道程
──あのね、でぃあーる。ここはうみとおやましかないよー?
──そうだねシェル。ここエレーファにあるのは広大な海と荒野と山だけだね
──シェルはさみしいの
──このままだとさみしいね。シェルはここエレーファをどうしたい?
──うんとね、いっぱいのきがあってかわがながれて……おともだちがいっぱいいるおうちにしたい!
──それは良い考えだね。じゃあこの種にシェルの願いをありったけ注いで大地に植えてごらん?
──わかったなの! えれーふぁがあったかくてやさしさにあふれるおうちになりますように
◇
「グリードさんにクレイグさん、道中気を付けて! 」
「では御免」
大空に舞う黒竜。目指すは古龍が住まうドラグーン山脈。
そんな彼らへ手を大きく振り、感謝を叫ぶグリードとクレイグの姿があった。
「ジークにライラ。送ってくれてありがとな! 」
「送迎感謝します。二人とも御武運を」
グリードとクレイグはジークフリードの黒竜にてエルフの森の入り口までたどり着いていた。
さすがに空を高速で移動しただけあって、一日もかからず到着した次第である。
「たしか森の入り口にはエルフの番人がいるはずだよなぁ? 」
「森にはこれといって異変は無さそうです。もう少し奥へ行ってみましょう」
広大なエルフの森は日中にも関わらず薄暗い。それほど木々が密集している特異な森だ。
その様な森の中でも難なく行動できるグリードとクレイグ。
彼らは日々の鍛錬の他、夜間行軍訓練等で夜目が効く様になっているからだ。
ある程度森を進むと違和感を感じる場所へたどり着いた。
あいかわらず木々が密集しているのだが、眼前に広がる森が蛍の様にキラキラと光る。
「クレイグ、ここが結界の境か? 」
「みたいですね」
「だけどよぉ、勝手に踏み入れるわけにはいかねぇよなぁ? 」
「ですね。しばらく待ちましょうか」
エルフの結界だと認識した二人は結界を守るエルフの番人を待つことにした。
◇
「ニューワルド、余らが留守中くれぐれも奸臣共に後れをとるではないぞ」
「当然です父上」
「うむ。それでは参ろうかのう。ヘルダー長官よ、出陣じゃ! 」
「ははっ」
ラドルア帝国帝都から約一千の異様な騎兵軍団が出発していった。
彼らの兵装は全て漆黒。そう、ヘルダー元帥直属の精鋭部隊である。
先頭を走るは当然ヘルダー元帥だが、その隣を難なく並走する老体の姿があった。
彼は馬に乗っているわけではない。彼が乗っているのは宙を舞う絨毯である。
「相変わらずデタラメですねその絨毯……このスピリーアは一応魔獣の類なんですが……」
ヘルダー元帥が呆れながら呟く。ヘルダーを初め、騎兵部隊の全員が普通の馬に乗っていない。
彼らが乗るスピリーアの外見は馬なのだが、魔獣であり、その速度や体力は並の馬の倍以上になる。
そんなスピリーアの速度に難なく付いてくる魔法の絨毯。その規格外の性能にヘルダーは呆れているのだ。
「ふぉっふぉっふぉ。伊達に魔導を極めておらぬわ。このウィンデルを操れるのはエレーファ広しと言えど余のみじゃて。ふぉっふぉっふぉっふぉ」
(そんなデタラメな魔道具を万人が操れますか! まったくディオールド上皇陛下は……)
ディオールドとヘルダーが目指す先はインティアーナ魔導国であった。
ラドルア帝国から粗真南に位置する閉ざされた国インティアーナ。人口は少なく、国力も帝国や王国に比べ、圧倒的に少ない。だが、誰も彼も手だしが出来ない不思議な国である。
その理由は圧倒的な魔導士の数である。人口のほとんど、否、全員が強力な魔導を習得しており、戦端を開けば間違いなく甚大な被害がでるからだ。
そんな危険が孕むインティアーナへ赴くのには理由があった。
「それよりも急ぐぞヘルダー。目的は愛する者の血の雫一滴。インティアーナ魔導国に存在する秘宝の一つじゃて」
「上皇陛下、その血の雫は本当に魔導国にあるのでしょうか? 」
「ある。余が若かりし頃、実物を見たことがある」
(まさか女神のお告げにある品の一つとは思いもしなんだ。聞いた時には耳を疑った程じゃ)
「それはつまり……あの大魔導士が……」
「そうじゃ。余のかつての師匠であり、恩人であり……失った友の仇がソレを余に見せたことがある。二度とまみえる事なぞ無いと思っておったが、奇縁じゃわい! 」
「大魔導士インティアーナ……」
かつて帝国は邪神アークの呪いによってエルフの森を探索した経緯があり、道中にあるインティアーナ魔導国へ戦を仕掛けた過去がある。
結果、一人の大魔導士により軍隊は全滅。その脅威に対し、帝国は代々帝室より人質を出すことによって和平を結ぶにいたった。
ディオールドが幼少期にインティアーナ魔導国へ赴いたのも人質としてである。
「ヘルダーよ別に戦を仕掛けにいくわけではないのじゃ……話がこじれたらそれまでじゃがな」
「上皇陛下……」
「余は二度も友を失うわけにはいかないのじゃ」
決意を胸に秘めたディオールドの眼前に、国境である魔導の塔が姿を現してきた。
◇
「ジーク……話には聞いたことがあったけど……凄い数のドラゴンがいるのね」
「心配は要らない。全て黒竜が話をつけてくれる」
ジークフリードとライラを乗せ宙を舞う黒竜の前に、無数の飛竜が待ち受けていた。
──グルルルルルルル
──グゥガァアア!
