フリージュア家の人々 その弐
挨拶を済ませ一通り会話を楽しんだ俺達はレイラの先導で本邸を離れ、歩いてニ、三分の所にある別の屋敷に移動した。
別邸は本邸と比べこじんまりとした簡素な屋敷。
それを見て俺は急な来客用の宿泊施設だと思い、レイラさん親子に尋ねてみたんだ。
「さすが立派な港町の領主ですね。ここは来客用の別邸ですか? 」
俺の言葉を受けて何故か悲しい表情を浮かべるライラさん。あれ? 不味い事言っちゃったのかな?
そんな俺達を見てレイラさんは苦笑しながら話してくれた。
「うふふ。ナイト様が勘違いされるのも無理はないわ。あのね、ここが私達親子の住むお家なの」
え? さっきまで居た巨大な本邸に住んでいるのではなくここに?
困惑する俺にレイラさんは話続ける。
「狭いかもしれませんがどうぞ中へ。ナイト様やシェルちゃんを歓迎いたしますわ」
「あ、ありがとうございます。お邪魔します」
『あい! おじゃましますなの! 』
俺は中に入ってまず間取りに驚く。一階は簡素な台所と食事をする為のテーブルしかなく、二階には二つのベッドと衣装が収納してある箪笥のみ。
どういう事なんだこれは……
一通り案内された後、二つしかないテーブルにある椅子へ座る様言われたのだが俺は断った。
「レイラさん達で座ってください。申し訳ないのですがシェルを膝の上にのせて頂けるとありがたいです」
俺は遠慮してそう言うが、レイラさんは毅然とした態度で断りを入れてきた。
「ナイト様。フリージュア家はお客様を立たせたまま会話をする事等出来ません。お気遣い無くお座りください」
いやいや。気を遣うってそりゃこっちもですよ。それよりもこの状況は一体なんなのか知りたい。とりあえず俺が座る椅子を創って話を聞くか。
そう思った俺は二人に断りを入れる。
「とにかく座ってください。それとここにもう一つ椅子をだしてよろしいですか? 」
「え……それは今から作るという事ですか? 」
困惑するレイラさん。ライラさんは何かを悟ったらしく俺とレイラさんへ話しかけてきた。
「ナイト様大丈夫ですよ。それとお母様、少々驚くかもしれませんがナイト様と言う事で納得してください」
ライラは笑顔で母親に語り掛ける。
「えっ──」
レイラが何か言いかけた時には新しい椅子が創られていた。
「まぁ! ナイト様は魔導士様だったのね! 」
まるで子供の様にはしゃぐレイラさん。やばい。本格的にカワイイと思ってしまった。いかん、相手は人妻相手は人妻……鎮まれ俺の中の獣よ!
「あ、はい。似たようなものなので否定はしません」
ややこしくなるので適当に返事をし皆を席に着せる。そして俺はさっそく事情を聞いた。
「部外者がどうこう言うのは失礼かと思いますが……宜しければ聞かせてくれませんか? この境遇は一体──」
「事情を話すのは構わないですけれど……楽しくはないですし、長話になりますよ? 」
「構いません」
俺とレイラさんのやり取りを聞きながら、ライラさんは暗い表情で黙ったままテーブルを見つめる。
レイラさんの話によるとこうだ。
ライラさんの実父で領主のドミニク・フリージュアは正室としてエレーラという婦人を迎い入れた。
正室との間に二人の子を成すもどちらも女子。
中々男子が生まれない事にドミニクの父ドレークが側室をと見合いを勧める。
そこで紹介されたのがレイラさんだった。
ドミニクは容姿端麗で性格の良いレイラさんをいたく気に入りすぐに子を儲ける。
そして生まれたのがライラさん。
またしても女子の誕生にいたく落胆したドミニクとドレークだったが、ライラさんは大のおじいちゃん子に成長し、常にドレークの側に居るようになった。
ドレークは自身に懐かない正室の孫達より慕ってくれるライラを溺愛しはじめる。
勇名を馳せる立派な武人であったドレークは日々の鍛錬を欠かさない。そんな祖父の日常を嬉しそうに見続けたライラさんはいつのまにか祖父の真似をするように。
真似事とはいえ鍛錬は危険を伴う。当初ドレークはライラの行動を諫めたが、彼女は止める事は無かった。
そしてライラさんの年が五歳になる頃、ドレークはある事に気付き歓喜する。
──
───
────
