コゲラ男子の婚活
とある森での出来事です。
良く晴れた空のもと、日差しは木漏れ日となって森へと降り注いで森の生き物たちへと届けられています。
そんな森の中。カンカンカンカン、と小高い音色が響き渡っていました。
思わず踊りだしたくなるような、このリズミカルな音の主は誰でしょう?
「コゲラ田君、キミもとうとう独り立ちか」
一匹のメジロが木の枝につかまり、音の主に話しかけています。
「メジロ山さん、どうも。僕もようやく大人になりました」
音の主はコゲラのコゲラ田君。
独り立ちしたばかりの若いオスのコゲラです。
「もしかして、初めての巣作りかね?」
「はい。まだまだ未熟者ですが」
このカンカンカンカンという音は、コゲラ田君の巣作りの音でした。
コゲラ田君は器用に木の幹に掴まり、自慢のくちばしで木をつついて穴を開けて巣を作るのです。
すると、メジロ山さんは嬉しそうにチーチーとさえずりました。
「いやぁ、めでたい。キミのお父様はこの森の偉大な大工さんだったからねぇ。キミにも期待しているよ」
「ありがとうございます。頑張ります!」
「うむ。して、嫁さんはどこだい?」
コゲラ田くんは、体を縮めて控えめにキッキッと鳴きました。
「実は僕、婚活中なんです」
「そうだったのか、それは失礼した。きっと君にも良い出会いがあるよ」
「はい。なので、良い家を作れるように頑張ります」
「森の知り合いにはコゲラ田のご子息が婚活中であると話しておくよ。では、私は梅の蜜を頂きに行くとしようか。またな」
メジロ山さんは美しい緑色の羽を広げ、飛び立っていきました。
紳士なメジロ山さんの応援を受け、コゲラ田君は巣作りを再開します。
森には再びカンカンカンカン、と心地よい音が響きわたりました。
「この音が僕のお嫁さんを呼んでくれるはず」
そう信じて、コゲラ田君は熱心に木をつつき続けました。
◆◇
メジロ山さんに応援されてから数日後。
コゲラ田君は穴の中に残った最後の木くずをくちばしで器用につまんで、外に出しました。
「できたぞ!」
とうとうコゲラ田君の初めての巣が完成しました。
入口の穴は予定より大きくなってしまい、形もゆがんでしまっていますが、初めてにしては上出来だとコゲラ田君は大満足です。
初めて完成させた自分の巣に入ってキッキッと嬉し鳴きをします。
そんなコゲラ田君ですが、一つだけ心配ごとがありました。
お嫁さんが来なかったのです。
コゲラ田君はお父さんから巣作りをすればお嫁さんに出会えるよ、と教わっていました。
「おかしいなぁ」
初めての巣に入ってお嫁さんのことを考えていると、ふとおなかが”ぐぅ”と鳴りました。
一生懸命巣を作っていたので、すっかりおなかがすいてしまったのです。
「とりあえずご飯を食べよう」
コゲラ田君はエサを求めて、森へと飛び立ちました。
◆◇
エサを手に入れておなかを満たしたコゲラ田君は巣を作った木へと戻ってきました。
今日はもう寝ようと入り口に掴まると、なんと中には別の動物がいました。
「わぁ! キミは誰だい!」
「俺はリス本だ。コゲラ田君だろ、待ってたぜ」
若いリスのリス本君は、笑顔でコゲラ田君を巣の中へと招き入れました。
「メジロ山さんに話を聞いたんだ。良い巣を作ってるってな。入り口も大きめで俺にぴったりだ。ありがとな」
「え。あぁ、どういたしまして」
自分のために作った巣ですが、どうやらリス本君の巣になってしまったようです。
コゲラ田君はお父さんの言葉を思い出します。
『コゲラ田一家は森の大工だ。みんなの巣を作る大事な仕事なんだぞ』
コゲラ田君はリス本君の様子をうかがいます。
リス本君は新しい巣に出会えて、キューと鳴きながらおおはしゃぎです。
「俺の奥さんも喜ぶよ。コゲラ田君の巣は最高だって、みんなに自慢しなくちゃな。これはお礼だ!」
リス本君は森の木の実をお礼としてコゲラ田君にプレゼントしました。
嬉しそうなリス本君を見ていると、だんだんコゲラ田君も嬉しい気持ちになってきました。
「リス本君、お幸せにね」
そう言って、コゲラ田君は初めての巣から飛び立ちました。
初めての巣はちょっと失敗してしまったし、お嫁さんにも出会えませんでした。
リス本君が使ってくれるなら、それでも良いかもしれない。そう思ったのです。
次はどこに巣を作ろうかな。
まだ出会えていないお嫁さんとの新婚生活を夢見ながら、新しい巣作りを準備するコゲラ田君でした。
