狂気の代償は狂気しか無い
夜遅くにベルーラ侯爵達の動きを監視していた俺はある異変に気付いた。
ウィリアム領からなんら変化はなかったのだが、エルフィリア領周辺にある村々から複数の人らしき気配が動くのを感じたんだ。
しかも一部の気配がエルフィリア領内へと向かっている。
こんな深夜に?
そう疑問を感じた俺は対応するべく準備をし始める。
「皆異変が起きた。少数の人の気配がここエルフィリアへ向かってくる。ウィリアム領からの変化は相変わらず無いのだが、この状況はあからさまにおかしい。時間も時間だ。こんな深夜に村人が動き回るか? 」
「たしかにそれはおかしい。ナイト、どう対応する? 」
ソフィアは伊達に軍を率いてはいなかった。状況判断は抜群で次への行動を俺に聞いてきた。
「とりあえずエルフィリア領の西門へ行く。ソフィアはグリード・クレイグを伴って万が一の為に門にて待機してくれ」
「わかった」
「シェルとフェルは俺と一緒に一刻も早く現場に向かう。いくぞ」
『あい! 』
「グォン! 」
指示を出した俺は同化を済ますと、フェルと共に向かってくる気配を目指して全力で駆けだす。
あっというまに門まで着き、警備兵に事情を説明すると領外へと走る。
月が雲で隠れているのでやたらと暗い。
一体何が起きてるんだ?
その答えは気配へたどり着いた時に分かった。
──た、たすけて
村人と思わしき男が必死の形相で俺に助けを求めて来たのだ。
『落ち着け。一体なにがあった? 』
水が入っているコップを創り出して村人に飲ませる。多少は落ち着いたのか、村人は事情を喋りだした。
「大変なんだ! 村が……村が黒い恰好の一団に襲われて……頼む、エルフィリアに救援を要請してくれ! 」
なんだと? 村が何者かに襲われているだと?
ウィリアム領への監視は怠らなかったぞ?それに気配が動くのを感じなかった。
てことは別口って事か? とにかく急ぐしかない。
『おっさん悪いけど俺の手を握ってくれ』
「へ? あ、あぁ」
握った手から一瞬だけシェルを同化させる。なにが起こったのか、場所はどこなのか知るためだ。
『おっさん、このままエルフィリアへ退避しろ』
俺はそう言い残すと、おっさんの記憶にあった村へと駆けだすのであった。
◇
「奪え、燃やせ、そして殺せ! ハッハッハッハ、なんという心地の良い悲鳴の合唱だ」
村のあちこちで住居や店が炎をあげて崩れ落ち、周辺には逃げ惑う村人たちの影が蠢いていた。
村人の影は一人、また一人と凶器の餌食となり倒れていく。
「お頭ぁ、女達もぶっ殺すんですかい? 」
「女はまとめて縛っておけ。帰還した後たっぷり可愛がってから全員ぶっ殺せ。屍を街道にさらしてみせしめとして使う」
「へい。それ以外はどうするんで? 」
「決まっているだろう。この場で皆殺しだ! 」
──おぉ
お頭と呼ばれたカインから虐殺の命令が下る。
黒い集団は命令を聞くと、その目に狂気をやどしながら女達をさらいその他の村人を次々と殺していく。
黒い集団の一部が、あらかたとらえた女達を引きずってウィリアム領に帰還しはじめた時一瞬強い風がふいた。
「なんだ? ちっ、風がうっとおしいな」
集団の一人がそうぼやいた時、何者かの声がした。
──女達以外噛み殺せ
「あぁ? 」
おもわず返事をしたのだが、その後に続く言葉を発する事は無かった。
自分の首が引きちぎられて胴体と離れてしまっていたからだ。
◇
──フェル、女達以外噛み殺せ
俺はそうフェルに命じた。
フェルは闇夜に溶け込み次々と黒い集団を噛み殺していく。噛み殺された者達からは悲鳴も漏れない。
当然だ。全員喉はおろか首そのものを喰いちぎられているのだから。
あっというまに女達を拘束していた黒い集団は全滅した。
『貴方達はここを動かないで目を閉じていてください』
俺は心底怯える女達に優しく声をかける。
──わ、わかりました
返事を聞くや、殺戮が起きている村の中心部へフェルと向かった。
あの黒いローブはなにかの魔法が掛けられていたのか? 至近では気配を感じたのだけど、遠方からは感じられなかった。くそっ、そういう事か。
俺は走りながら自分の失態に対し奥歯を噛み締める。
中心部へ着くと、黒い集団が数人の子供たちを囲んでジリジリと距離を詰めていた。
子供たちは恐怖に怯え泣き叫んでいる。
「うるせぇガキどもめ。チョロチョロ動きやがってさっさと殺されちまいな」
武器を手に集団の一人が子供たちに振り下ろそうとした時、その動きを急に止める。
そいつだけではない。頭であるカインを含め、他のヤツらも全員が動きを止めていた。
「な、体がうごかねぇ」
「か、かしらぁ」
その集団に向けて殺気の籠った声がこだました。
──コレをやったのはお前らだけか?
