ソフィアの秘策 侯爵の横槍
「今、なんと申した」
先程までのやり取りとは違い、言葉を速めながら国王ウィリスはソフィアさんに問いかける。
周囲の重鎮達は驚愕し、騒めいているし。
俺自身も驚いています。
どうも、きどないと、です。今王の間にてソフィアさんの論功行賞がおこなわれていたのですが……
破格の恩賞に対してバッサリと辞退してしまった。
そして国王ウィリスの問いかけに対し、改めてソフィアさんが返答をした。
「はい。辞退する、と申し上げました」
「ふむ、不服があると申すか? 」
場の空気が張り詰める。そりゃそうだ、誕生日のプレゼントに対しいやだいやだと駄々を捏ねる娘を、一生懸命宥める父親って構図じゃない。
ヴィクトール王国一の権力者が破格の恩賞を与える行為に対し、ソフィアさんは辞退すると言っているのだ。
地位も権力も投げうってソフィアさんは何をする気なんだ?
そんな疑問を抱いていると、ソフィアさんが話始めた。
「不服があるのではありません、若輩の身に十分過ぎる恩賞であります」
「ふむ」
「ですが、私はこの恩賞を受け取る資格が無き故、辞退申し上げました」
「なんだと? 」
資格が無いとの発言に国王ウィリスは若干不快な気持ちになる。
戦場から早馬で一時休戦の報が入ったと思えば、数日も置かぬ内にラドルア帝国から勇名を轟かせる無敗の翼竜将、ジークフリードが帝国皇帝の親書を携え事の顛末を報告してきたからである。
親書及び報告にはソフィアの功績が語られており、王は殊の外喜んだ。
だが、当事者たるソフィア自身がそれを否定したのだ。
「ソフィア、それは誠なのか? ならばラドルア帝国皇帝の親書は偽りと言わざるを得ん。それに翼竜将ジークフリードも虚言を吐いたと申すのか」
「そうではありません。事が事だけに表向きは私の功績を称える他無かったからです」
「ふむ、ならば偽り無く真の顛末を述べよ」
「ははっ」
それからソフィアさんは一から説明をし始めた。
ソロー大草原での激戦の最中、一人の騎士が戦場に現れ戦を鎮めた事
ラドルア帝国と邪神の関係
騒乱の原因と邪神の関係を聞いたその騎士が、自分達を引き連れてラドルア帝国帝都に乗り込んだ事
騎士の采配でエルフ達の無事が確保できた事
やがて騎士は邪神を討ち滅ぼした事
さらに騎士は対邪神戦で自分らの窮地を救ってくれた事を
「──以上です」
ソフィアは丁寧にそれらを述べ、説明を終えた。
「なんと……」
説明を聞いた国王ウィリスを始め、重鎮諸侯は呆気に取られていた。
それはそうだ。
たった一人の騎士が
100年に渡る戦乱を鎮め
邪神、いわゆる神と対峙しそれを屠った
俄かに信じられない内容であった。この様な顛末をラドルア皇帝も翼竜将軍も述べられるはずがない。ならば親書や報告にはなんら疑う事などなかろうとフィリス国王は納得した。
「ソフィアよ、そなたが今説明した事が真実ならば、我はその騎士にヴィクトール王国を代表して感謝しなければならない。よもやこの世界、エレーファの危機だったとは。して、その騎士は今何処におるのだ」
ちょっとまって。これってあれですよね? 流れ的には娘さんが親父さんに彼氏を紹介する、そんな感じですよね!?
心の準備まだですから! 緊張感半端ないですから!
内心慌てる俺を察したのか、俺の前に跪くグリード・クレイグ両名の背中が震えているんですけど。
絶対笑いを堪えてますよね? 鎧をカチカチ鳴らしながら笑いを堪えるってどんだけ面白がってるんだよこの二人。
許さんぞ、3日間飯抜きの刑だなこれは。
俺がグリード・クレイグ両名の罰を決めた時、ソフィアさんは躊躇いも無く俺を紹介しはじめた。
「お父様紹介させて頂きます。こちらがこの度の真の英雄、キド・ナイト様でございます。ナイト……様、どうかこちらに」
ソフィアさんに呼ばれた俺はゆっくりと立ち上がり、ソフィアさんの左隣に着くとそのまま跪いて挨拶をした。
『キドナイトで御座いますウィリス国王様』
──なんと!