◆◇
カンカンカンカン。
今日も森にリズミカルな音が響きます。
そう、コゲラ田君です。
森の枯れ木に器用に掴まり、2回目の家作りに挑戦です。
慣れたくちばし使いで、枯れ木をつついていきます。
カンカンカンカン。
お嫁さん、僕はここだよ。
素敵な巣を作っているよ。
前回より小さくキレイな穴があきました。
「よし、うまくいった!」
コゲラ田君は自信満々です。
作業は順調に進んでいます。
途中でメジロ山さんやリス本君が遊びに来てくれました。
「コゲラ田君の巣が羨ましいって、みんなに言われるぜ!」とリス本君。
「あの良い音の主は誰かと、色んな動物から聞かれるよ」とメジロ山さん。
二人とも、コゲラ田君のことをすごいすごいと褒めてくれます。コゲラ田君はキッキッと鳴いて喜びました。
数日後には2回目の家が出来ました。
残念ながら、今回もお嫁さんには出会えませんでした。
そして、2回目の家はスズメのスズメ原さん一家の巣になりました。
「コゲラ田君の巣はうわさ通り素敵だわ! ありがとう」
「どういたしまして」
スズメ原さん一家はピピッと喜びのさえずりをしています。
コゲラ田君は、喜んでもらえて嬉しい気持ちになりました。
そして、また新しい巣作りに挑戦します。
◆◇
カンカンカンカン。
コゲラ田君は3回目の巣を作りました。
今回はモモンガのモモンガ川さんの巣になりました。
お嫁さんには、まだ出会えません。
この頃には、コゲラ田君は森の大工さんとして有名人でした。
コゲラ田君の作る巣の評判が良く、みんながうわさをするのです。
カンカンカンカン。
4つめの巣が出来ました。
カンカンカンカン。
5つめの巣が出来ました。
カンカンカンカン。
6つめの巣が出来ました。
カンカンカンカン。
カンカンカンカン…………。
コゲラ田君の巣は増えていきます。
しかし、肝心のお嫁さんに出会えません。
みんなに感謝されて嬉しいコゲラ田君ですが、少しずつお嫁さんに出会えなくて悲しいと思うようになってきました。
「僕のお嫁さん。素敵な巣を作って待っているのになんで会えないの?」
コゲラ田君は決心します。
違う場所に巣を作ってみよう。
◆◇
コゲラ田君が選んだのは、いつもの森から少しだけ離れた桜の木でした。
森とは違って、周りに他の木はありません。
ここならきっと、お嫁さんも僕のことを見つけてくれるはず。
ピンクの花がたくさん咲いた桜の木の幹に、コゲラ田君は器用に掴まります。
カンカンカンカン。
桜の木をつつき始めます。リズミカルに、ずーっと遠くに響くように。
コゲラ田君の気分も、だんだん楽しくなってきます。
「僕はここだよ。素敵な巣を作ってるよ!」
ところが、コゲラ田君に予想外のことが起きます。
「コラー!!」
突然、大きな声がしたのです。
コゲラ田君は驚いて、木をつつくのをやめてしまいます。
バタバタッ、という音とともにあらわれたのは、コゲラ田君より何倍も大きい人間の子供でした。
「さくらの木を食べちゃだめー!」
子供はドンドンと桜の木を叩きます。
ここは森のすぐ近くの、人間の家の庭に立つ桜の木だったのです。
「うわー!」
子供が桜の木を揺らすので、コゲラ田君は掴まっていることが出来ませんでした。思わず、羽を広げて空に飛び出します。
これにはコゲラ田君もがっかりです。
コゲラ田君は空を飛びながら、離れていく桜の木を見つめました。
「ここでもお嫁さんを見つけることができなかった」
キッキッと悲しい声で小さく鳴きます。
「きっともう、僕はお嫁さんと出会えないんだ」
悲しい気持ちになりながら、コゲラ田君は森へと帰っていきました。
◆◇
コゲラ田君が巣を作ろうとしていた桜の木に、一羽のコゲラの女の子がやってきました。
この子はコゲラ子さんと言う名前の小柄で可愛いコゲラです。
「素敵な音が聴こえたんだけど……」
実は彼女、コゲラ田君の巣作りのカンカンカンカンという音につられてやってきたのです。
しかし、すでにコゲラ田君は森へ帰ってしまっています。
コゲラ子さんは周りをキョロキョロと見渡しますが、音の主の姿を見ることが出来ませんでした。
「気のせいだったのかしら……」
コゲラ子さんは、桜の木の周りをパタパタと飛び回ります。
すると、コゲラ田君が木の幹をつついたあとを見つけました。
「やっぱり、誰かいたんだわ!」
あの素敵な音の主に会いたい!
