。

 しかし外気の空気を取り込んでいるにも関わらずにもこのフロアの空気は下の階よりも何倍にも澄んでおり、言葉では表現できない違和感を抱いていた。


「それでよ……どうやって嬢ちゃんの翼を再生させんだ? この魔法陣を使うみてぇだが、悪いが全く分からねぇぞ」


 アインハルトの口にした事は実のところは全員が当てはまることであった。

 翼を再生させるための場であるという事は耳にしているが、実際の方法は知りもしない。

 魔術に詳しいセフィーリアでも【天界】の魔術に関しては専門外だろう。

 全員が何とも言えぬ空気を発し始めたところで、ただ一人だけ魔法陣の中心へと向かう者が居る。


「……大丈夫。何となく、分かる」


 そう呟いたのはラエィエであり、彼女はまたも目が虚ろとなり虚空へと視線を向けていた。

 失われた記憶がそうさせているのか定かではないが、どうやら彼女に任せるしかないようだ。

 ふと視線を感じて辿れば、ラティエはエルの事をじっと見つめており、何を欲しているのかを察したエルは雑嚢より【純魔結晶(ファルブロススフィア)】を取り出してラティエに手渡した。


「……ありがとう。危ないから、離れていて……」


 受け取ったラティエは、一度【純魔結晶】を一瞥すると感情を見せぬ表情でエルに警告し魔法陣の中心へと進んでいく。

 僅かに不安を感じながらも大人しく従い、後ろへと下がり見守るようにすると、彼女は動き始めた。


「――■■■■■■」


 彼女から発せられた言葉は全く聞き覚えの無い言語であった。

 いったい、その言葉が何の意味を成すものなのか、そう考えていた直後にラティエは【純魔結晶】を体内に潜り込ませるかのように胸へと押し当てる。

 瞬間に膨大な魔源の奔流が彼女を中心として吹き乱れ、外から吹きつけられる強風をはねのけるかのような衝撃がその場にいた者達に襲い掛かる。


「……凄まじい魔源の奔流ね」


 両腕で顔を庇いながらそう呟くセフィーリアの言葉に同意せざるを得なかった。

 体を傷つけるほどの殺傷性はないものの、押しのけるかのような強い衝撃は至近距離で受けていれば跳ね飛ばされていただろう。

 そしてそれを静かに見守っていると、徐々にラティエの体が浮かび上がり吹き乱れる魔源の奔流が彼女に向けて収束していく。

 ラティエの体が人の体三人分と少し程まで浮かび上がり、魔源が完全に彼女の小さな体へと収束しきった瞬間に突如としてフロア全体を覆い潰す程の閃光が放たれ、目を開けていられなくなる。


 とっさに目を閉じて閃光から目を守って数舜後、頬に何か柔らかいものが撫でるような感触を覚える。

 恐る恐る目を開けてみれば、頬を撫でた柔らかいものはカラスの羽程の大きさの純白の羽であった。

 ふと上を見上げれば、ラティエの背には羽と同じく純白であり、彼女の背丈ほどありそうな大きな両翼が背に生えていた。

 その姿はとても幻想的であり、目を奪われるほどに美しかった。

 そんなエルを他所に、ゆっくりと力尽きるかのように体を傾けていくラティエはゆっくりとその身を地へと落とさせ、僅かに開いていた光を映さぬ瞳は、エルを見つめ続けていた。

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