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白き翼に誘われ  作者: 月龍波
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十二翼:天才魔道研究者

 アクイラエ王であるアルフォンスにより、ナスルの北門に存在する森の中の民家にエルはラティエを連れて訪問をしていた。

 その民家には魔原回路(マナ・サーキット)の存在を世に知らしめた天才魔道研究者であるセフィーリア・ラ・バロンスが住んでおり、その人物をアルフォンスの前に連れて来るのがエルの受けた内容である。

 そしてその民家に辿り着いて、二人を迎えたのはセフィーリア・ラ・バロンス本人だと名乗るエルフであった。

 なまじ百年以上生きているエルフとなると、どうしてもナスルの街中で見かけた成人女性の様な見た目を想像していたのだが……。

 目の前のエルフはラティエの頭一つ分程小さい背丈であり、女性というよりは少女と言う方がしっくりとくる。


「お、女の子……?」


 それ故にエルは思わずそう呟いてしまっていた。

 それを耳聡く聞き取ったエルフの少女は片眉と耳をピクリと動かした。


「あら、女の子とは随分な物言いね……」

「えっ……?」


 呆れた様な表情と共に咎める様な言葉に戸惑ったような声を上げるが、それに続くように少女は言葉を続ける。


「見た目で判断するのは早計過ぎるわよ? 私は見て分かる通りエルフなの、これでも127は生きているからちゃんと成人しているわ」

「ご、ごめんなさい」


 口調からして怒らせてしまったと察したエルは素直に頭を下げて謝る事を選んだ。

 此処まで来てそんな些細な事で追い出されるのはナンセンス過ぎるし、実際に失礼だと思ったからの行動だった。


「素直な子は好きよ、だから許してあげる。それにああ言っておいてなんだけど、こんな姿だから良く間違われるからそこまで気にしてないわ」

「は、はぁ……」


 謝った事が功を為したのか、彼女は少しだけ微笑みながら言うがエルは曖昧な返事をする事しかできない。

 そして彼女はエルから背を向けて家の中に少しだけ入り、背中越しに二人を見つめて言う。


「立ち話も難だわ。何もないけれど、とりあえず家の中に入りなさいな」

「分かりました、お邪魔します」

「おじゃましまーす」


 招かれ家の中に入ると、家の中は中々愉快な事となっていた。

 そこら中に資料なのか本や紙の束が積み重なっており、足の踏み場が無い程ではないにしろ片付いているとは言い難い。

 それは部屋の隅に鎮座する広い机にも同じであり、更にはフラスコやビーカーと実験器具なども置かれており、研究者らしい部屋と言えばそうであろう。


 ――暮らし辛くないのかなぁ?


 どちらにしろエルが抱いた部屋の感想はそれであった。


「お客さんが来るとは思ってなかったから散らかり放題で見苦しくてごめんなさいね?」

「いえ……いきなり来たのは俺達ですから」


 自分の心を読んだのか背中越しで語られるが、遠慮がちに言うしかなかった。

 それに対して彼女は特に反応は示さず、部屋の中央のテーブルに視線を向けた。

 そこには二人分の椅子が置いてあるが、二脚とも紙の束が大量に乗っていた。


「ちょっと待っていて」


 彼女はそういうと、椅子に置かれた紙束を持ち上げてはテーブルに無造作に置くと、もう一つの椅子に乗っている紙束も同じように無造作にテーブルへと置く。

 ふぅ、と吐息を吐き出しながら広い机の方へと向かいそこに備え付けられている椅子へと座りこんだ。


「どうぞ、座って頂戴」

「はぁ……失礼します」


 とりあえず座る所を確保して貰ったことでエルとラティエは椅子に座り彼女と対面するが、やはりというか、見た目が幼い事もあり人形と向かい合っている様な感じであった。

 そんな彼女はエルとラティエを交互に見て思い老けている様に見えた。

 どこかで見たことがあるのかを思い出そうとしているのであろうが、その表情からして思い当たる記憶が無いようだ。

 当然だ、エルもラティエも彼女も今日初めて会ったのだから。


「とりあえず改めて名乗らせて貰うけど、私はセフィーリア・ラ・バロンス。一応アクイラエ王国の魔道研究者よ」

「初めましてセフィーリア・ラ・バロンスさん。エル=イクリティカです」

「ラティエです」

「――エル君にラティエちゃんね……あと長いからリアでいいわ。それで、私に何の用かしら? 私の記憶が正しいなら、貴方達の顔を見るのは初めてだし、アクイラエの騎士ではないわね?」


