二十翼:誓いを新たに
ヘルクルスでの一件を終えさせたエル達はアルクトゥルス地方に存在するブーティスへと向かう為に明朝には出発して歩いていた。
方角でいうとヘルクルスから北西に向かったところに存在するのだが、距離がかなり離れている。
普通に徒歩で向かえば七日以上は掛かる事から一先ずは通り道に存在するオフィウクスという町へと向かう事となっている。
その町へと着けばブーティスまで行けずとも、アルクトゥルス地方へ続く関所へと行ける馬車があるらしい。
それを使えば一日で関所に迎えるのであれば使わない手は無く、オフィウクスへと向かっている途中であった。
「しかし、良いんですかね? 貴重な補充用の魔原を頂いて」
「原因解決の報酬として受け取ったのだから良いのよ」
「とはいってもなぁ……」
淡い光で満たされた小ビンを手の中で転がしながらエルは神妙な顔で呟くと、セフィーリアは鼻で笑いながら一蹴する。
しかしエルの眉間に刻まれる皺の数は更に増えるだけであった。
その理由は、自身の雑嚢に詰め込まれた小ビンの存在であり、その数は手で転がしている物も含めて十本ある。
この人数の倍以上の本数を貰うのは流石にどうなのだろうか、とエルは逆に申し訳なく感じているのだ。
「にしたって、多くないですか? この人数の倍以上ですし、一応貴重品なんですよね?」
「確かに貴重品だけど、ヘルクルスの魔原生産量ならそれくらいどうってことないわよ。深く考えないでもらっておきなさい」
「……まぁ、有って困る物じゃないですから大丈夫なら良いんですけどね。今更返せないし……」
言いくるめられた様に感じるが問題ないのであるのなら有れば助かる代物であるため、それ以上は疑問を持たないようにすることを決めたのだった。
とはいえど、その表情は変わらず怪訝なままであり、それを見たセフィーリアはクスリと笑みを浮かべた。
「仮に使い道が無くなったとすれば、売れば金になるのではないのか?」
「いや、売るのはマズイでしょう……」
「……まぁ、ヘルクルスの補給用魔原は質が良いから売れば1万Gくらい行くんじゃないかしら?」
「高いな……いや、売りませんけど」
カルヴァの言葉にげんなりとしながら答えるが、横槍を入れるように言うセフィーリアが示した金額に危うく目を見開きそうになった。
とはいえど、やはり彼自身にはそれを売るつもりは無く、変な気を起こさぬ様に手に転がしている小ビンを雑嚢にいれるのだった。
ふと、ヘルクルスにて療養していた時に浮かんだ疑問が今になって浮かんできた。
それはずっと寝ている状態を余儀なくされていた時に自身に運んできた料理についてだった。
料理といえど、粥であるのだがそれが異様に美味しかったのだ。
しかし、この一党の料理は自分が担当している事もあって誰が作ったのか分からない。
「……話が変わりますけど、俺が寝込んでいる時に粥を持ってきてくれたの誰ですか? 宿では粥は出ないはずでしたけど」
「ラティエちゃんよ、この子エル君が動けなくなってから自分が看病するって張り切っていたし」
「あれ、ラティエが作ってくれたのか……」
セフィーリアから出された答えにエルは少しばかり目を見開いた。
簡単な料理ぐらいならできるであろうとは思っていたが、味の付け方が上手だったのは予想外だった。
おそらくは自分よりも上である事が想像が容易く、二重の意味で意外であった。
「すごくおいしかったけど、どんな味付けをしたんだい?」
「うん? 特別な事は何もしてないよ?」
問いに彼女は微笑みながらそう返して、エルは察した。
経験に基づくものではなく、感覚的に行っているものである為に深い意味は無いのだ。
そればかりは聞いたところでどうにでもなるものではなかった。
――コツがあれば聞きたかったが、残念だ。
心の中でそんな事を思っていると、話を聞いていたカルヴァは顎に手を当てて何かを考えていた。
