受け継がれるオオカミの誇り
とりあえず俺はオオカミに右手をかざして傷を回復させようとした。
「今から傷を回復するからおとなしくしてくれ」
だが、オオカミはそれを拒んだ。
『ヨケイナ……コトヲ……スルナ。ドノミチ……ワレハ……ナガクナイ……ノダカラ』
それって寿命が尽きるってことか? よくわからん。
『ワレラ……フェンリルハ……ツネニイッピキ……コガウマレレバ……オヤハキエルサダメ……』
ふむ、単体で子を宿して出産と共に寿命を迎えるのか。なんか悲しい生き物だなフェンリルって。
『ノゾミガアルトスレバ……タダミマモッテイテホシイ……ワガコガウマレル……マデ……』
わかった。これ以上お節介を焼くのはオオカミの誇りを汚す様なもの、望通り出産を見守るか。
そう思った俺は、せめて出産しやすい環境を創り出していた。
フェンリルが蹲る一面の固い大地をフカフカの藁に変え、周囲を石の壁で覆う。
後は上空を警戒しつつ、出産の時を静かに待つだけだ。
──
───
変化が現れたのは出産準備を終えてから一時間後の事、うめき声が大きくなり体を震わせ始めた。
それと同時に母親の気配が薄れ始め、子の気配が力強くなっていく。
フェンリルは自分の力を我が子へと移し、最期の力を振り絞っているのだ。
──ウォーーーーーーーン
フェンリルが不意に遠吠えの様な声を発し、顔を天へと向けた。
するとお腹の毛並みがかき分けられ、小さな命が現れる。子の誕生だ。
出産を終えたフェンリルは満足し横たわった。
「クゥーン、クゥーン」
弱々しい声を発しながら、その小さな命は母である彼女の口元へ近づきペロペロと舐め始める。
その行為に、母親は答える様優しく我が子の体を舐め始めた。
親子にとって最初で最後の触れ合い。
ありったけの愛情を短い時間に精一杯詰め込んで、我が子を愛でる母と甘える子共。
だが二匹にとってささやかな幸福の時間は、無常にも終わりを告げる。
『ネガイヲ……キキイレテクレテ……カンシャスル……アリガトウ……』
感謝を述べると、そのまま彼女は息を引き取った。痛々しい体の傷はそのままに、安らかな顔をしたまま。
「クゥーン、クゥーン」
生まれたばかりの命でも自分の母が天に上った事を理解したか、それとも只甘えているだけなのか。しばらく母の顔をペロペロと舐め続けていた。
さて、どうしたものか。
このまま放置するのも何だしなぁ。かといってフェンリルの意思を無視してお節介を焼くのもあれだし。
こういうのってやっぱ本人の意思が大事だよね。
そう思った俺は、生まれたばかりのフェンリルに尋ねてみた。
「おいチビッコ。話がある、ちょっとこっちこい」
亡骸の隣にドカっと座った俺は、チビッコに手招きをする。
そんな動作に、チビッコは警戒感をあらわにした。
「ウゥー。ウゥー」
警戒感半端ないなぁ。このままだとロクに会話もできんな。
致し方ない、卑怯だがこの手を使わせてもらうぞ。
──数分後
「クゥーン! クゥーン! 」
「よしよし、もっとゆっくり食べなさい。餌は逃げないのだから」
ガツガツと餌を頬張るチビッコ。食べているのは高級和牛のミンチとペースト状にした数種類の野菜をミックスしたものだ。飲み物は綺麗な水。
そう、俺は餌でチビッコを釣ったのだ。
しかしめちゃくちゃ食べるなぁ。あれなのか?この世界って人間だけじゃなくて全ての生き物がハラペコ仕様なのか?まぁ、いくらでも出せるから良いのだが。
はじめて食べるご飯に満足したのか、下地の藁に寄りかかりケプっと音を発していた。
小さな体のどこにあの量が入ったのか謎である。まるでシェルみたいだな。
とにかく一定の信頼を得た俺は、再度チビッコに話はじめる。
「お腹も一杯で眠くなる前に、質問に答えろチビッコ」
「クゥン? 」
お、どうやら大丈夫そうだな。
「お前はこれから一匹で生きていかなくちゃならない。それはわかるか? 」
「クゥーン……」
俺の言葉を聞いてから、悲しい目をして母親を見つめ始める。
「もうわかっているのだろ?お前らフェンリルってオオカミはそこらの魔物とは格が違う。こうして俺と意思疎通ができてる時点で別格だ。そんなお前が母の死を理解してないはずがない」
少々厳しいと思うが、自立を促してやらねばあっという間に魔物の餌だ。
話を理解したのか、チビッコはヨチヨチと俺の前まで歩み寄った。
「いいかチビッコ。これから言う選択を自分の意思で決めろ」
「クゥン」
「フェンリルの誇りを胸に一匹で生き抜くか、誇りと共に俺と一緒に世界を旅するか、だ。」
あれ? 急にまっすぐこっちを見つめて動かなくなったぞ?
