血路を越えて 安くない誇りの代償
エルフの森を抜けて三日目。グリードとクレイグの体力は限界に達していた。
「ぜぇ……ぜぇ……おい……クレイグ……今どこらへんだ? 」
「ふぅ……ふぅ……グリード……まだ喋れる元気が……あるのですか……」
──ギャギャギャギャ!
──グルルルルルル
──ヒャヒャヒャヒャ
彼らは今、良所が居る森を移動している。それも無数の魔物を伴って。
「こいつら……いくらなんでも……湧きすぎだろ……」
「……喋るな……グリード……無駄に体力を……消費して……しまう」
──グルルルァ!
「ちっ! 」
──ベギャ
エルフの森を抜けてから彼らは一睡もしていない状態が続いていた。
文字通り寝る暇も無い強行軍を強いられていたのだ。
平原ではオークやワーウルフ、それに小型の飛竜までが彼らに昼夜問わず襲い掛かる。
旧ベルーラ・ウィリアム領に接するドラグーン山脈の山路では無限に湧きだすストーンゴーレムに行く手を遮られた。
それでもグリードとクレイグは乗り越えた。そして漸く良所の居る森までやってきたのだが。
トドメと言うべきか、手付かずの魔の森西部には、いままで遭遇してきたどの魔物達よりも強力なものばかりが襲い掛かってきたのだ。
「くそったれがぁああああああ! 」
──グギャァアアアアア
「そこをどきなさい! 」
──ギャッギャアァア
それでも決してあきらめる事無く走り続けるグリードとクレイグ。
遮る魔物を次々と切り裂き、潰し、血路を開いて森の家を目指す。
そんな過酷な状況で深い魔の森を移動する二人だが、迷わずに真っ直ぐ森の家に向かっている。
出発前にソフィアから渡された良所お手製の【ジャージセット】によるものだ。
ぼんやりではあるが、着用していると良所の位置がわかるのである。
「へっ……ナイトの……にーちゃんが創ってくれたっていう……コイツのおかげで……迷わずに済んでるのが……唯一の……救いだな……」
「喋るな……と……言っている……だが……これが……支えになって……いるのも……確かだ」
鎧の下に着こんでいるジャージセットを掴みつつ、二人は心情を吐露する。
グリードのジャージは緑、クレイグは水色だ。
「それに……しても……ナイトのにーちゃん安直すぎだろ……」
「お喋り……聖剣……」
それぞれ白地のTシャツには文字が書かれており、それに対し愚痴をこぼす。
グリードには【酒好きハンマー】そしてクレイグには【お喋り聖剣】の文字が。
「さっさと……起こして……作り直してもらうおぜ……クレイグ……」
「お喋り……聖剣……」
ボロボロになりながら、二人はひたすら森の家を目指しひた走るのであった。
◇
──グルァアアアアアアアアアア! (どうしたグリム。貴様の力はその程度か! )
──ゴォガァアアアアアアアア! (だまれおいぼれ! 勝負はこれからだ! )
ドラグーン山脈奥地では、代替えの儀と言う名の一騎打ちが続く。
光白竜の強力な魔力と膂力は狂黒竜を終始圧倒していた。
(おいジーク、もっと心を同調させろ! 今の貴様は雑念の塊になっているぞ! )
心の中で黒竜がジークフリードへ叱咤する。今までに一度もこの様な事はなかったのだが。
(あの……光白竜を倒せば……ベリア、基、シャルロットは私と共に暮らせるようになる……はず! なんという夢の様な……いや、まて。たしかシャルロットはあの光白竜を父上と呼んでいたな……つまりそれは私の父上と言う事にもなる。父上に手をかけるのは騎士道にも反する所業。いや、だがしかし……)
(たわけが! 別に光白竜を殺さなくても良いのだ! さっさと心を落ち着かせ同調しろジークフリード! )
黒竜の懇願に近い心の叫びは、ジークフリードに活路を見いださせるに至った。
(それを早く言わぬか黒竜よ! つまり力で認めさせれば良いのではないか! )
力で相手をねじ伏せる。同じ思いを抱いた瞬間、魔力が高まり、かつて邪竜を屠った時と同じ姿になった。
体躯は巨大な光白竜と同等となり、魔力もそれにあわせて増幅していく。
──グルルルルル(漸く本気になったと言う事かグリムよ)
──グォァアアアアアアアアア! (今の私はグリムではない。名も無き一匹の狂黒竜だ! )
二匹の竜は互いの体を切り裂き、牙を立て、血まみれになっていった。
それらを見ていたライラはさすがに不味いと思い、ベリアへ二匹を止める様に再度願い出る。