「ライラよ、其方も大分型が出来て来た様じゃな。そろそろ実戦形式の稽古をつけても怪我はせんじゃろ。どうじゃ? 儂と打ち合いの稽古をしてみるか? 」
「おじいさまほんとうですか! らいらはやってみたいです! 」
「ふぉっふぉっふぉ。ライラよ、心は常に冷静にと申しておるじゃろ」
「あっ。ごめんなさいおじいさま……」
「よいよい。ライラは賢いでな、忘れていなければ大丈夫じゃ」
「はいっ! 」
互いに向き合い剣を構える。先程まではしゃいでいた面影は一切無くなっていた。
「はじめっ! 」
ドレークの号令を切っ掛けにライラは素早く間合いを詰め、教えられた通りの型で一つ二つと切りかかる。
その所作はとても五歳には見えないものだった。
──大したものじゃ。これほど正確な打ち込みは騎士団でも数えるぐらいしかおらん。剣戟の重さを除けば見習い騎士なぞとっくに追い抜いておる
ドレークは予想以上の出来に関心しながらライラの攻撃をいなす。
「ほれほれ。ライラよ型は素晴らしいが足元が留守じゃぞ」
彼は攻撃をかわしつつ剣の腹でライラの足を軽く叩く。必然的に態勢を崩しそうになるライラだったが、自身の剣を地に刺しクルっと回って持ち直した。
──ほう。転びもせず且つ相手に隙を見せない様に立て直したか。さすが儂の孫じゃな!
改めて関心しつつ間を開けたライラを見つめる。だが次の瞬間予想外の事が彼を驚愕させた。
「おじいさまはほんとうにつよい! 」
「ふぉっふぉっふぉ。ライラも鍛錬を続ければ強くなれる──」
「だかららいらはおじいさまをこえたい! 」
自分を超えたいと言う孫の言葉にも驚いたのだが、それよりも孫から放たれる闘気と殺気に驚愕した。
──な、なんじゃ!? これほどの闘気と殺気……数多の戦場を駆けた儂にも経験が無いぞ
ドレークは本能的に身構える。ライラの有り様は戦場で鍛え上げられた戦士のそれであった。
「いきますっ! 」
ライラがそう言い放つと、先程までとは比べ物にならない重さと速度で連撃を放ってきた。
「ぐっ」
思わずドレークの声が漏れる。だが彼も百戦錬磨の武人であり、すぐさま剣戟の速度に対応した。
そして彼は思った。この湧き上がる気持ちは一体なんなのだろうと。
孫の成長に対する驚愕? それとも……いや違う。
──強き者の出現に儂自身が歓喜しておったのか!
自身の気持ちに気付いたドレークはニヤリと笑い、ライラへ激を飛ばした。
「ライラ! もっとお主の本気を見せよ。少しでも油断したらその首が飛ぶぞ! 」
「はいっ! おじいさまいきますっ! 」
それから打ち合う事数十合、必死に打ち込むライラだったが限界がきた。それでも五歳児がここまで打ち合った事は驚嘆に値するものだった。
剣の速度と重さが鈍った事をドレークは見逃さなかった。
「今日はこれまでじゃ! 」
そう言うと渾身の一撃をライラの剣へと放つ。ライラの剣はその手を離れ遥か後方へと飛び大地へ突き刺さる。
「まいりました……おじいさま……」
へたり込む孫を見て少々度が過ぎたと反省しつつ、ドレークは武人としての教えを語り始めた。
「よいかライラよ。どんな状況であっても決して剣を離すな。剣を離してしまったら騎士として終わりじゃ」
「そんな……らいらはけんをはなしてしまいました……」
「ふぉっふぉっふぉ。案ずるなライラ。其方の心の話じゃよ。お主の心はもう剣を握りたくないと思っておるのか? 」
そう諭されたライラは暗い表情をパーッと明るくさせ笑顔で答えた。
「おもってません! わたしはおじいさまのようにりっぱなきしになります! 」
「よくぞ申した。さすが儂の孫よ! ふぉっふぉっふぉ。そろそろ食事の時間じゃて、水浴びを済ませたら館へ帰るぞ」
「はいっ! 」
──
───
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俺はライラさんが凄腕の剣士になった経緯を聞けてちょっとほっこりした。なるほどね、あの強さの秘密は爺様の影響だったのか。
レイラさんの話はまだ途中だったのだが、思わずライラさんへ聞いちゃった。
「ライラさんておじいちゃん大好きっ子だったんだね」
それを聞いたライラさんは暗い表情を明るく変え笑顔で答えた。
「はいっ。今でも大好きですよ」