「ヒィ」
あまりの殺気にろくな返事もできない集団。その中で頭のカインだけは返事をする。
「き、貴様。この私が誰と知っての狼藉か。私はウィリアム侯爵家の次期当主カイン・ウィリアムであるぞ」
なるほどね。やっぱりベルーラの関係者だったか。くそっ、くそっ。異世界ならマジックアイテムの存在を考えるべきだったのに……俺のせいで余計な被害者をだしちまった。
自責の念を抱える俺に対し勘違いをしたのかカインは尚も喋りだす。
「ふ、ふふ。ハッハッハッハ。やはりウィリアム家の名前を聞いただけで恐れおののいたか。さぁ下郎よ私の拘束を解け。今なら苦しまずに殺してやるぞ? 」
その言葉に俺はキレてしまった。
『舞い踊れ光白錐貝』
カインの一団は放たれた錐貝によって全身穴だらけになり絶命する。息があるのは首謀者のカインだけだ。
「貴様ッ」
『黙れ』
俺はカインの体へ次から次へと錐貝を刺し込む。刺したはしから回復をさせて。
「ぎゃぁあああああああ」
『黙れ』
俺がその行動を止めたのは、帰りが遅かった事を心配したソフィアがエルフィリア領の兵士を引き連れて村にやってきてからだった。
俺達は村人達の保護を兵士らにまかせて一旦エルフィリア領へと帰還した。
当然首謀者カインを引きずって。
◇
「ナイト、あまり自分を責めないで。それと本当に一人で大丈夫? 」
翌朝事件の報告をエルフィリア領主ダーインズに済ませると、ソフィアは被害にあった村の生き残りを引き連れて王都へ一旦戻ろうとしていた。
内容が内容なだけに王国の重鎮を含めて処遇を決定しなければならないからだ。
「あぁ大丈夫だ。心配ない」
俺は一人、正確に言えばシェルやフェルと残ることにした。
俺には王国の決める処遇などはなからどうでもよかった。
相手は喧嘩を売ってきたのだ。それも無関係な人々の命を道具にして。
「処遇決定には数日かかるとおもうけれど……無茶しないでね? 」
「わかってる」
俺はそう言いながらソフィア達を見送った。
さてと、対価を払ってもらいにいきますか。
鎖で拘束しているカインを引きずりながら俺はウィリアム領へと向かった。
「グゥル? 」
俺の異常を感じ心配したのか、フェルが声をかけてきた。
「あぁ心配するな。あいつらは望んで俺の敵になったんだ。ただそれだけだ」
「グォン! 」
引きずられるカインは意識があるのだが一切言葉を口にしない。
ほぼ一晩中全身を刺し続けられた恐怖で埋め尽くされているからだ。
黒々とした髪が真っ白になるほどに。
──
───
────
昼を過ぎたあたりか、ウィリアム領の城壁が目の前に現れた。
さすがに侯爵領、その規模は王都にひけをとらないほど巨大だ。
俺は門番に向かって大声をあげる。
「おい、ベルーラの家臣共。いますぐベルーラをここに連れてこい。でなければここにいる息子のカインってヤツをこうする……」
──グサッ
「ギャアアアアアアアアアアアア」
手に持っていた短剣で次々とカインの体を刺していく。無論そのたびに回復させているのだが。
だがはたから見れば異常者が領主の子息を刺殺しようとしてるとしか思えない光景だ。
刺され続ける男がカインとわかるや、すぐさま門番達が反応する。
「わ、わかった。領主様をすぐにつれてくるからその手を止めろ! 」
だが俺は刺すのを止めない。まるで門番の声が聞こえないかのように。
「ぎゃぁあああああああああああああああああああああ」
響き続けるカインの叫び。そして制止してもそれを聞かない異常者。
門番だけでなく付近にいた者達も気づき始める。
これは不味いと判断した門番は部下数人に領主ベルーラを呼びに行かせた。
彼は今、一刻も早く領主がこの場に来るのを祈るしかなかった。