どうやらその様子からラティエの作る料理に興味を示したようであった。
「ふむ……エルが絶賛しているのなら今日の昼食はラティエが作るか?」
「え、構いませんけど……簡単なものしか作れないですよ?」
「別にかまわん。二人はどうだ?」
「私は構わないわよ?」
「俺も拒否する理由がないので、大丈夫です」
カルヴァの言葉に小首を傾げながら問うラティエだが、三人とも興味があるのか否定はしなかった。
それぞれの視線を受けてラティエは少し考えるような素振りを見せて、やがてゆっくりと頷いた。
「えっと、じゃあお昼は私が作るね?」
「うん、頼むよ」
「それに、そろそろお昼時だから丁度いいかもしれないわね」
その言葉に釣られ空を見上げれば、太陽が高く昇っていたのだった。
改めて昼時だと知ると、急に空腹感が襲ってきた。
明朝に出発し、朝食も軽いもので済ませた事を考えれば空腹を感じてもおかしくない時間帯だ。
ならばとさっそく食事にするべく、四人は丁度良さそうな場所を探しだして昼食を伴った休憩をする事に決めた。
「それじゃ、作るから少しだけ待っていてね」
「うん、お願い」
準備を済ませて、ラティエはそう告げると、三人が座っている所より少し離れた場所へと移動して調理を始める。
離れている理由は火を使う事と何故か作っているところを見られたくないからと言うものだった。
完全に手持ち沙汰となったことでやる事が無いためか、エルは自身の雑嚢からセフィーリアの論文を取り出して読み終えていない所を開いた。
「あら……? それ私の論文じゃない?」
「えぇ、そうですよ。村から出るときに持ってきたんです」
本の表紙に書かれた文字に目敏く気づいたセフィーリアはそれを問うが、エルから返ってきた答えはなんの変哲もない答えだった。
「ふぅん……? それ少し見せて貰ってもいいかしら?」
「うん? どうぞ」
しかし、彼女はなにか気になるのか本を見せる様に言い出す。
何を気になっているのか分からないが、断る理由もないので本をセフィーリアへと渡すと、彼女は表紙を少しだけ眺めると端のページから末端までパラパラと捲っていく。
ものの数秒で最後のページをめくった彼女は首を傾げて後にエルに本を返した。
「……一つ聞きたいのだけれど、この本はどうやって手に入れたの?」
「え? 村に居た頃でたまに来る行商人のエアっていう奴から貰いました」
「ふぅん……随分と余裕のある行商人みたいね。それかよっぽどエル君を気に入っていたのかしら?」
彼女の問いに答えれば意味深いような感想が出てきて、エルはうすら寒く感じる。
しかし、彼女の書いた論文は既に本として何冊も世界に出回っているので一般家庭レベルで買えなくないはずである。
そのため、彼女が意味深そうな事を言う理由に思い当たる物が全くないのだ。
しかし、次のセフィーリアの言葉にエルは目を見開くことになった。
「私が100年前に書いた論文は確かに本という形で世界中に出回っているけど、エル君の持っているそれは90年前にほんの数冊だけ初めて本として写し取ったプロトタイプのものよ」
「……は?」
「論文その物はナスルの王城にある宝物庫で厳重に管理されているけど、そのプロトタイプの本は世界中でもベテルギウスの皇族か他国の王家、公爵家が所持しているかどうかのものよ」
「え……? 原本ってことですか、これ?」
「そうよ? 中身を見たら論文の内容をそのまま写しているもの。それ以降のものは何処かしら改変されているから間違いないわよ。どれくらいになるか分からないけど、保存の仕方が良かったのか、状態は良いから売ればナスル貴族の伯爵クラスが住んでいるような屋敷を土地ごと買えるんじゃないかしら?」
暴露された事実に酷い眩暈が襲ってきた。
