フリージュア家の人々 その壱
手入れの行き届いた広大な庭園を抜けると、外から見えた立派な屋敷が眼前に現れる。
玄関前にてメイドらしき人物が俺達を迎えてくれた。
「お帰りなさいませライラお嬢様」
「リーシャ久しぶりね。何か変わった事はあった? 」
「それが……あ、いえ。別段変わった事はありません」
何か言いたげなメイドのリーシャだが、ライラは何かを悟ったようで溜息をつくと語りだす。
「はぁ……相変わらずってことからしら? リーシャ、気苦労掛けて本当にごめんなさいね」
「と、とんでもない。レイラ様やライラお嬢様には兄共々お世話になっておりますから」
「ありがとう。今日は大切な方々を連れてきてるから客間まで案内して──」
案内してくれるかしら。そう言いかけたライラだが、屋敷内から現れた人物によって言葉を遮られる。
「リーシャ! なにをぼーっとしているのです。御客人がいらしたらすぐ客間へご案内しなさい……あら? まぁまぁ! ライラさんではないの。お久しぶりねぇ、何しにいらしたのかしら? 」
突然現れたご婦人によって、ほのぼのとした空気が一変した。叱責を受けたリーシャは委縮し、ライラは表情を無くす。
「お久しぶりですエレーラお義母様。大切なお客様が所用にてここフリージュアにいらしたので、是非挨拶をと立ち寄ったのですが」
口調は丁寧で穏やかなのだが、空気は張り詰めとても親子の会話とは思えなかった。
「あらそうなの? それにしても貴方……軍隊に所属していると口調まで男勝りになるものなのねぇ。とてもフリージュア家の令嬢とは思えないわ」
この人母親じゃないのか? 令嬢って他人事みたいじゃないか。しかも色々とライラさんを侮蔑しやがる。
「お義母様……今の発言は正式に侮辱されたと受け取ってもよろしいですか? 」
おいおいライラさん。殺気もれてますよ! 一体どういう事なの!? 貴方達家族ですよね?
「あらあら。ただの軽い挨拶じゃない。本当に余裕の無い子よねぇ。誰に似たのかしら」
一触即発。どちらも引かないこの状況。さていかがしたものか。
俺が思案に暮れていると、メイドのリーシャさんが怯えながら口を開いた。
「あ、あの。奥様、お嬢様。御客様を玄関口で待たせるのは失礼かと存じます……」
婦人がその言葉にいち早く反応した。
「メイドごときが差し出口を言わないで頂戴! わたくしは出かけますので後は適当に応対しなさい」
「ひっ。申し訳ありません奥様」
婦人はまたも叱責すると、俺達など目もくれず不機嫌なまま外出していった。
「ライラさん。一体あの美人な方はなんなの? 物凄く傲慢な人みたいでしたけど」
「……ナイト様申し訳ありません。話は客間でしますので屋敷の中へお入りください。リーシャも中へ入りましょう」
叱責されて涙目になるリーシャさんをライラさんは慰めつつ俺達を屋敷へ招いた。
──
───
────
「なるほどね。実母ではないのか」
『ないとー。じつぼってなに? 』
「家族なんだけど自分を生んでくれたお母さんじゃなくて、義理の母って事かな」
『うー。わかんない! あい! 』
客間にで説明を受けた俺達。そして理解できないシェルは、俺に再度説明を求めていた。
「ナイト様。御使い様に説明してもよろしいですか? 」
「あぁ……説明ヘタですいません。ライラさんお願いできますか? 」
『しぇるはしぇるだよ! らいらおねーちゃん! あい! 』
おおうシェルよ。やっぱり御使い云々って呼ばれるよりシェルって呼ばれたいんだな。
「ナイト様宜しいのでしょうか? 」
「大丈夫だよ。むしろシェルもシェルとかシェルちゃんとか呼ばれた方が嬉しいみたいだし。ついでに俺の呼び方も様付止めて欲しいんだけど」
「それは……いずれ頑張ってみます」
様付止めろと言ったらライラさんの顔が赤くなりましたぞ。どういうことだ?
『らいらおねーちゃん。さっきのおしえて! あい! 』
「わかりました。シェル……ちゃん、例えばですね、ソフィア殿下とナイト……様のお子様が出来るとします」
『うん! 』
「その後に私が……あの……その……なんでもありません」
おいライラさん。赤くなった顔がさらに真っ赤になって説明終わるってどういうことですか!
