おいしいエールの飲み方 その弐
──このままじゃ体力が尽きてそのまま終わる、なら賭けるしかないわね
二人の攻防は開始時より二倍近く速度が増していた。
この速度はミルザにとって今現在の限界である。
防戦一方なら体力が尽きて勝負が決まる、そう判断したミルザは最後の賭けにでた。
俺の一撃を全力で弾くと、一瞬できた隙に後方へ回り込む。うん、やるじゃない。
それに反応し、俺は即座に体を捻りつつ攻撃を繰り出す。だが攻撃が当たらない。
まさか、残像だ、と?
そう、俺はミルザの残像に攻撃を繰り出していたのだ。なら本体は……。
集中し、気配を探ると下方から鋭い一閃が飛んでくるのを感じた。
ミルザにとって必殺の一撃、超高速移動を駆使して放った最後の賭け。
──もらった
残像に攻撃を繰り出していた良所を見つつ、死角から放つ一撃を出しながらミルザは勝利を確信した。
だが、結果は彼女の想像の遥か上をいく。
手ごたえがなかったのだ。確かに良所を捉えて打ち込んでいるはずなのに。
「馬鹿な! 」
思わず声にするミルザだが、喉元にある刃の潰れた訓練用の剣が終わりを告げていた。
「はい、ここまで」
ふぅ、凄い技見せてもらったなぁ。残像を残すって異世界らしくてカッコイイじゃん!
おもわず真似しちゃったよ!
「くっ……。はぁ、アタシの負けだよ。しっかしアンタ本当に強いねぇ、まさか残舞剣を返してくるとは思いもしなかったよ」
「ははは、どうも。ミルザさんも相当鍛錬されてるみたいで驚きました。後半の攻防は最初の二倍くらい早めたんですけど、しっかり対応してましたよね」
そんな俺の言葉を聞いて、ミルザは苦笑交じりに返答した。
「攻撃速度を調節してましたって、そんな事言われたら自信を砕かれちまうよ。でもありがとう、貴重な経験になったわ」
こうして俺とミルザの手合わせは終わった。さて、本番だ。
悪いなグリード、俺はお前に極上のエールを飲ませたいのだ。決して扱きではない、あくまで善意だ。
自分の番が来たと分かったグリードは、シェルを獣人受付嬢リリに抱かせると俺に近づいてきた。
「速剣ミルザの攻撃を子供扱いってやっぱナイトのにーちゃんは規格外だぜぇ」
ほう、速剣ってあだ名があるのか。納得。
「んでよぉ、どれぐらいでかちあうんだ? 」
成程、グリードの全開を見たことないからなぁ。リザードドラゴンの討伐って言っても数が多かっただけで、一対一の場合と違うし。
まぁ、全力でやらせるのは決定事項なんですけどね。
「あー、とりあえず全力ね。俺を敵だと思って攻撃してくれ」
「あぁ……了解だないとのにーちゃんよぉ」
全力で、という俺の言葉を受け、全身の力を開放していくグリード。
おぉ、すげぇプレッシャー。やる気十分てとこか。
「勿論得物の大槌つかっていいんだよなぁ? 」
「当然」
グリードは得物の大槌を構える。
さすがに練習剣ではあの大槌をいなせないと判断した俺は、コヤから同等の耐久性をもつ大槌を出す。
あとは力比べだ。
「いくぜぇ! 」
準備ができたのを見計らってグリードは大槌を振りかぶる。それに対し、俺は同じ動きで真正面から打ち合う。
──ガガーン
大槌同士が激しくぶつかり、訓練場一体に轟音が響く。そんなもの関係なしと、俺達は打ち続ける。
互いに足を全く動かさず、力と力のぶつかり合いを演じた。
その衝撃は互いの足を支える訓練場の床をへこませていく程だ。
あまりの轟音にギルドから多数の冒険者や、ギルド職員達が集まり始める。
シェルを抱っこしているリリはすでに腰を抜かしてへたり込んでいる。シェルは相変わらず小さい腕を組み、ニコニコ笑顔だ。
「おい、あれグリードじゃねぇか? 」
「おぉ、盾の倅だ」
「あの鬼人に、正面から力比べって正気じゃないよな」
「ねぇ、相手の人って誰かわかる? 」
騒めく会場を他所に打ち合いは続いていた。
◇
打ち合い始めてから二時間が経過し、外では日も大分傾いて城下町を赤く染める。
だが俺達は打ち合いを止めない。
てか、グリードの体力こんなにあるのかよ! やっぱリザードドラゴンの時は手を抜いてたな?