雑に言われた値段もさることながら、本物の宝に近いものを今まで持っていた事実にどんな反応をすればいいのかが全く分からない。
それよりもそんな貴重品どころではない物を自身に譲ったエアの精神が計り知れない。
「ならば、仮に本を売れば【純魔結晶】を買える金額は手に入るのじゃないか?」
「たぶん、それぐらい行くんじゃないかしら? 最も詳しくないから細かい事は分からないけれど」
自分を置いてけぼりにして、二人の師が勝手にそんな事を言っているのを聞き滅入っていくのが面白い程分かる。
カルヴァが言うのは良いとしても、自身の論文に絡むものをセフィーリア自身が言うのはどうかと思っていた。
「仮にですけど、売るといってリアさんは怒るんじゃないですか?」
「なんで? 別にそれはエル君の物なんだから売るも燃やすもエル君の勝手じゃない。もし【純魔結晶】が売っていたら、その本を売って手に入れるのが良いと思うけど」
「えー……」
吐き捨てる様に言う彼女の言葉にもはや絶句するしかなかった。
どうも彼女自身はエルの持っている本自体には何の感情を抱いていない様であった。
とはいえど、だからと言ってはいそうですかと売る方向には持っていけなかった。
最後の最後の手段として頭の隅に置いておくだけに考える方向でしか持って行けず、というよりも自分の感情的に納得が出来なかった。
「……ところで、エル。一つ聞きたい」
「ん? どうしたんですか、カルヴァさん?」
「今更だが……ラティエが昼食を作っているが、彼女は料理をできるのか?」
「……村に居た頃に簡単なことは教えた事が有りますけど、ラティエが作っている所を見た事は無いですね」
カルヴァの問いに答えたエルのその一言で、セフィーリアと彼の空気が一瞬で変わった。
二人共表情に大きな変化こそは出さなかったが、静かに冷や汗を一筋流したのだ。
話の流れでつい任せたのだが、今更になって不安が押し寄せてきたのだった。
「……おい、本当に大丈夫なのか?」
「ヘルクルスでは俺に粥を作っていたじゃないですか?」
「それはそうだけど、お粥と普通の食事レベルのものじゃ違いがあり過ぎない?」
料理を作っている最中であるラティエの背を見ながら珍しく焦った様子でエルに問うが、彼は何をそんなに心配しているのか分からないと言った表情であった。
それに対してセフィーリアはそうじゃないと言わんばかりに突っ込むが、エルはただ首を傾げるだけであった。
いったいどれほど信頼感が強ければそんなに大丈夫そうにしているのか知りたいと二人の師は心の中でボヤいた。
「皆、どうしたの?」
「む……いや、何でもない」
「え、えぇ……何を作るのかを話し合っていただけよ?」
「そうなの?」
いつの間にか三人の元に来ていたラティエにうすら寒いものを感じたカルヴァとセフィーリアは傍から見れば分かりやすい言い訳を取り繕っていた。
その様子に呆れるような表情を見せたエルだが、幸いにも当の本人であるラティエは特に考えていないのか誤魔化す事には成功した様だった。
「それで、何を作ったんだい?」
「うん、オムライスを作ってみたよ」
エルの問いに頷きながらラティエが見せたのは、彼女の言うとおりのオムライスであった。
楕円状の綺麗な形であり、焦げ跡も一切見当たらず卵の上に乗るケチャップであろう赤い液体も適量であった。
見た目だけを見るのなら完璧なものであり、先程から心配していた二人も拍子抜けしたように目を丸くさせる。
「……大丈夫、そうだな」
「えぇ……見た感じ、完璧ね」
「?」
手渡されたオムライスをまじまじと見ながら呟くカルヴァにそれに同意するセフィーリアの言葉に最初から聞いていた訳では無いからか理解していないようにラティエは小首を傾げる。
それを横目に見ながらエルは自身に渡された物の卵の表面に赤い液体を広げていた。
「……とりあえず、頂くとするか」