 セフィーリアがそう切り出した事でようやく本題に入ったと感じながらエルは肯定するように頷く。

 だが、彼女の表情は僅かばかりに険しくなり警戒の色が強くなっているのが分かった。


「俺達はアクイラエ王からの依頼でセフィ――リアさんを王の元に連れて来るように言われました」


 エルの言葉にセフィーリアは目を大きく開いて唖然としていた。

 当然であろう、どこぞの者と分からない少年に王が直々に依頼を出すなど異常なのだ。

 数秒の間呆けた彼女は我に返ったかの様に肩を跳ねさせると、小声で何かを呟いた。

 すると、エルとラティエの手元に紅茶が入ったティーカップが突如現れ、セフィーリアにも同じ物が傍に置かれた。


 ――転移の魔術(スペル)か。


 物や人物を空間を経由し、他の場所へと送る上級魔術(ハイスペル)であった。

 知識としては知っていたが、実際見るのは初めてであった。

 そんな魔術を平然と行った彼女は動揺を鎮める為か、中身をゆっくりと口に含んでいた。


「……えっと、それはちゃんとした依頼書はあるのかしら?」

「はい、これです」


 やはり動揺が隠せないのか、言葉の端に浮かばせながら問う彼女にエルは懐からエルネストから渡された依頼書を渡す。

 それを受け取ったセフィーリアは開いて中身を見て、文字を追う毎に眉間にどんどん皺が寄って行くのが分かる。


「…………自分の騎士を使いに出せば良いものを、関係のないこの子を使って何を考えているのよあの王様は……」


 ため息と共に色々な感情が混ざった声を吐き出し、依頼書をエルへと返した。

 頭痛がするのか空いた手で額を抑えており、それにはエルは苦笑で返すしかない。

 実際は関係があるのだが、それを今は言わない方がいいだろうと黙っていることにした。


「それで、要するに貴方達は私を王様の前に連れて行きたいのね?」

「はい、一緒に来て貰うことはできますか?」

「行かないわ、私が城に出向く理由が見当たらないもの」


 即答、それも拒絶にエルは思わず表情を引きつらせた。


 ――なるほど、王が偏屈と言っていたのはこれか……。


 依頼を受けた時に面倒だと思っていたが、想像以上に面倒くさい事になっている。

 しかし、それで引くわけにもいかないのでエルは何とか粘ろうとすることにした。


「……駄目ですか?」

「駄目ね、理由1、まず私は人間が嫌いだから人間が多い城にはいきたくない。理由2、城に行くより今行っている研究の方が大事。理由3、貴方みたいに素直な子は好感持てるけどそれと信用は別、顔が良いからってそれでコロリと態度は変わらないわ。以上から行かないわ」


