ドーファ領主アルフレードの驚愕
王の全権代理として良所が着任し二日目、領主アルフレードは館の二階にある執務室で午前中から溜息をこぼす。
原因は窓辺から見える全権代理殿の行動だ。
「はぁ……」
ため息交じりに俺は昨晩から今日に起きた出来事を思い返す。
昨晩国王を伴って来訪してきたと思えば、翌日には開拓民を全員あつめて会食を開くという。
ただでさえ食糧問題が深刻化している中でだ。
当然俺は断った。領主として当然の判断だと今でも思う。だが、それでも会食は開くと話を進めた代理殿の考えが解らない。しかも穀物や肉等食料の提供は一切求めてこないと言う。
その時は時間も遅かったので、とりあえず翌日という話になり今日に到る。
代理殿は朝から俺に面会を求めてきた。
いうなれば昨日の続きと言う事だ。
内容はこの館前にある土地を自由にして良いか?という物だった。
好きにすればいいさ、なんていってもここは辺境の開拓地。開墾されていない土地が腐るほどある。
その土地を抜けたところで行く手を阻む鬱蒼とした森があるだけだ。しかも魔物の巣になっているというオマケ付きで。魔物は少しでも警備に気を抜けば、ワラワラと森からこちらへ現れるのだ。
俺達にとって頭痛の種としか思えない森なんだよ。
そんな場所なので好きに使ってよいと言ったのだが……
「どうして館の前にあの様な巨大な建物があるんだ! 」
窓辺から見える昨日までは確かになかったハズの巨大な建造物。集会場?いや、そんな規模では無い。
二百人はいるであろう開拓民を全て入れても、空き室がでるほどの大きさだ。
おもわず一人で叫んでしまった。少々はずかしさを憶えたのだが、この際どうでも良い。
同居人のレティシアは、開拓民へ昼に集まる旨を伝えにいってもらって居ない。
もし居たのなら、間違いなく先程言った言葉をレイティシアに投げかけていただろう。
それにしても……
国王様は本当に何を考えていらっしゃるのだ?代理殿とは一体何者なんだ。
あ、代理殿が足早にこちらへ向かってきている。嫌な予感がするが逃げ場は無いよな。
半ば諦めたアルフレードは、玄関先へ移動しはじめた。
◇
「おし、とりあえずこんな感じでいいか」
領主の館の前にある広大な土地の一角に建てた巨大な旅館を見ながら、俺は満足気に頷く。
おはようございます、きどないと、です。
昨日から国王の全権代理として開拓地ドーファに着任しました。
任務は明解です、開拓地を可及的速やかに開発する事。それが全てです。
王室派の領土を開発して経済的自立を達成させる、それが終わったら……まぁ今は全力で開発していきましょう。
何故巨大な旅館なんて建てたかって? 意味はもちろんあるんですよ。
まずは領主を含めて全員を集める、それから健康状態をチェックして問題があればアコヤで治療。
俺が振舞う料理をたらふく食べてもらって、常設してる温泉風呂ですっきりしてもらう。
それが終わってから開拓地ドーファの全容を説明していただき、問題点を洗いざらい報告してもらおう。
と、こんな予定を身勝手に考えております。緊急事態なんでかなり横着はさせてもらいますが。
とりあえず皆が来るまで温泉にでも浸かりますか。そうだ、アルフレードさんを呼ぼう。
さっそく俺は領主アルフレードがいる館まで向かった。
◇
──カッコーン
巨大な風呂場に桶の音が響く。
そこには席を並べて体を洗う男が二人。
無論、俺と領主アルフレードさんだ。
常設しているボディソープとシャンプーの使い方を説明しながら体を洗っている。
「おぉ、髪や体の汚れがどんどん落ちるぞ! なんという爽快感だ」
「とりあえず温泉に入る前は体を洗う事を徹底させてください。かけ流しとはいえ、細部に汚れが溜まっていきますから」