押し黙ったチビッコは、じっとこちらを見つめるばかりだ。
もう一回聞くか。わかりやすい選択の方法で。
「これから一人で生きるのなら一声、俺と共に世界を旅するのなら二声吠えろ」
その問いにフェンリルは答えた。
──クォーン クォーン
「よし、わかった。なら今日からお前は俺達の家族だ」
「よろしくな、フェル! 」
「クォーン! 」
こうして俺の家族に一匹のオオカミが加わった。名前はフェンリルのチビッコだからフェル。安直なのはきどちゃん仕様と言う事で。
それにしても母親の亡骸をここに埋めるかどうか悩むな。フェンリルって希少種みたいだし、人や魔物が墓を暴いたりする可能性もあるし。
いっその事アコヤを経由してフェルに吸収させるか。一応本人の意思を確認しよう。
「なぁフェル、お前の母親をここに埋めるよかお前に吸収させたほうが良いと思うんだがどうだ? 」
「クゥン? 」
よくわからないみたいだな。まぁやってみるか。
俺は左手を母親の亡骸に、右手をフェルの頭に乗っけると同時に命令を下した。
「対の真珠貝アコヤよ、誇り高きフェンリルの全てを子供であるフェルへ継承させよ」
──王命タマワリマシタ
母親の亡骸が淡い光へと変換され、アコヤを経由してフェルの体に流れていく。
継承しきったフェルの体は成犬程の大きさとなり、真っ黒で立派な毛並みに生え変わっていた。
──グォーーーーーン
全てを終えた時天高く吠えるフェル。新しいオオカミの王が誕生した。
それでも生まれたての子供なのでキドにすり寄り甘えてくる。
「よーしよし、いいこだフェル」
「グォン! 」
俺はフェルとじゃれ合いながら、中心部から先の森へ気配を探り始める。
まだまだ魔物が残っているみたいだな。ならばフェルの初陣といこうか。
「なぁフェル、オオカミの王として初陣を飾らないか? 」
その言葉に誇りを刺激されたのか、特大の遠吠えを発しった。
──グォーーーーーン グォーーーーーーーーーン
まるで森の魔物に対する宣戦布告の様だった。
「気合十分じゃないか。よし、フェル競争だ! 」
「グォーン! 」
二人は中心部よりさらに奥へと駆け始めた。
◇
俺達は中心部から移動しつつ、魔物の狩りをしていたんだ。
俺は正直フェンリルと言う種を侮っていた。だがその侮りはもう無い。
今俺達の周りにはかみ砕かれた魔物の死体が散乱している。
え? お前魔物をかみ砕いたのかって? いやいや、まさか。
お察しの通り、殆どの魔物をフェル単体で屠ってました。
え? お前より強いって?いやいや、そうではなくてですね?
俺が魔物に手をだそうとすると、その前に狙った魔物をフェルがかみ砕くんですよ。
競争だって言っちゃったのがマズかったのかな、それからはもう止まりませんよ。
しかもフェル自体それを楽しんでる様なんですよね。散歩途中で公園に寄った飼い主と犬みたいでした。
いいかいフェル、魔物はフリスビーじゃないんだよ? かみ砕いた頭を嬉しそうに持ってきてもうれしくないからね? グロいだけだよ?
その日の内に森の魔物は姿を消した。
移動するにも距離がありすぎるし今日はここまでだな。
本日はフェルと一緒にここで一泊!
俺は前日同様木の家を用意して、フェルと共に寝床についたのだった。