 人間嫌い、偏屈、厭世的と聞いていたが予想の一周以上上回るレベルであった。

 特に理由3は決まり手と言っても良かった。

 別に自分の顔が良いとは思ってもいないが、好感を持ててもそれが根本な信用に達するのは別なのは当たり前だ。

 おそらく、王の依頼を受けた理由を話したところで関係ないの一言であしらわれるだろう。


 ――これは駄目、だな……。


 自身の目的に一番の近道ではあったが、それに関与する彼女がこれではエルは諦めるしかなかった。


「どうしても、というのは逆効果ですよね」

「分かっているわね。しつこいのは嫌いよ」

「……分かりました、研究の邪魔をするのも忍びないのでこれで失礼します。行こうラティエ」

「うん……」


 完全に諦め、立ち上がり頭を下げてラティエを促してその場を後にしようとする。

 目に見えて気分が沈んでいるのが分かる為か彼女は心配そうな表情でエルを見やるが、エルは何も返せなかった。


「……待って」


 部屋から出ようとした瞬間に、セフィーリアから呼び止められた。

 なんだと思いながら立ち止まり、体を捻って背後を見るとセフィーリアは立ち上がって二人を見ていた。


「貴方が私の名を知っている、と言う事は私が主に何の研究を行っているのか知っているわね?」


 その質問に関して無論であった、実際に彼女の論文を持って読んだ事があるのだから知らない方がおかしい。

 そんな事もありエルは黙って彼女の問いに頷いて返す。


「そう……私は魔原回路(マナ・サーキット)の研究を今でも続けているの、時間は取らせないから貴方達二人の回路を見せて頂戴」


 彼女の要求は研究者としては当たり前の物だろうと思ったが、それに対して素直にYESと言えない。

 表情に出しはしないものの、こちらの要求を蹴って自分の要求を突き付ける事に不満を持っているのが本音だ。


「エル、受けよう? もしかしたら気が変わって一緒に来てくれるかも」


 ――いや、それは無いだろ……。


 ラティエが小声で耳打ちをして提案するが、あの様子で彼女の要求を受けたからとこちらの要求を受けるとは考え辛い。

 とはいえど、万が一という事を考えれば試してみるだけの事はあるかもしれない為に不本意ではあるが受けることにする。


「……分かりました、何をすればいいんですか?」

「あら、断られると思ったのだけど……まぁ良いわ、とりあえずこっちに戻って」


 セフィーリア自体も要求を飲むとは思っていなかったのか、若干驚いていたが直ぐに切り替えて二人を招いた。

 二人が先程座っていた椅子の方まで戻ると、セフィーリアは自分の座っていた椅子を引っ張り正面で向かい合う様に設置した。

 まるで医者が患者を診察するかのような配置だ。


「まず、ラティエちゃんの方から見たいわ。椅子に座って上半身が裸になるように服を脱いで頂戴」

「え、服を脱ぐんですか?」

「そうよ。細かい説明は省くけど、透視の魔術を応用したものを使って触診するから服があると魔原回路(マナ・サーキット)が見えにくいのよ。体への危害は無いから安心して」


 エルの問いに頷きながら椅子に座ったセフィーリアは右手に魔原(マナ)を吸着させて発光させる。

 どうやらその状態で触れることで魔原回路(マナ・サーキット)を見る様だった。

 色々と思うところはあるが、魔原回路については専門家である彼女が言うのだろうから心配はないだろう。

 と思った矢先にラティエが椅子に座って自身が着ているワンピースの肩紐を滑らせて肌を晒し出したのが見え、慌てて回れ右をして後ろを向いた。


「どうしたの、エル?」

「……なんでもないよ」


 実際は何でも無くもなければ問題しかなかったが言う事でもないので黙っていた。


「……ウブね」


 ――うるせぇ。


 呆れた様なセフィーリアの声に自分でも珍しいと思うぐらいの暴言が心の中で吐き出していた。

 とりあえずはラティエの診察……もしくは検査が終わるまで天井のシミでも数える事にするのだった。


「……回路(サーキット)の種別は外部放出型ね。ふぅん? 回路一本一本が太くて丈夫な上質なものね」

「そうなんですか?」

「えぇ、魔原回路(マナ・サーキット)は遺伝によって変わるところがあるから、貴方の血筋は相当優れているのが分かるわ。でも、この頃無理し過ぎなのかしら? 少し魔原(マナ)の流れが乱れているわ」


 背中越しで聞こえる二人の会話にエルは凄いと感心する所もあれば、うすら寒く感じる所もあった。

 セフィーリアの言う血筋が優れているというのは間違っていない、何せラティエは【天界(ヴァルハリア)】のお姫様で創造神エリューミアの血縁らしいのだから。

 そして無茶をしているというのも間違いではない、何回か魔原切れを起こして、つい最近では川で自身が死に掛けた時に倒れる程の力を発揮させて蘇生に近い事を行ったのだから。