「そうね、冷めないうちに頂きましょう」
しかし、それでも不安は全て拭えないのか、大人二人は恐る恐るといった様子で赤い液体が付着していない個所をスプーンですくい、口に含んだ。
「どうですか?」
「……悪くない」
「えぇ……美味しいわ」
ラティエは感想を求める様に二人に問うが、返ってきたのは問題の無いという評価だった。
それに安心したのか、彼女は自身の分を食べ始めた。
しかし、そこでセフィーリアとカルヴァは異変に気が付いた。
自身達が褒める程の出来であれば、エルの性格ならラティエを自身達以上に褒めていても可笑しくない。
されど彼にその様子はなく、ただ黙々と顔色一つ変えずに食しているだけであった。
それどころか、所々スプーンを持つ左手の動きがぎこちない。
何が何だか分からないまま、二人は赤い液体を共に救いながら二口目を口に入れた瞬間それは起きた。
「……ッ!」
「か、辛ッ!? なにこれ、すごく辛い!!」
目を見開く二人、原因は卵の上に乗せられた赤い液体であるのは明白であった。
中のチキンライスは普通にケチャップで味付けされているのに対し、卵の上に乗っているのはケチャップでは到底出ないであろう辛みであった。
辛みが苦手なのかセフィーリアに至ってはスプーンを取り落とし、急いで水を飲んでいた。
その様子を目にして、ラティエの視線が泳いでいるのをカルヴァは見逃さなかった。
「……何を入れたんだ?」
「えっと……ケチャップだけだと普通すぎると思って物足りないかもしれないから、タバスコを」
「そこは……普通で良いのよ……?!」
視線を捉えるカルヴァの問いに目を泳がせながら観念したようにラティエが白状すると、舌が痺れて上手く喋れないのか、途切れ途切れであるが、セフィーリアが突っ込む。
タバスコというのも、カルヴァが個人的に買ったものを使ったのだと推測できたが、エルの動きがぎこちないのも判明した。
彼は食べる前に全面的にタバスコを塗っていた為に異変に最初に気が付いたのだろう。
だが、ラティエを傷つけない為か、その異変を喋らず顔を変えないように必死なだけだったようだ。
しかし、そんな騒ぎを余所にエルは今もなお黙々と食しているのだった。
「え、エル? 無理しないで良いんだよ?」
「……いや、いけるいける」
「味覚がおかしくなっても知らないわよ……」
流石の彼女も自覚があるのか止めようとするが、何故か意地を張っているのか食べるのを止めようとしない。
呆れながらタバスコをオムライスから取り除いたセフィーリアは言うが、それに答える程の余裕が無いのか彼はただ黙々と食すだけであった。
それを証明するかのように、彼の顔には細かい汗が大量に浮き出ており、肌も若干赤みを帯びており今にも火を噴きそうであった。
そんなエルを、今にも皿を投げ飛ばしそうで気が気でないのかラティエはハラハラと見守っていた。
「……青いな」
傷つけまいと必死に激辛オムライスを食すエルの姿を見て、カルヴァはポツリと呟きながらまた一口オムライスを口へと放り込んだ。
そもそもラティエが使ったタバスコは辛い物が好みである自身が個人で使うために買ったものなのだが、まさかこの様な使い方をするとは思っていなかった。
この日からラティエに料理させるときは美味いかヤバイかの運任せの二択だという認識が生まれたのだった。
※
「すげぇ……味覚が全く機能してない」
道中を歩いている途中、チョコレートを頬張りながらエルはそんな事を呟いた。
齧っているチョコレートはセフィーリアが持っていたものを口直しとして渡されたものだ。
しかし激辛オムライスを完食した影響か、彼の味覚が麻痺したようでありチョコレートの甘味を全く感じていなかった。
「ご、ごめんね、エル……」
「いや、良いよ。どうせ時間経てば治るから」
流石にラティエ自身も悪いと思ったのか、うなだれながら謝る。