「シェル。今度うまく説明してあげるからライラさんを許してあげて」
『あい! 』
「……」
俺達のやり取りを聞いていたのか、客間の扉が開かれ先程とは違う婦人が穏やかな笑顔をして入ってきた。
「──相変わらず純粋な子ね」
優しい声で話しかけてくる婦人を見るや、ライラさんは満面の笑みになり席を立って駆け寄る。
「お母様! 」
「ライラ、元気にしてましたか? 母さんは心配で夜も眠れず貴方の帰りを待っていたのですよ? 」
「ごめんなさいお母様……」
ライラさんは婦人に抱き着きながら笑顔のまま涙を零した。今まで見たことない表情に俺は驚きを隠せないでいる。
「うふふ。泣き虫なのは治ってないみたいね。それよりもお客様の前ですよ? 」
「あっ……」
すっかり俺達の存在を忘れていたライラさんは、慌てて涙を拭うと笑顔で婦人を紹介してきた。
「ナイト……様。ご紹介します。私の実母です」
「はじめまして。ナイト様でよろしいでしょうか? 私ライラの母でレイラと申します」
なんて優雅で上品な挨拶なんだ。しかもライラさんに顔がソックリ! 上品に歳を重ねたライラさんて感じだ。やばい。お母さんにドキドキするとかおかしいだろ俺!
「あ、はい。はじめまして。わたくしキド・ナイトと申します。いつもライラさんにはお世話になっております。そしてこちらは──」
『わたしはしぇる! ないとはないと! あい! 』
「はじめましてお二人共。あらなんてかわいいお子様なんでしょう! ライラ。貴方もしかして結婚したのですか!? ナイト様が旦那様でシェルちゃんが子供……あらやだわ、私この年でお祖母ちゃんになるなんて。うふふ」
ライラのお母さん、勘違いから妄想を膨らませてうれしそうにしてる。
「お母様違いますよ! それにお母様はもう三十六歳ではありませんか」
ライラの返事を聞いた時、レイラの目は一瞬見開き座る。だがすぐに笑顔に戻って話をはじめた。
「ライラ……婦人の年齢をあげつらうのはよくありませんよ。それに貴方ももう十八ではありませんか。私がフリージュア家に嫁いだ年齢ですよ? 貴方も結婚して当然の年頃になった事を自覚しなさい」
衝撃的事実が明らかになった。ライラのかーちゃん三十六歳。俺より年下ってどういう事なの!!!!
え? お前昔三十を超えたとかなんとかいってたけど実際何歳かだって? 秘密です。
それとライラまさかの十代とか……どうみても二十代後半の色気でてますよ! おかしい、異世界おかしい。
会話を聞いて色々と混乱している俺を他所に、レイラさんはお構いなしに話を続ける。
「リーシャ、悪いけどお話が長くなりそうだわ。お茶とお菓子を持ってきてくれる? 」
客間の入り口で控えていたリーシャは嬉しそうに返事をすると茶菓子を用意しに部屋を出た。
そして母レイラは俺の隣にライラを座らせると向かいの席へ腰を降ろす。
「さてとライラ。ここ数年数多のお見合いの話を断り続けた理由がナイト様ってことでいいのかしら? 」
なんと。ライラさん数多のお見合いを断り続けていたのか。そりゃこんな美人だもの納得だわ。
「あ、あの……お母様その話は後で……」
なんという事だろう。猛将ヘルダー元帥の側近で聖剣クレイグさんとも渡り合えるあのライラさんがたじたじである。強い、この母さん強い。
「埒があかないわね。それじゃナイト様に尋ねるわね」
「お母様やめ──」
「ナイト様はライラをどうおもっているのかしら──」
「大好きです。はい」
ソフィアから合格をもらっていた為躊躇は全くなかった。わたくしキドナイト、即答でした。
目の前に座るレイラさんは驚き口元を手で押さえる。隣に座るライラさんの表情が見れないのが惜しい。
数秒の沈黙の後、うれしそうにレイラさんは喋りだす。
「うふふ。ライラ貴方、とびっきりの旦那様を見つけてきた様ね? 」
そう言われたライラさんは小さく、そして短い返事をした。
「……はい……お母様」