 だが、たかが魔原回路を調べただけでそれだけの情報を知る事が出来るとは思ってもいなかった。

 天才と謳われているというのは嘘ではないと、実際に感じる瞬間であった。


「はい、背中を向いて」

「うん」


 ――あぁ、背中の方も見るんだな……。


 などと思っているが、今ラティエがセフィーリアに背中を向けているという事は位置の都合上こちらの背中を見ている事になる。

 後ろを振り向いた瞬間にアウトだなぁ……などと更に思いながら、エルは天井のシミの数を再度数え始める。


「あら……? 貴方、何かおかしいと思ったら、天使だったのね。翼が無いからおかしいとは思っていたけど、背中の二つの切り傷からして切り落とされたのかしら」

「そうみたいですけど――んっ! そこはあまり触らないでください……」

「あぁ、ごめんなさい。翼のあった所は触ったら駄目なのね」


 セフィーリアの問いに答えようとした瞬間に、ラティエから切ない息遣いが聞こえた。

 会話から察するにセフィーリアが彼女の背中を触れた事が原因みたいだが、心臓に悪くてしょうがなかった。

 もう一度数え直しだと気を紛らわせて終わるのを待っていた。


「よし……エル君、こっちを向いて平気よ」


 そろそろ繰り返し数え始めて70を超えそうになった所で後ろから声が掛かり振り返る。

 振り返った先に見たのは、ラティエが簡易的なベッドの上で寝息を立てている事だった。

 先程まで眠そうにしてなかったのに、急に眠り始めた事に首を捻るがなにも思い当たらない。


魔原(マナ)の流れが少し乱れていたから、それを整える為に水薬(ポーション)を飲ませたわ。副作用として寝ちゃうけど、貴方の魔原回路(マナ・サーキット)を調べ終わる頃には起きると思うわ」

「あぁ、そうなんですか」


 疑問に答える様にセフィーリアが答え、納得したようにエルは椅子に座って上着を脱ぎ始める。

 ただ寝るだけであるのならば特に問題はないだろうと思う事にするのだった。


「じゃあ、見せてもらうわね」


 そう言うなり、彼女は魔原(マナ)で発光した左手をエルの胸に押し当てその光を観察するように見る。

 エルからもそれは見えており、光に映す様に血管の様な管が浮かび上がっているのが見える。

 これが魔原回路(マナ・サーキット)であるのは間違いないだろう。

 彼女の手の動きは上から下へと、胸から腹へとゆっくりと動かしてはまた下から上と往復する様な動きだ。

 そして観察した回路を模写する様に、開いた手でペンを走らせて紙に描いていた。

 痛みも感じなければ痒みを感じる事もないのだが、受けている身としては暇なだけであった。


魔原回路(マナ・サーキット)は、内部放出……ん?」

「どうしました?」


 手の位置が肩の位置に達した時に、彼女は片眉を上げて両手の動きを止めた。

 怪訝に思ったエルが問うが、彼女の耳に届いていないのか沈黙を守っている。

 突如、左手の動きを再開させるが、その動きはもっと良く確認するかのように隙間なく上下左右に動かしている。


「……ちょっと、背中を向けてもらえないかしら?」

「あぁ、はいはい」


 様子がおかしい、声が焦りや興奮を必死に抑えようとしている様な出し方に似ている。

 一体何を見つけたのか分からないが、今は彼女の好きなようにさせるしかない。


「あら……この背中に刻まれている模様は何かしら?」

「それは俺にも分からないんです。物心ついた頃にはありましたから」

「ふーん? 【拘束制御術式(エンチャント・ギアス)】に似ているけど少し違うわね」

「【拘束制御術式(エンチャント・ギアス)】?」

「えぇ、刻印を刻んだ対象の力を抑制する為の高等魔術。収監者や力が強すぎて危険な人物に施される物よ。まぁそれはどうでも良いわ」


 どうでも良いの一言で流されたが、物騒な言葉が聞こえたのをエルは聞き逃さなかった。

 今の今まで生きていて体に異常があった事などは無いが、【拘束制御術式(エンチャントギアス)】というもの似ているものが何故自分の背中に刻まれているのか不思議でしょうがない。

