フリージュア家の人々 その参
「お爺さんは今でも健在なのですか? 」
今思えば無粋な発言だった。俺は笑顔で答えるライラさんへ話に出てきたお爺さんの現在についてきいてしまったんだ。
笑顔だった彼女の表情は陰り、押し黙ってしまった。
静まる室内。その空気を和らげるように母親のレイラさんが話を続けた。
ライラの素質を大いに喜んだドレークは本格的に騎士として育てていく事を決めた。
彼女は大好きな祖父の期待に応えるべくいついかなる時も弱音を吐かず、真っ直ぐ騎士道を歩む。
十歳で騎士団へ入団し、十二歳の時には王国との会戦に参加していた。
戦場でも武勲を重ねた彼女は祖父の仲介を経て猛将ヘルダー元帥の元へ。さらに高みを目指し始める。
勇名を馳せていくライラの姿に父や祖父は大いに喜ぶのだが、正妻であるエレーラやその子供等は面白い筈は無く溝が深まっていく。
そしてライラが成人した十五の時、祖父ドレークが病に倒れた。
家族や親族が全員集まる臨終時にドレークが残した遺言が決定的な亀裂を残す結果となる。
なんとドレークは息子ドミニクが亡くなった後はフリージュア家の後継としてライラを指名したのだ。
それだけではない。万が一お家騒動が起きた場合を考え、遺言状を自身が所有していた宝剣と共にヘルダー元帥へ預ける徹底ぶりである。
ドレークの死後当然面白くない正妻エレーラ達はレイラ・ライラ親子を冷遇しはじめる。
ライラは次期当主として当然抗議しようとした。
だが常にヘルダーと共に戦場へ出向く彼女は、普段実母のレイラと離れてしまっている為おいそれと抗議が出来ない。
父ドミニクへ手紙にて母の保護を訴えるのが関の山だった。
その結果レイラは本邸から避難と言う名の追い出しを受け、今に至るということだった。
「そういう事で今に至りますわ」
苦笑いを浮かべながら話を締めくくるレイラ。
つまり正妻との確執が原因と言うわけだ。ドロドロした人間関係は気持ちの良いものではない。当事者なら尚更だ。
「レイラさん。それにライラ。思い出したくない事を詮索した俺を許してくれ」
他人の俺が踏み込んではいけない。そう自覚した俺は謝罪する。
そんな俺にレイラさんはやさしい表情を浮かべライラさんに話しかける。
「ライラ。貴方本当に良き殿方を見つけて来たのですね。直に非を認め謝罪出来る殿方は中々いるものではありません。母さんちょっとうらやましいわ」
「うらやましいってお母様……まさか、ナイト様を!? 」
「おかしな子ですね。変な考えをするものではありませんよ? 」
「うぅ……」
レイラさんにからかわれた事が解ったライラさん。暗い表情はどこかへ吹っ飛び、窓から射す夕日の光みたいに真っ赤になった。
空気の和らいだ室内で談笑を始めた俺達。その時不意に扉を叩かれた音が響く。
「奥様、お嬢様。御屋形様がお帰りになりましてお呼びで御座います。本邸までお越しください」
メイドのリーシャがそう告げる。
「出来れば行きたくはないのだけれど……」
先程まで気丈にふるまっていたレイラが思わず本音を吐露した。その悲痛な表情によっぽどの仕打ちを日頃から受けているのが伺える。
「でも仕方ないわね。ライラがナイト様を紹介しなければならないのに母親の私が逃げるなんてできないわ」
「お母様……」
苦しみに耐えている健気な二人の姿を見て、俺は守りたいって思った。とにかく守ろう、そう決めたんだ。
そうして俺達は本邸へと向かった。
◇
本邸に向かった俺達はそのままフリージュア家の晩餐へ参加する事に。
貴族の屋敷に相応しい大きなテーブルには様々な料理が並ぶ。
上座には当主のドミニクが座り、その右隣りにはライラさんが、そして左隣には正妻エレーラが座る。
エレーラ側の席には長女ミレーネ、そして次女ベレールが着座し対面の席には俺が座っていた。
そしてなぜかレイラさんは末席に置かれ、ライラや俺達以外の人間はその存在があたかも無い様な振舞いをしていた。
なるほどね……こりゃひどい。行きたくないって言うはずだわ。
普段屋敷に居ないライラはこの状態を初めて知り、怒りの表情を浮かべ父ドミニクへ怒声を発しようとしたんだけど俺が視線で制した。