それに対しエルは苦笑と共に首を横に振るい、早く味覚が直る事を願った。
「全く……よくも無茶をして食べるものだ……」
「愛ね……」
後ろで二人のやり取りを見て何かを言っているが、味覚がおかしくなっているのが気になり過ぎて全くと言っていいほど気にならなかった。
というよりは聞き逃したと言う方が正しかった。
「……ん?」
舌がヒリヒリと痛むのを感じながら前方を見ると、ヘルクルスと比べると小さい門が見えた。
恐らくはオフィウクスの門なのだろう事が予測できた。
――意外と早く着いたな……。
元々ヘルクルスからそこまで離れていないという事は聞いていたのだが、半日程度で付く事ができるとは思ってもいなかった。
とはいえど、早く着く分には問題ないため、余った時間は休息や買い物好きにできる。
「あれは、オフィウクスの門ですか?」
「そうね。アルクトゥルス地方を繋ぐ関所への馬車が動いているのかは利用した事ないから分からないけれどね」
その言葉に頷いたエルは、そうと分かれば直ぐに行くべきだと判断し再び歩を進める。
門が目と鼻の先にある為に町の中へと入るのは時間が掛からず、オフィウクスへと辿りついた四人は一息つく事にした。
町の規模自体は朝まで居たヘルクルスよりは小規模であるが、そのヘルクルスと距離が近い事もある故か活気は良い方であった。
「さて、と……まずは馬車の状況を調べないと……か」
その場で体を伸ばしながら呟いたエルは馬車の停留所を探すために歩き出そうとした時に不意に肩を掴まれた。
肩を掴んだのはカルヴァであり、自身を見据える目は行くなと強く伝えていた。
「エル、お前は少し休め」
「そうね。病み上がりなのだから休んだ方がいいわ」
「……二人して、いきなりどうしたんですか?」
急に休めと言ってくる二人にエルは怪訝な表情を見せながら問う。
その表情の内には彼にしては珍しく不機嫌、と明確に分かるものであった。
だがそれは二人には通用しないのか、返ってきたのは盛大な溜息だった。
「気づいていないと思っているのか? 動ける様にはなったものの、体調までは戻っていないだろう」
「……それは」
「言い返せていない時点で認めている事に等しいわよ。馬車の運行状態なら私たちが見てくるからラティエちゃんと遊んできなさいな。最近精神的にキツイ事ばかりだから気分転換も重要よ」
そこまで言うとセフィーリアはカルヴァを連れてその場から離れていく。
向かっているのは馬車の停留所だろう、そしてラティエと共に残されたエルは二人の姿が見えなくなってから肩を竦めながらため息をついた。
「……気を使わせたかな?」
「カルヴァさんもセフィーリアさんもそれだけエルの事を心配しているんだよ」
もちろん私もね、と笑みを浮かべながら言うラティエにエルは思わず自身も微笑を浮かべていた。
ここまで言われてしまえば無下にするのも野暮だと感じたのか、好意を受け取る事に決めたのか徐々に肩の力を抜いていく。
「なら、好意に甘えて遊ぼうかな?」
「うん。それなら早く行こう!」
「お、おいおい……」
エルがそう言うなり、ラティエは彼の手を掴んで走り出した。
急に引っ張られてバランスを崩しそうになったが、なんとか体勢を整えてなんとか彼女に付いて行き、少し注意したほうがいいかと考えた。
しかし、彼女の顔はとても楽しそうにしているために言うのも野暮だと感じとり、苦笑と共に小さくため息をついて彼女の後を付いて行くことにしたのだった。
※
「あ、エル。何かやっているよ」
「屋台か……子供達が集まっていると言う事は菓子の類かな?」
町の中を歩いている中で何かを見つけて声を上げた。
それはエルの言う様に小さめの屋台であるが、周りに子供が数人集まっている事から菓子類を売っている様であった。
一人の男の子が屋台の主である男性から何かを手渡され、それをよく見ると器状に加工したコーンの中に乳白色の丸いものが乗っている。