「ベリアちゃん、もう十分でしょ!? あの二人を止めて! 」
『ベリアちゃん!? んん、まぁ中々良い響きだからそれは許す。でもなねーちゃん、あの二人は止めてはいけないのだ』
「なぜ!? 」
『竜とは誇り高き生き物でな。一度戦に赴けば本人達以外にそれを止める事は許されぬのだ』
「そ、そんな……」
『そもそもねーちゃん達は何しにここへ来たのだ? 』
「私達は古龍の涙をもらいに来ただけなの」
『そりゃ増々止められないわ。良いかねーちゃん、古龍の涙ってのは当代の竜王が挑戦者に敗れた時にしか流れない悔し涙なのだぞ? 』
「他に方法は無いの? このままだと二人は……」
『うーん、あ、一つだけあるぞ』
一つだけある。そう言われたライラは固唾を飲んで言葉を待った。
『アタシと勝負してアタシに勝ったら古龍の涙は手に入る』
「なっ!? 」
『さぁどーするねーちゃん? アタシはどっちでも良いぞ。というか、二人の戦いを見て滾ってきたので……強制的に勝負させるがな! 』
言葉を発したベリアは、小さな体とは思えない速度でライラとの間合いを詰め殴りかかって行った。
「ばっ」
間一髪で避けるライラ。同時に元いた大地が爆ぜる。間違いなく人外の一撃だ。
『へへっ。ねーちゃん少しはできるみたいだな。そりゃ楽しみってもんだ! 』
「ベリアちゃん止めて! この戦いに意味は無いわ! 」
『はぁ? 意味が無いだと? 賢しげにいってくれる。お前達が望んだ物はいわば竜の誇りだぞ? 随分と安く見られたものだ。お前達が望んだ物の大きさを実感させてやるよ! 』
ライラは紙一重の所で攻撃をかわし続ける。だが、ベリアに対して反撃を加える気にはなれないでいた。
『おいねーちゃんよ。反撃しないってのはどーいう事だ? なめているのか? それとも遊び半分で古龍の涙を手に入れようとしていたのか? だったらアタシはおねーちゃんを許さない。代償としてその命をもらうよ! 』
「遊び……半分……ですって? そんなわけないじゃない……私は愛する人を助ける為にここへ来たの。わかったわ……だったら全力で貴方を倒します」
ライラの体から怒気と覇気がまき散らされる。その姿を見たベリアは喜び口を歪ませた。
『そうこなくっちゃ! さぁ楽しもうぜねーちゃんよ! 』
「ライラ・フリージュア。参ります」
◇
良所の気配が色濃く感じられ、二人はあと少しで森の家にたどり着く場所まで来ていた。あと少しだ、そう思ってしまった。
その少しの油断が、窮地へと誘っていく。
「グリード避けろぉおおお」
「なんだとっ──」
見たことも無い巨大な熊が森の影から湧き出でて来たのだ。そして死角からグリードへ必殺の一撃を繰り出す。
巨躯なグリードが宙に舞い、周囲に鮮血の雨が降る。
「ちっ……油断したか……おい……クレイグ……葉を持って……先に……いけ! 」
致命打にはいたらなかったが、とても動ける状態ではなく、クレイグへ使命を果せと告げるグリード。
──ガガガアアアアアアアア!
そんな事お構いなしにシャドーベアが二人へ襲い掛かる。
万全の状態ならなんとか屠れる魔物であったが、この遭遇は満身創痍な二人にとって絶望に近い。
クレイグは無数の斬撃を放ち、シャドーベアを引き下がらせるが決定打を打てるほど余力がなかった。
「そうしたいのは……山々ですが……そうはさせてくれない様ですので……お断りします……」
「くそがっ……面倒をかける……済まないクレイグ……」
互いに悪態を吐きつつ、どうにか現状を打破しようとした時、絶望的な光景が眼前に広がった。
──グルルルル
──グルルルル
──グルルルル
──グルルルル
「冗談……だろ…‥」
「これはまた……」
彼ら二人の前には無数のシャドーベアが湧き出てきたのだ。
(さすがにこれは無理か……すまねぇお嬢……約束守れなかった……)
(一匹でも多く討ち取って……許してもらう他なさそうですね……)
粗諦めかけていた二人に聞き覚えのあるカミナリの様な声がこだました。
「ガキ共よくやった! ここは俺にまかせてさっさと家に帰りな! 」
振り返ると見慣れすぎた壮年の巨躯な男がニカっと笑って仁王立ちしている。
「親父ぃ! 」「オースロック殿ぉ! 」
「さてそこの熊共。よくもまぁ弱ったガキ共をいじめてくれたな? おまえら全員今晩の夕食にしてやるから覚悟しろ! 」