 だがいくら疑問に思っても誰が何の目的で施したのか全く見当が付かない。

 確認する手段が無い以上は放っておくしかないだろうと考えていた。


「――うそっ!? もしかしてと思ったけれど……」

「な、何なんです?」


 次に聞こえてきたのは興奮を隠せない様な上ずった声で独り言を言うセフィーリアの声だ。

 流石にエル自身も気になるのか、首を動かして彼女に問う。


「え、あぁ……ごめんなさい。とりあえずもう服を着て良いわよ」

「は、はぁ?」


 いつの間にか調べ終わったのか、セフィーリアは我に返ったように頭を上げると服を着る様に促した。

 何が何だか分からず、言われるがままに服を着たエルはラティエがまだ起きないのを確認してセフィーリアに向き合った。

 彼女は先程描き映した紙二枚を交互に見比べている。

 一枚はラティエのものでもう一枚は自分のだと分かるが、何をそんなに見比べる物があるのか分からない。


「エル君……貴方、両立型の魔原回路(マナ・サーキット)の持ち主だったのね……」

「えっ? 俺、両立型だったんですか?」


 セフィーリアから告げられた自身の魔術回路(マナ・サーキット)の真実にエルは目を見開いて問う。

 それに対して彼女は頷いて、先程見比べていた二枚の紙をエルに見せる様に突き出す。

 人の体の上半身を描いたものに細かい線が何本も書き加えられている。

 一つは女性の半身を思わせるものに、何本もの線が胸から腕にと、外へと向かう様に伸びている。

 これはラティエのもので、所謂外部放出型の魔原回路の図解なのだろう。

 そしてもう一つは男性の上体を思わせる物だったが、それは先程と違い腹部から胸へ、胸から腕へと上半身にびっしりと線が書き加えられている。

 一つ目に留まるのは、腹から胸に伸びる線はそこそこ太いのに対して胸から腕へ伸びるものはそれよりも細い事だった。


「上半身に万遍なく回路(サーキット)が走っているこの図は間違いなく両立型の回路なの。この百年以上魔原回路(マナ・サーキット)の研究を行っているけど、両立型の人間を見たのは初めてだわ……」