なぜだって表情を浮かべてたライラにレイラさんへ視線を向けろって目で合図した。
そこにあった表情を見てライラは押し黙る。
レイラの表情はこんな状況でも穏やかな笑顔で俺達だけを見ていたんだ。辛い状況でも只々娘の幸せを願っている強い母の姿がそこにあった。
この様な状況でもお構いなしに晩餐は始まる。
まず当主のドミニクが口を開いた。
「今日は日頃フリージュア家の為に奔走しているライラが戻ってきた良き日だ。まずは乾杯をさせて頂く。乾杯──」
──乾杯
乾杯の音頭を取り終えると、ドミニクはさっそくライラへ話かける。
「ライラよ、お前が今日連れて来た御客人をさっそく紹介してもらえるか? 」
ライラはその問いに頷くと俺を紹介し始めた。
「こちらは本日お連れしましたナイト様です。大変お世話になっている方なのお父様」
そう紹介された俺は礼儀正しく挨拶をする。
「ご紹介に預かりました、キドナイトと申します。何分若輩の身にて非礼は容赦頂きたく思います」
「ほう。中々礼儀のしっかりしている方の様だな。私はフリージュア家当主ドミニク・フリージュア伯爵だ。ナイト殿と申したか、今後とも宜しくお願いする」
それからドミニクは自分達家族の紹介を始めた。
正妻から長女次女と紹介が済み、最後にレイラさんの紹介を始めようとした時それを遮る様に正妻のエレーラが口を挟んだ。
「アレは側室のレイラですわ。フリージュア家には縁が薄い方なので気になさらなくても宜しいですの」
エレーラに続き長女ミレーネと次女ベレーラが喋りだす。
「ナイト様のご出身はどこになりますの? きっと爵位も高いのでしょう? 」
「そうですわ姉様。すごく珍しいお召し物を着ていらっしゃいますし、どちらの領地をお持ちなのです? 」
なんだコイツらは。レイラさんを蔑ろにする態度もそうだが、初対面の客人に対して聞く質問じゃねーだろ。
不機嫌になりつつある俺の表情を見て、レイラの件でも怒り心頭なライラさんはさすがに怒り始めた。
「エレーラ義母様。それにミレーネ・ベレール義姉様達、いい加減にしてください。レイラお母様に対しても、ナイト様に対しても無礼ではありませんか! 」
そう一喝するライラさんに対し、薄ら笑いを浮かべる正妻親子。
「あらあら。みっともなく声を荒げて……側室の子はやはり側室の子。血は争えないわね」
「お母様まったくですわ。こんな方が次期当主などとは……フリージュア家もお終いですわ」
「ライラ。姉である私達はおろか現当主の正室であるお母様になんて口の利き方をするの? 」
罵詈雑言の嵐である。それにしても当主のドミニクさんはなぜ止めようとしないのだ?
そう思っているとライラさんがいきなり席を立つ。
自分だけではなく実の母まで愚弄されたライラさんは、帯刀していた剣を抜きにかかったのだ。
「貴方達、覚悟は──」
「ライラ! 」
俺はライラさんへピンポイントに覇気を飛ばし制止させると、席を立ち晩餐に参加している当主と正妻一家に向け殺意を込めて演説しはじめた。
さすがにやりすぎだよこの一家。
「あのさ。さっきから黙って聞いてれば調子に乗りすぎなんだよお宅ら」
「貴様フリージュア家を愚弄するつもりか!? 」
ここで漸く当主ドミニクが口を開いた。それも自分の家族へ叱責するでもなく客人の俺に対して。
「黙れ」
ありったけの殺意をドミニクへ飛ばす。同時に彼は白目を剥きながら泡を吹いて失神した。
──ヒッ
他の家族たちもあまりの殺気に怯えだすが、俺はそんなものはお構いなしに話続けた。
「お前らよく聞けよ? 俺は家の事情なんざどうでもいいんだ。だけどな、俺が大切にしたいと思っている人やその家族が辛い思いをしてるのは許せないんだよ」
正妻や姉妹たちは顔を真っ青にして震えている。話聞いてないなコイツら。
「この先ライラやレイラさんに危害を加えようとするならお前らは俺の敵だ。俺は敵には容赦しないし許しもしない。話はそれだけだ」
俺はそう告げるとシェルを肩に乗せ、ライラとレイラさんを伴って別邸へと向かった。




