人を想う心・氷解していく過去
ここはヴィクトール王国王城内にある迎賓の間
それも国賓級の方々のみが入室を許される特別室である。
今この部屋には良所とシェル、そして王室の面々しか居ない。国王ウィリス、王太子フレイ、そしてソフィア王女の3名だ。
これまではグリード・クレイグらソフィアの側近が必ずお供としていたのだが、今回は居ない。それほど特別な事であった。
どうも、きどないと、です。今俺達は晩餐の最中で歓談しつつ食事をしております。
いつもと面子が違いますが、いつも通り楽しくしております。
「これは……ソフィア、お前はこれ程の料理を食べていたのか」
国王ウィリスが驚嘆しつつソフィアに尋ねた。
「えぇお父様。凄くおいしいでしょ? ナイト……様が振舞ってくれる料理は本当においしいの! 」
やっぱり身内での食事は緊張しないものだな。ソフィアさんが顔を緩めて楽しそうにしている。いいね、その笑顔。
国王ウィリスに続き、王太子フレイがソフィアに語り始める。
「ソフィ、昔から色々としでかしてきたお前だが今回は極めつけだな」
「なによフレイ兄様、色々とやらかしたって! 」
やらかした発言に頬を膨らませて抗議するソフィアさんかわいいな。
「婚約の件は当然として、更にはこの料理だ。これまでの人生でこれほど心揺さぶられた食事は無かった。王宮料理人達の技量が劣っているわけではない、むしろこの世界エレーファにおいて指折りの職人を召し抱えていると思う。だが、ナイト殿が振舞ってくれたこの料理の数々……あまりのおいしさに言葉がでんぞ……」
まじですかフレイさん。今日振舞っているのはハンバーグを中心としたシェルお気に入りのわんぱくディナーセットなのですが。
王太子フレイの感想に続き、国王ウィリスも同調しつつ言葉を口にした。
「フレイの言う通りだ。これは何としても王宮の料理人達に作らせたい品々だ。婿殿、料理を模倣する許可をいただけるか? 」
いやいや、王様が懇願するような事ではないですよ。
「いや、許可もなにも必要ないですよ。存分に真似してください。むしろそれを切っ掛けにしてこの料理以上のものを作って頂けたならうれしいですよ」
『そふぃあおねーちゃんとのけーやく! あい! 』
そうだった。シェルとソフィアさんの契約に【はんばーぐ】職人を可及的速やかに育成しろってあったっけ。
ウィリスさんは俺の返答に満足しつつ頷くと、今度はシェルの発言にくいついてきた。
「御使い様との契約……ですか? ソフィアよ、お前何を契約したのだ? 」
「それは……」
その言葉を聞き、ソフィアさんは顔を真っ赤にしてモジモジし始める。まぁ内容が内容だからね、しょうがないね。
このままでは要らぬ想像をされてしまいかねなかったので、俺は助け船を出した。
「あぁ、ウィリス国王様。契約とはですね──」
ハンバーグ大好きっ子なシェルの要望にソフィアさんが答えるという契約を説明した。
「おぉ、計らずともその予定だったとは。これは愉快な契約だなソフィアよ」
「……はい」
「うむうむ。別に顔を真っ赤にしてまで恥ずかしい契約ではなかろうに、気にしすぎだぞ」
「……」
ウィリスさん、ハンバーグ以外の契約は結構はずかしい内容なんですよ、察してあげてください。
「心配はいらぬ。なぁフレイよ、ソフィアと御使い様の契約を果すべく王宮料理人達を招集させてこの【ハンバーグ】専属の料理人を育成させようと思うのだがどうだ?」
「大変結構です父上。私自ら陣頭指揮を執ります故お任せください」
陣頭指揮ってどんだけやる気なんですかフレイさん。あれ、何故かウィリスさんが悲しい顔になったけどどうしたのかな?
「フレイよ、お主自ら陣頭指揮を執ると余の出番が無くなるではないか……その、なんだ。共同で【ハンバーグ】職人育成をしようではないか」
「父上もよっぽど【ハンバーグ】が気に入ったのですね。わかりました、国王・王太子の共同企画として職人育成に臨みましょう」
その言葉に満面の笑みを浮かべるウィリスさん。やっぱり親子だ、笑顔がソフィアさんとそっくりだ。
「ナイト殿、予定が決まり次第協力を頼みたいのだがよろしいか? 」
「もちろんです。宜しくお願いします」
『やったー! しょくにんなの! あい! 』
シェルの言葉に全員が笑顔になる。
こうして楽しい晩餐は続いていくのであった。
◇
晩餐を終え、俺とシェル、そしてソフィアさんは王宮内にある浴場で疲れを癒した後、城内にある王女専用の部屋でくつろいでいた。
「ねぇナイト、私の家族はどんな印象だった? 」
父親に婚約を認められたソフィアさんはすっかり呼び捨てにしている。公式の場以外限定なのだが。
「うーん、やさしそうな家族だよね。ソフィアが愛されているのが良く分かったよ」
「……」
なぜ顔を真っ赤にして黙るのだソフィアよ。あ、あぁ、呼び捨てで呼ばれたのが恥ずかしかったのか?
「あー、呼び捨てにするのは止めようか?恥ずかしいんだよね? 」
「ち、違う! その……うれしいの。家族になる実感がするというか……とにかくうれしいから呼び捨ては止めないで! 」
「あ、はい」
これは……もしかして尻に敷かれる前兆なのか!?
何もかも初めての経験なので実際の所よくわからないからなぁ。
俺には両親も兄弟もいなかったし、いつも一人だったから。
そう自分の事情を思い浮かべていた時、つい口にだしてしまったんだ。
「ソフィアの家族を正直うらやましいと思った。俺この世界に来る前はずっと一人だったから」
「え」
しまった、この世界に転移してきた事を喋ってしまった。でも今更か。邪神すらやっつけるヤツがただの人間なわけがないし。
「ナイトは一人で生きてきたの? 」
あれ?前世界について聞いてこないな。
「あれ? ソフィア、俺が前いた世界の事聞いてこないの? 」
「そこは重要じゃない。大切なのはナイトの心だ」
え? ソフィア、心ってどういう事?
「私には想像も付かない孤独な日々はナイトの心を蝕んでいたはずだ。今ナイトの心がどうなっているのかが私にとって一番重要な事なんだ」
気づかなかった。ここまで俺の事を思ってくれてたなんて。
「私の存在はナイトの幸せに繋がっている? 邪魔な存在になってない? 」
心配顔で何度も尋ねてくるソフィアを俺は無言で抱きしめて、口付けをした。
「!? 」
突然の事にソフィアは一瞬目を見開いたが、徐々に目を閉じていった。
数分間深く口付けをした後、口を離して俺は初めて感じた愛おしい気持ちを伝えた。
「ソフィア、ありがとう。愛してる」
「私もよ……ナイト愛してる……」
それから俺達は再度口付けをし、ベッドに倒れこんだ。
夜空に浮かぶ月は愛し合う二人を祝福する様に、淡い輝きを放っていた。