「心得た! 」
この異世界って結構無頓着な部分があって、風呂とかは貴族の一部にしか使用されてないんだよね。
庶民や下級貴族は大体濡らしたタオルで体を拭く程度だし。
なればこその反応だ。喜んでもらえたら何よりだ。
体を洗った俺達は次に温泉へ浸かる。
「くぅ~。湯舟に浸かるというのはなんと心地の良いものなのだ」
「でしょ? 一日の疲れが飛んで無くなりますよ」
おっさん同士のおっさん臭い会話が温泉の湯気と共に周囲へ広がる。
露天にしようと思ったのだが、異世界だし魔物とかこられても危ないので超強度のガラス張りにしてある。
あので雨が降っても魔物が降っても安心だ。
「しかし代理殿、昨晩こられた時は本当に困惑しましたよ」
「代理殿ってなんか変なんで、気軽にないとって呼んでください。それと困惑ですか? 」
「おぉ、ではナイトと呼ばせてもらおう。私の事はアルフと気安く声を掛けてくれ。困惑の原因は国王様の言葉だよ、いきなり全権代理だ、これで心配ないって言われても理解できんわな」
そりゃそーだ。俺が逆の立場だったら、正気ですか?って言ってたやもしれん。
「物資を持ってきた風でもなかったしな。でも今は理解できたよ、目の前で起こり続ける奇跡が理由だ」
十分風呂に浸かった俺達は、服を着ると食事場へと移動した。
畳式の大広間でもよかったのだが、異世界は常に靴をはく文化のようなので学校等にある食堂をイメージして作った。
多数のテーブルとイスがある中、適当に席へ着くと俺は軽食と冷えたエールジョッキを用意する。
「なるほどな、食糧問題は心配無いって国王様の言ったことにようやく合点がいった」
料理とエールを見たエルフレードは席に着くやうんうんと頷く。
「皆が集まるまで飲み食いしながらドーファの現状を分かる限り教えてください」
そう言う俺の提案に即同意したアルフレードは、早く食わせろと言わんばかりの顔をする。
やっぱりこの世界はハラペコ達でできてるんだな。
「ではいただきます」
俺はそう言うと、ゴクゴクとエールを飲みだす。カァーーーーーーッ風呂上りのエールうんめぇえええええええええ。
こっちの様子を見たアルフレードは、たまらずエールジョッキを手に取り飲みだす。
「うぉおお、なんだ、なんだというのだ。エールが冷えている、しかもうまい。いやうますぎる! 」
そこからはノンストップだった。満足いくまで飲み喰いを続けるアルフレード。
食糧問題が深刻化してたもんな、そりゃうまい飲み物とエールがありゃ誰だってこうなる。
そこの責任者なら尚更だ。まぁ皆がくるまで心行くまで飲み食いするがよい。
俺はなぜか管理職の哀愁をアルフレードから感じていた。現場の指揮って辛いもんな、表情からヒシヒシ伝わってきたよ。
一通り飲み食いし、満たされたアルフレードは俺の質問に次々と答えていく。
魔物の森、海風による塩害、痩せた土地等問題は山積してるようだ。
話をしている最中外からガヤガヤと人々の声がきこえはじめた。
どうやら開拓民が集まったようだ。
アルフレードと俺は、外にいる開拓民へ向かい旅館を後にした。
◇
領主の館と旅館の間には、総勢二百人前後の男女が犇めいていた。
困窮している開拓民は誰も彼も頬がこけ、痩せていた。
「おいアルフ何があった! 全員招集したってことは重大な案件があるのか? 」
一人の大男が声を荒げる。
「重大といえば重大なのだが、そこまで心配する様な事はない。むしろ我々には朗報だ。とにかくここにいるキドナイト殿と俺についてこい」
アルフレードは開拓民全員にむかって伝えると、良所とレティシアを伴って旅館へ先導する。
皆一夜にして現れた巨大な建造物に驚きつつ、自分達のリーダーであるアルフレードが心配無いとの言葉を信じて後につづいた。