誰かいないかと桜の木を見渡すと、緑色のキレイな羽を持つメジロが一羽枝に掴まっていました。メジロ山さんです。
「こんにちは、メジロさん」
「やぁ、こんにちは。コゲラのお嬢さん、ここらで見かけない顔だね」
「少し離れた林に住んでいるのよ。ちょっとお出かけです」
「そうだったんだね」
コゲラ子さんは、メジロ山さんに音の主について尋ねてみることにしました。
「ここの木で巣を作っていたコゲラさんを知りませんか?」
「あぁ、きっとコゲラ田君だね」
「コゲラ田君?」
メジロ山さんは、自慢げにチーチーと鳴きました。
「コゲラ田君は森で評判の大工さんだよ。素晴らしい巣を作るんだ」
「まぁ、素敵!」
「ここに居ないのであれば、きっと森にいるはずだ。良かったら会ってみたらどうだい? お嫁さん募集中だよ」
「ありがとう。ぜひ会いたいわ」
コゲラ子さんは、メジロ山さんキッキッとお礼を言って飛び立ちました。
◆◇
「はぁー……」
コゲラ田君は大きなため息をつきました。
あの桜の木を追い出されてからというもの、すっかり巣を作る気力が無くなってしまいました。
巣を作ってもお嫁さんに会えないと思ってしまうのです。
そんな様子のコゲラ田君を森の動物たちは心配しました。
森の大工さんとして有名になったコゲラ田君は、森の人気者でもありました。
コゲラ田君に元気を取り戻して欲しい動物たちは、木の実をプレゼントしたり、面白い話をしたりしました。
そして、お嫁さんになれるコゲラの女の子がいないかと探し始めました。
今度はコゲラ田君が幸せになる番だと、みんなは思っていたのです。
◆◇
「ねぇ、モモンガさん。このあたりにコゲラ田君っていうオスのコゲラはいませんか」
ある日、巣で休むモモンガ川さんに話しかけるメスのコゲラがいました。コゲラ子さんです。
モモンガ川さんはクククッと喜びの鳴き声をあげました。
「コゲラ田君はこの先の枯れ木にいますよ。とっても素敵な巣を作るの。あなたもきっと気に入るわ」
「ありがとう!」
コゲラ子さんは飛び立ちました。
モモンガ川さんはもう一度喜びの鳴き声をあげます。
「コゲラ田君のお嫁さんだわ!」
◆◇
コゲラ子さんは、森の動物達にコゲラ田君の話を聞いて回りました。
とあるスズメ一家は「コゲラ田君の音楽はみんな踊り出すほどノリノリだよ」と。
とあるオスのリスは「あいつはいいやつだ。巣は最高だし、俺達の夫婦生活を応援してくれるしな!」と。
コゲラ田君はみんなに慕われていました。
コゲラ子さんのコゲラ田君への憧れがどんどん大きくなります。
「早くコゲラ田君に会いたいわ」
そしてついに、森の奥の枯れ木にいるコゲラ田君を見つけました。
◆◇
「あなた、コゲラ田君?」
コゲラ子さんは、枯れ木で落ち込んでいたコゲラ田君に声をかけました。
「そうだよ。キミは?」
「私はコゲラ子。近くの林に住んでいるのよ」
コゲラ田君は驚いていました。
巣を作るのをやめていたのに、コゲラの女の子があらわれたからです。しばらくの間、カンカンカンカンという音も鳴らしていませんでした。
「コゲラ田君、私をお嫁さんにして下さい」
「え!?」
急にお嫁さん候補があらわれたことに、さらにコゲラ田君は混乱します。
「どうして僕なの?」
「森の外の桜の木で、カンカンカンカンという音を聴いたの」
うっとりとした表情でキッキッとさえずるコゲラ子さん。
「素敵な音だったわ」
「聴いてくれていれたんだね」
桜の木で追い出されたものの、無駄では無かったことが分かり、コゲラ田君は嬉しい気持ちになりました。
コゲラ子さんは話を続けます。
「ここにくるまでの間、コゲラ田君の話をたくさん聞きました。みんなコゲラ田君の作る巣は最高で、音楽も性格も大好きだと言っていたわ」
あまりにも真っ直ぐ褒められるので、コゲラ田君はくすぐったい気持ちになります。森のみんなにそう言ってもらえていたということも、とても嬉しく感じました。
「コゲラ田君、私をお嫁さんにして下さい」
そう言って、コゲラ子さんは枯れ木をカンカンカンカンとつつきました。コゲラ田君の音より柔らかく女の子らしい音でした。
コゲラ田君は嬉しくて、キッキッとさえずりました。
そして、自慢のくちばしで同じように枯れ木をカンカンカンカンとつつきました。
「喜んで。コゲラ子さん、僕のお嫁さんになって下さい!」
コゲラ子さんも大喜びです。
二人で一緒に枯れ木の辺りを飛び回りました。
キッキッと言う二人分のコゲラのさえずりが、森の中へ響き渡りました。それは幸せなさえずりでした。
◆◇
カンカンカンカン。
再び森にはコゲラ田君の巣を作る音が響きわたるようになりました。
お嫁さんのコゲラ子さんも一緒です。
「コゲラ子さん、素敵な巣を作るからね」
「はい。私もお手伝いしますね」
そこへコゲラ田君の親友、リス本くんがやってきます。
「おーい、コゲラ田君。新居のお祝いは何が良い?」
コゲラ田君はニコニコしながら答えます。
「もちろん、森の木の実!」
「分かったぜ! コゲラ子さんの分も用意しておくからな!」
「ありがとう!」
コゲラ田君が木をつついて、コゲラ子さんが木くずを運んでいます。
二人仲良く巣を作る姿を眺める森の動物たち。
見ているだけでとても幸せな気持ちになりました。
コゲラ田君、コゲラ子さん。
結婚おめでとう。
末永く、お幸せに。