 興奮を隠しきれない様子で見比べる彼女に対して、エルは少々唖然としながら二枚の紙を見ていた。

 何せ自分自身は内部放出型と思っていただけに、希少な両立型の回路の持ち主だとは思いにもよらなかったからだ。


 ――という事は、練習すれば俺も魔術(スペル)を使う事ができるのか……。


 思わぬ収穫があったものだとしみじみと感じていた所で、紙を片づけた彼女は改めてエルに向き直る様に姿勢を正す。


「それで……何だけど……」


 何か言い辛そうに視線を右往左往としているセフィーリアに、エルは次に投げかけられる言葉を既に予測が付いていた。

 そして、パンッと両手同士を合わせまるでエルに懇願するかのように頭まで下げてきたのだった。


「お願い! 貴方の魔原回路(マナ・サーキット)を研究させて! 虫のいい話だって言うのは分かるけど、痛い事は絶対しなから!!」

「…………」


 予想通りの言葉が出てきてエルは悩むように天井へと視線を向ける。

 頭を下げられて懇願されたら協力する事も(やぶさ)かではないのだが、自身にはラティエの翼を再生させるという目的がある。

 それを考えれば長期に及ぶ研究に付き合う事などはできないし痛い事をしない以前の問題であるのだ。


「お願い! 何だったら死なない程度に私の体を好きにしても良いし、私にできる事なら()()()()()から!!」

「……何でもする? 偽りないですね?」

「え、えぇ……死ぬ様な事や精神が崩壊する様な事以外ならだけど……」


 セフィーリアの口走った言葉を耳聡く聞き取ったエルは確認の為に聞き返す。

 それに対して彼女は少し怯えた様な表情を少しだけ浮かべるが肯定する。


 ――あ、これは都合の良い展開になった。


 思わぬところで自身の魔原回路(マナ・サーキット)と彼女の研究者としての欲求が自身が望む方向に転がり込んだ事に内心でエルはほくそ笑んだ。


「なら俺の要求は一つです。俺と一緒に王城に来てください」

「…………えっ? そんな事で良いの? もっと過激な事を要求されると思ったのだけど」

「人を何だと思っているんですか? まぁ、それは置いておいて……」


 自身にとって心外な事をセフィーリアが問われ、げんなりとした表情で返す。

 エルは咳払いを一つ挟み、自身の目的について話す頃合いだろうと思い口を開いた。


「実は、俺が王の依頼でリアさんの元に来たのは、王にラティエの翼を再生させる手段を教える代わりにリアさんを連れてこいって言われたんです」

「あぁ……だから騎士でもない貴方が私の元に来たのね……」

「そうです。俺は彼女の翼を再生させる為に旅を続けなくちゃいけませんから此処には留まれません。ですから王がリアさんへの用事を終わらせたら俺達と一緒に旅に出ましょう。そうすればリアさんも俺の魔原回路(マナ・サーキット)を研究できるので損は無いと思いますよ?」


 エルの交渉に近い要求にセフィーリアは顎に指を当てながらエルの瞳を見つめる。

 何かを問うつもりであるのだろうが、何を問おうとするか迷っている様であった。

 対してエルは既に勝ちを確信しているのか、微笑のまま彼女の言葉を待っていた。


「……対等な交渉に見えて、貴方の方が損していない? そりゃその程度の条件で尚且つそこまでリードしてくれるのなら乗るけど、そこまで頭が回る貴方ならもっと自分に有利な条件を出せるのじゃない?」

「何を言いだすと思えば……別に俺にとって十分に対等な交渉ですよ? そもそもこっちはお願いをしている立場ですし、今の俺の目的はラティエの翼を再生させる事で、リアさんが来てくれればそれに一歩近づける。リアさんは旅の途中で俺の魔原回路(マナ・サーキット)を好きに研究できるのでお互いに良い事ばかりだと思いますけどね?」


 次々と出されるエルの主張をじっと聞いていたセフィーリアはまたも考える様に今度は視線を天井へと向けた。

 だが、数秒後には根負けしたかのようなため息を漏らしたのだった。


「……分かったわ。そこまで好条件を出されて乗らないのは損だし、あくまでも私を立てようとするのは好感が持ててそこらの人間より信用できるわ」

「では?」

「えぇ、まずは一緒に城へ行ってあげる。旅の事も考えるなら準備が必要だから少し待っていて」

「ありがとうございます」


 内心ガッツポーズをしたかったが、それは心の内に留めるだけにしてエルは深く頭を下げて礼を言う。

 礼を言われるとは思わなかったのか、セフィーリアは少し戸惑った表情を見せる。


「止して……あれだけ自分の都合ばかり押し付けてきた手前で礼を言われるとこっちが悪いわ……それよりも準備は直ぐに済むから彼女を起こしてあげなさい」

「それもそうですね」


 頬を赤らめながら言う彼女に微笑で返しながら、エルは未だに寝ているラティエの元に向かう。

 肩を優しく揺すると、ラティエは小さく唸りながら上体を起こす。


「あれ……いっぱい寝てた?」

「いや、そこまでじゃないよ。セフィーリアさんが城に行く事を了承したから俺たちも行こう」

「説得できたの? 凄いね」

「いや……ラティエのおかげかな?」


 彼女の言葉に苦笑で返しながら、エルはそう返すが彼女自身は良く分かっていないのか首を傾げるだけであった。


「準備ができたわ、行きましょう」

「分かりました。ラティエ、立てる?」

「うん、大丈夫」


 声を掛けられ、ラティエに問うと彼女は頷いてエルの手を取りベッドから降りた。

 セフィーリアは二人が近づくのを見ると、一足早く外に出る。

 エルとラティエの二人が家から出ると、セフィーリアはドアに向けて呪文を唱える。

 恐らく施錠の魔術(スペル)だろう、それを掛け終えた彼女は二人に目配せしナスルの方向へと歩き出し、二人もそれに続く。


 ――さて、後はどういう手段なのか聞く事だな……。


 ようやく一歩進めた事に短く息を吐いて、エルはラティエの手をしっかりと握って森の中を歩き出した。

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