――なるほど、アイスクリームか。
それは村に居た頃によく見かけたものだった。
夏頃には牛の乳を冷やして固めてよく食べたのを思い出し、若干ながら懐かしく感じている。
思えば今の時期は丁度夏に差し掛かる時期であり、アイスクリームを売るには丁度いいだろう。
ふと、ラティエの方を見ると彼女は興味深そうに男の子の持つアイスクリームを見つめていた。
視線からして食べてみたいのだと分かり、あの程度の物ならば金銭的には平気だろうと結論をつけた。
「ラティエ、食べるかい?」
「いいの?」
「あれくらいなら、俺の持ち分でも平気だよ」
微笑を漏らしながら問いに答えると、あからさまに表情を明るくさせる彼女に再度微笑を浮かべて共に屋台の方へと向かっていく。
集まっている子供の大半は買い終えたのか、その場でアイスクリームを頬張っている者や受け取るなり走り去って行く者とかなりバラバラであった。
そして、店主は一人の子供にアイスクリームを手渡すと、近づいてきたエルとラティエに気が付き、笑みを浮かべた。
「すみません。アイスクリームを二つください」
「はいよ。ちょっと待っていてくれ」
代金を渡して注文すると、店主はミルクタンクに似た容器に木ベラを突っ込むと、中身を混ぜ始めた。
一定数練り終えると、今度はスプーンの様な物を使いコーンで作られたカップに入れるとその上にサクランボを乗せてラティエに渡した。
「はい、嬢ちゃん。彼氏と仲良く食べな」
「ありがとう」
「ははは……彼氏じゃないんですし、ついでに兄妹でもないですよ」
「おや、そうなのかい?」
もう何度も聞かれているからか、慣れたようにエルは苦笑と共に否定する店主は意外そうに目を僅かに見開く。
しかし、店主の目線は更に動いてその視線を辿るとラティエの方を向いている。
追う様にラティエの視線を辿れば、彼女はじっとエルの方を見つめていた。
その視線は何故か若干冷たいものでおり、内心で困惑が強く出てしまう。
「ど、どうしたのラティエ?」
「……なんでもない」
戸惑い気味に問うが、彼女は少し不機嫌そうにそっぽを向いてしまった。
何が何だか分からず、困惑を表情に出して必死に何をミスしたのか考えたが、一向に分かる気がしなかった。
ただ店主だけは何かに気付いたようでカラカラと笑っており、何が何だか分からなくなっていた。
「ほら兄ちゃんの分もできたぜ。嬢ちゃんと一緒に食って機嫌を取りな」
「は、はぁ……ありがとうございます」
言っている意味が分からないが、とりあえずアイスクリームを受け取り、ラティエを連れて屋台を後にする。
どこかで落ち着ける場所を探して歩いて行くと小さな公園を見つけた。
偶々そこのベンチが開いていたのもあって二人はとりあえずそこで腰を落ち着かせてアイスクリームを食べ始める。
「――おいしぃ……」
「どれ? うん、結構いけるな」
座り始めてから、ラティエは我慢できなくなったのか直ぐに一口食べ始め、その味に顔を綻ばせていた。
先程まで不機嫌そうだった顔も嘘のように変わっており、やはり甘味には抗えない様だった。
その反応を見てエルも食べ始めると、味は濃厚ではあるものの後味がさっぱりしていた。
食べるまでに少し時間が経っているからか、アイスクリーム自体がちょうどいい具合に溶けてきているのも食べやすくてよかった。
「……久しぶりに二人っきりだね」
「うん? ……そうだね。最初は二人で始めた旅も今はカルヴァさんとリアさんと四人になってる。おまけにその二人は凄い有名人だしな」
数口程アイスクリームを口にしてから、ラティエはふと思い出したように呟く。
それを聞いてエルも思い出す様に呟きながら、村を出てからそろそろ二月程になるのを実感し始めた。