威嚇の様な声を出す黒竜に対し、無数の飛竜は戦闘態勢を取り始める。
「ねぇジーク。あれって戦闘態勢よね? いくらなんでもあの数が一斉に攻撃してきたらひとたまりも無いわよ」
「……黒竜」
ジークフリードの声に反応した黒竜は鋭い眼光を無数の飛竜へと向け──
──ゴガァアアアアアアアアアアアアアア
口から大火炎を放った。
あまりの威力に、無数の飛竜はドラグーン山脈の奥へと逃げ帰って行く。
「……話はついたようだ。先へ進もう」
「ジークに黒竜……貴方達、思った以上に不器用なのね……」
「グルルルルルル」
「……まぁいいわ。先へ進みましょう」
二人を乗せた黒竜はドラグーン山脈の奥地へと翼をはためかせる。
◇
「ソフィよ……其方誠に氷結の大地へ向かうのか? 」
「はい。ホールデン小父様」
「うむむむむ」
港町ソローの城塞でバルバロス・ホールデン辺境伯とソフィアが問答をしている。
互いに一歩も譲らない為、室内には異様な雰囲気に包まれていた。
大事な親友の孫娘が今まで誰一人帰ってきたことの無い氷結の大地へ赴く。その事を聞いたバルバロスは必死にソフィアを止めているのだが。
「無理は承知です」
「だがな、そもそも氷結の大地は伝説の様なもの。そこを目指した者は数多に上るが、誰一人帰ってこぬのだぞ? 」
「小父様これを」
ソフィアはライラから預かった氷の羅針盤をバルバロスへ渡して見せた。
「これは……ソフィよ、これをどこで手に入れたのじゃ? 」
様々な海を制してきたバルバロス。その航海によって色々な伝説や逸話、秘宝の話も聞いてきた。
その中の一つに氷結の大地へ向かうには氷の羅針盤が必須との逸話が思い出される。
「ラドルア帝国の最北にある港町フリージュア、そこで古くからあったとされる祠に安置されていたと聞いています」
「なるほど。ではソフィよ、これから言う事をしっかりと聞くのだ。そして判断しろ」
「其方が氷結の大地へ向かうにあたって、道中や帰路で様々な困難が待ち受けるであろう」
「はい」
「もし船員や儂が死しても、その屍を乗り越えていく覚悟はあるか? 」
「……」
「たった一人になったとしても、其方の目的を成就させる勇気はあるか? 」
「……」
長い沈黙の後、瞑っていた目をゆっくりと開き、ソフィアは揺るぎない決意を口にする。
「愛する人を救えず後悔するより、私はこの手で未来を切り開きたい。ナイトは当然だが、ホールデン小父様や船員も含めて必ず救い、守り通します。何かを欲して何かを差し出す程私は無欲ではありません。強欲な夫に嫁いだ私は強欲なのです」
そう言い切るソフィアを目にしたバルバロスは、戦場で瀕死の己を助けた親友が重なり映るのを見た。
──なぁバルバロス、俺は全部が欲しいんだ。ミルレードの笑顔も、陽気なお前の笑い顔も。お前は分かってくれるかい?
「だっはっはっは! 誠そっくりに育ちおったのぅ! それでこそウィリアムズの孫じゃ。宜しい、では行くとしようか、未開の土地、氷結の大地へとな! 」
「はい! 」
『あい! 』
「グォン! 」
その日の夜、ソフィア一行は港町ソローを出航した。氷結の大地を目指して。