もしくは本気の度合いが違うって事か。
グリードの一撃はまったく衰えを見せず、鋭さも変わらない。
変化があるとすれば、彼の全身から迸る汗と握り手を染める赤い血だった。
俺の予定通り、喉がカラカラになってきたな! よしよし、そろそろ止めさせるか?
打ち込みはそのままに、俺はグリードに対して叫んだ。
「グリード!どうだ?そろそろ終いにするかぁ? 」
「冗談だろ、ナイトのにーちゃんよぉ! 」
え
なに熱くなってんの!? グリードさん?
困惑する俺に打ち込みながら叫ぶグリード。
「俺はよぉ、もっと強くなんなきゃならねぇんだ! クレイグの野郎も同じさ。もう負けられねーんだよぉ! 」
あぁ、成程な。シェルから聞いてたが、邪神戦の時やっかいな敵が居て、クレイグとグリードがやられかけたんだった。
もう負けたくないか、いいじゃないその心意気。
そう思った俺は本気の激をグリードに飛ばす。
「よくわかった! ならば今のお前の全力を、俺にぶつけてみろぉおおおお! 」
その激に応じるグリード。
「ありがてぇ! いくぞ、ナイトぉおおおおおおお! 」
互いの渾身の一撃がかち合う。
特大の轟音が、吹き飛ぶ程の衝撃波が周囲を揺らした。
衝撃と大轟音が止みあたりが静かになった頃、二本の大槌がバラバラに砕け散った。
「くっそ……まだまだだな……俺はよぉ……」
真っ赤に染まった握りてが、ガランと音をたてて床に転がる。
それと同時に倒れ込むグリード。文字通り全身全霊の一撃を放った結果だ。
つかまずい、グリードのヤツ手の平ボロッボロじゃねーか! なんか腕の骨も折れてるっぽいし。
急いでシェルと同化し回復させねーと、ってあれ!?いつの間にこんな人だかりができてんの?
訓練場の周囲にある観客席はいつのまにかほとんど埋まっていた。
なんかすげーざゎざゎしてるし、こんな中で同化は出来んな、さて困ったぞ。
とにかくこの場を脱出だ、そう思った俺はミルザに声をかける。
「ミルザ、悪いけどシェルを抱っこして俺についてきてくれ」
「あ、え、グリードの怪我は大丈夫なの!? 」
「心配ない、とにかくここは人が多すぎる。脱出するぞ」
「わ、わかったわ! 」
俺の指示に従い、リリからシェルを受け取ったミルザはグリードを担ぐ俺の後に続く。
とにかく人目を避けたかった俺達は、城下町のはずれにある小さい宿屋の一室に入った。
おし、漸く同化して回復できる。
「シェル! 」
『あい! 』
素早く同化した俺達はグリードを回復させる為に輝く触手を伸ばした。
みるみるうちに傷が塞がりはじめ、破けた手や折れた腕が数分で元に戻った。
「本当に規格外なのね貴方達は……」
若干呆れた風のミルザは溜息まじりに口にした。
『悪いけど、他人には内緒にしてくれ』
一応口止めを頼んだ俺に、当然といわんばかりの顔をしてミルザは答える。
「もちろんよ、そこは信用してね。冒険者は信用第一だから」
あとはグリードが起きるのを待つだけか。時間大丈夫かなぁ? まだ夕方だし、平気か。
とにかく喉をカラカラにさせて美味しいエールを飲ませる作戦は成功だ!
そう満足しつつ、俺達はグリードが起きるのを待った。