それが長いのか短く感じるのかは分からないが、村に居た頃とは比べられない程に遠くに来たことだけは分かった。
おまけに自身の剣の師は剣聖と謳われる大物で、魔術を教えるセフィーリアに関しては魔原回路の祖となった者だ。
改めて考えればとんでもない一党になって来たが、現実味が薄くて空笑いしか出てこない。
「でも、エルは良かったの?」
「何が?」
「初めは私を安全なところに連れて行ってくれるって事で始めた事だけど、今は私の翼を再生させる事が目的となっているよね?」
「……俺は良いんだよ。逆にラティエの方が平気なのか? 安全な所ならナスルが一番だ。だけど俺のわがままで旅を続行して今はナスルと比べられない程危険だと思う場所に向かっているんだ」
彼に問うた言葉はぶっきらぼうに返され、逆に問われてラティエは暫し沈黙を挟んだ。
考えを纏める為なのか、その沈黙は少しだけ長く、一つ短い息を吐いた時にアイスクリームを一気に頬張った。
「ッ……! あうぅ……」
「あぁ……冷たい物を一気に食べるから……」
所謂アイスクリーム頭痛に襲われたラティエは身を硬直させてこめかみ付近を両手で押さえ始めた。
それを見てエルは小さなため息をつきながら、温めるかのように彼女の頭を撫で始めた。
「ん、ありがとう」
「どういたしまして」
頭痛が収まったのか、彼女が立ち直ったのを見てエルは自身のアイスクリームを半分に分けて彼女のカップへと移す。
それほど自分が食べたい訳でもなければ、自分のオヤツを彼女に良く分けていたのもあってかその動きはかなり自然だった。
「……さっきの続きだけど。私はエルに付いて行くのは平気。というより、放っておけないもん。エルは直ぐに無茶をするから」
「それは……なにも言い返せないなぁ」
自身にとって痛いところを突かれ、困ったような笑みを浮かべながら誤魔化す様に一口アイスクリームを口に含む。
ただ今回ばかりは彼女には誤魔化せないのか、ラティエはじっとエルの顔を見つめ続けており、彼はこめかみから嫌な汗が流れるのを感じていた。
「……ねぇ、エル。自惚れじゃなかったら良いけど、どうしてそんなに私の為に動くの? 何がそんなに貴方を動かすの?」
ラティエの問いにエルは僅かに目を見開き、まるで時が止まったかのように身を硬直させた。
不意にも等しいその問いは息がつまりそうになるほど重く、先程まで下手な事を言われても流せるようにしていた思考を吹き飛ばした。
だが、彼女の瞳は真っ直ぐ射抜く様にエルを見つめており、逃がす気はないのだと知る。
「……ナスルで会った天使の女性。ヴィーシャさんに頼まれたからだよ、ラティエの事を頼むってね。乗りかかった船っていうのもあるし、そこは責任を持とうと思っただけだよ」
「本当にそれだけなの? それだけにしては今までの行動と辻褄合わない様な気がするけど……」
何とかそれっぽい答えを出したものの、彼女は納得していない様であった。
今回ばかりはいつもの彼女と違ってかなり冴えているようであり、適当にはぐらかす事は不可能だと悟った。
――いや、むしろ元々ラティエはこれぐらい鋭いのかもな。
薄々ながら感じていたが、それを見切り切れなかったのは失態であった。
何れは言うつもりであり、言わなくてはいけない事だったが、それが今となってしまった。
そうであるのならば腹を括るしかないと感じたエルは瞳を閉じて深く息を吐く。
「ごめん。本当はヴィーシャさんに言われた事は三割程度の理由でしかない」
「んと……残りはなんなの?」
「……君を安全なところまで連れて行くという約束も、翼を再生させるというのも全部俺の罪悪感からくるエゴでやっている事だよ」
先程から鋭い彼女も先程のエルの答えには流石に理解しきれない様で困惑を浮かべていた。
特に罪悪感という言葉がそれを引き立てているのだろう。
この際は全て話す為に腹を括った為、エルはそのまま続きを口にする。
