【特別編】立春の境目にて。その2
受験競争の2日目を迎えた長良。今日は彼における「華」が最も映える学校が待っている。
【2月2日。2日目】
親と共に鴨ヶ峰駅を降りた。しかし、問題はその先だ。今回の受検会場は鴨ヶ峰駅からは何と、バスを25分も乗らないと学校に行けないと言う超鬼畜かつ貧弱ルートなのだ。時刻は7時50分。ターミナルへと歩いて行った。
「ここに並ぶの…マジ?」
「…そう、みたいね。」
一つの待機列は20人程度が収まる屋根を軽くはみ出て、見ただけで約150人のも人が並んでいた。当然バスもこれに負けじと路線バスとしては定員の多い大型バスを投入した。バスの扉が開いた。親子が次々に乗車しておく。ピピッ!ピンコーン! ピピッ! ピピッ!ピンコーン!―。
ICカードによるチャイムが鳴り止まない。大人と子どものコンビは既に20回位聞こえてきた。聞こえ始めた時点で後部は立席含めて田園都市線のようだ。
「子どもです。」
妙なプライドを持ちながらそれを宣言したな。何でこんな口調で運転士に宣言したのか見当がつかない。
昨日とは違い、このバスは単なる住宅街をジェットコースターのように走るのだ。しかも一部区間には単線まである。以前に塾の先生が「鴨ヶ峰からバス一本だぞ!」と話していたけどそのバス一本は電車の二倍位の負担を私にかけてきた。こうやって商売は進んでいくんやろなぁ。
「次は、、です。本日は、相急バスをご利用いただきまして、ありがとうございました。」
登山バスの旅が終わり、ようやく校門にたどり着いた。校門の景色は古きよき団地、月極め駐車場、廃校、森と…校舎が見えない。私はスキー場に来たのだろうか。何とこの予想は半分当たった。校門を抜けると木に囲まれた広い道が急勾配をなして地上3、4階分を下る立派な坂があるではないか。しかも途中で連続カーブのコースと急勾配直線コースの二種類が用意されている。雪を降らしてスノボを出してみたくなった。真剣な場を目の前にしてクスリと笑ってしまった。
上級者コースを恐る恐る下ると校舎の連絡通路と立体交差し、体育館との連絡通路と平面交差をして左に旋回することでようやく昇降口に入れるのだ。しかし、塾の先生と僕との距離は僕と昇降口までの距離より遠い。はてなと思いながら校舎に入ろうとすると案の定捕まりました(笑)。
「いやいや俺たちのこと無視すんなって~。」
「ごめんなさい。でも何で塾の先生が僕らより遠くに?」
「あっちを見な。」?、
「あ~。…いって来ます。」
「いってらっしゃい。」
僕と先生はお互いが手袋だが脈の強弱が明白だった。
「試験始め。」
この学校の傾向としてはわりと知識をとらないことを引き換えに算数の能力が試されるので失敗が許されない学校だ。しかも「全科目同一配点」と言う仕組みがそいつにどんどん鞭を打っていく。どの教科もここの校舎が物語るように中間に得体の知れない大きな穴がぽっかり空いていた。
試験が終わり、空は立派な晴天だ。親に連れられて先ほど塾の先生が教えてくれたルートの方へ歩いていき、「中百舌居駅」にたどり着くと思わずこんなことを口走った。
「受かると良いなぁ。」
午後試験へ、行くルートは昼飯を考慮すると過酷である。中百舌居駅までに15分。中百舌居駅から今度は菊名駅を経て太尾駅へ行くまでに乗り換え含めて20分。そして駅からまさかの徒歩10分。これに食事を加味しなければならない。試験までの猶予は1時間。これではこれからのことはおろか試験直前の知識チェックすら出来るか怪しいものだった。
校舎の前に立った時には天気は小雨に変わり、廊下ではネイティブの先生がストーブと共に黄昏ていた。
午後の試験も終わる頃には校舎の外に父親が立っていた。お互いに挨拶をすると何も言うこともなく横浜、二子俣川を経た。塾に報告に行こうとすると父親は「一人で行きな」と言ったのみで私は首を傾げながら塾に入った。結局この日は塾で先生から応援を貰うだけだった。
家に到着し私は肺に一握りの空気を固めて母親に切り出した。
「結果は?」
「まだ見てない。パソコン今から開くね。」
パソコンを開いて一気に1日目の学校のホームページを閲覧した。受験番号が印字された紙を丁寧に扱いながらスクロールを始めた。
「あ、ダメだったか。」
午前の学校は見事に落とし、現段階で残ったのは午後に受けた一校のみだ。これにより、第二志望へのハードルもリスクも上昇した。なのに私は涙も叫びもせずに冷静に頷いた。普段から興奮しやすいタイプと評される自分の姿はなかった。そのあと食べた味噌汁を飲んでも肉じゃがを食べてもおかわりをしても表情は変化しなかった。結局諦めてこたつに足を入れて体を倒した。気がついたら23時を迎えていた。明日の志望校に気がついたのはこの時だった。その名も芦野学園。神奈川御三家の一人であり自分にとっての第一志望校だ。