「君がミノリス村で目覚めてから記憶が無いのも、翼が無いのも全部俺が原因なんだよ。……俺が、君の翼を斬り落としたから」
観念するかのように全てを打ち明けたエルに、ラティエは目を見開いて表情を驚愕に染めて唖然としていた。
それはそうだろう、何せ自身の記憶を失ったのも翼を失った原因が一番信頼している者が原因なのだから。
その反応を既に予知していたかのように、エルはビンタの一つか罵倒が飛んでくるだろうと諦めに似た心境で再び瞳を閉じた。
「…………」
「…………?」
しかし何秒も経ってもその様なものが飛んでくる事は無く、不審に思ったエルは目を開けて彼女の方を見ると、彼女は考えを整理するかのように虚空に視線を向けながらアイスクリームを頬張っていた。
その様子に生きた心地がせず、じれったくも感じるがとりあえずは彼女の言葉を待つことにしたのだった。
「……んっと、でも……エルは決して私を傷つける目的で、翼が欲しくてそんな事したんじゃないんだよね?」
「……正直に話せばそうだよ。最初はラティエが村で目を覚ます前に帝国兵が村に来たんだ。それを誤魔化すために翼を斬り落とした。翼が無ければ無知な奴は誤魔化せるから、下手をしたら死ぬかもしれない事も承知の上で、だけどね……」
「うん、そっか……ならいいや」
再び問われた内容に偽りなく答えて、返ってきたのはありえない程に軽いものだった。
そんな様が信じられなくて、今度はエルが目を見開いて驚愕する番だった。
しかし彼女はそれを余所に残りのアイスクリームをペロリとたいらげていた。
「……怒ってないのか?」
「なんで? エルの言うとおりなら、エルが翼を斬り落とさなかったら私は今頃死んでいたかもしれないんでしょ?」
「それは……そうかもしれないけど」
「だったら怒る事なんてないよ。……私を助けてくれて、ありがとう」
「……俺が、君にお礼を言われる資格はないよ」
全てただの独りよがりだと言うのを思い知らされたというのを確信した。
今まで嫌われる事を恐れて本当の事を言えないでいたが、結果論にしても彼女は自身を許す事を選んだ。
それを知って、今まで張り詰めていた物が急にゆるんだ気がして、深くため息をついた。
しかしそのため息は精神的な苦痛によるものではなく、安堵に満ちており彼の表情も僅かながらに安心していた。
「あのね、エルは自己否定が強すぎると思うよ? たぶん、それはとっても損だと思うよ」
「そんなに自己否定が強いかい?」
「うん。さっきも言ったけど、直ぐ無茶ばかりするもん。まるでいつ死んでも良いってくらいに、見ているこっちはハラハラして怖いよ」
「それは、何ていうか……ごめん」
そこまで言われたらそうなのだろう、そう思わざるを得ず何ていえばいいのか分からず後頭部を掻く。
そんな様子を見てラティエは微笑を浮かべて彼の左手を握った。
「私の翼を再生させることがエルにとって贖罪なら私は止めない。それで記憶が戻っても、エルが私の為にしてくれた事は絶対に忘れない、エルの事を嫌いにはならないよ」
「おっと……それはちょっと卑怯な言い草かな。惚れてしまうよ?」
「良いんだよ惚れても?」
彼女の言葉に照れ隠しも交えて、冗談のつもりで言った言葉は自信に満ちた表情と共に返され、完全に自身の完敗だと理解した。
そんな自分が滑稽に見えてしまい、苦笑を隠しきれなかった。
「確か……エルは約束を絶対に守るんだよね?」
「そのつもりでいるつもりだよ」
「なら、約束して欲しいな。死ぬ様な無茶はしないで欲しいのと、私の翼を再生させてね?」
「あぁ……誓うよ。俺は絶対に死ぬような無茶はしないし、君の翼を再生させるよ」
日が沈みそうになった夕刻で二人は小指を絡ませて約束を誓った。
しがらみが全て取れたとは言い辛いが、エルはその誓いを強く胸に刻んで決意を新たにした。