重鎮諸侯らは驚きを隠せないでいる。よもや本人がこの場にいるとは露程も思っていなかったらしく、声を上げ驚きならが俺を凝視しはじめた。
「おぉ、おぉおおお」
国王ウィリスは驚嘆の声を漏らしながら玉座を立ち、歩き始めた。そう、俺に向かって。
ウィリスはキドの眼前までくると、その手を取り喋りかけた。
「どうか顔を上げてくだされ、貴殿はこのヴィクトール、いや、この世界エレーファを救ってくださった英雄だ。そして我が娘ソフィアを守ってくださった……心から感謝申し上げる」
ウィリスの手は震えていた。いくら娘の意思とはいえ戦場へ送り続けていた心労は計り知れない。
その娘を救い、騒乱を鎮め、ミルレード達エルフの奪還という先代国王の悲願を成就してくれた英雄が眼前にいる。
ウィリスは心から感謝していたのだ。一国の王が頭を下げ感謝を述べながら手を震わせる程に。
『ウィリス国王様、どうか顔を上げてください』
王様に頭を下げさせるのは不味いと思った俺はすぐに諫めた。
俺の言葉を聞いてようやく顔を上げたウィリス国王は、取った手はそのままに娘ソフィアに向かって訪ね始める。
「ソフィアよ、我はどうすればこの大恩に報いる事ができようか。其方の考えを聞かせてほしい」
「はいお父様、それでしたら妙案がございます」
「おぉ、申せ、申すのだ! さすが我が娘よ」
「私をナイト様へ嫁として差し出せば良いのです」
ソフィアさん、秘策ってまさかこの展開を言ってたのですか!?
思わず首だけをグイっとソフィアさんに振り向けた。
そんな俺に対してうっすら赤くなった頬をそのままに微笑みを返してくるソフィアさん。まじか。
あっけに取られたウィリス国王が事を理解し、笑顔になりながら返答しようとした時、思わぬ横槍が入った。
「何を申されますソフィア殿下」
その横槍を入れた人物に室内の全員が顔を向ける。
その人物は
周りの人々より一層豪華な衣服を纏い、端正な顔立ちをした四、五十代の貴族。
どうやら爵位も相当な方の様だ。
その横槍に対し不機嫌さを露骨に表しながらウィリス国王は声を上げた。
「ベルーラ・ウィリアム侯爵、この場を何と心得ておる。王たる余が招集した場であるぞ? 」
侯爵かよ。それって相当地位が上の人じゃん。そんな人がちょっと待ったをかけてくるとは……トラブルの予感しかない。
「ウィリス国王様、お言葉では御座いますがソフィア殿下は我が息子カインの許嫁に御座います。故にソフィア殿下の案をお止めしたに過ぎません」
正論だな。ってか許嫁!? 俺聞いてないんですけど、ソフィアさん?
そんな中、慌ててソフィアさんが反論をしはじめた。絶対許嫁ってキーワードが飛び出したからだろ?
「ベルーラ卿、その話はとうの昔に破談になっているではないか。私は祖父、先代国王の悲願を達成するために騎士団へ入り、剣を振るうが為嫁には行かないと申したはずだぞ」
ソフィアさんの言葉に続きウィリス国王も喋りだす。
「うむ、ソフィアの言う通り許嫁の件は破談になったと記憶しておる。それがなぜ今出てきたのか? 」
当然の疑問だ。今更なぜこのタイミングで?
「それはソフィア殿下が仰った事が全てだからです。100年に及ぶ騒乱は終わり、先代国王の悲願も成就した。すなわち婚約を破談する理由が無くなったからで御座います」
それを聞いたソフィアさんは激高し、場も弁えず声を荒げた。
「何を馬鹿な事を! そもそも騒乱を鎮めたのも、先代国王の悲願成就も全てここにいるナイト様のおかげだ! 決して貴様の功績等ではない。そんな貴様が何をもって私をもらい受けると申すか! 言ってみろベルーラ卿! 」
ソフィアさんが放つ怒りの言葉に周囲は騒めき、グリード・クレイグからはベルーラ卿に対し殺気が漏れ出す。
一触即発の空気の中、動揺すらせず淡々と喋りだすベルーラ卿。
「ソフィア殿下の仰る通り、私は何も功績を上げてはおりません。私はただ現状を述べているだけに御座います。騒乱も無くなり帝国との和平も成った。先代国王の悲願も成就し、平穏な世に成ったと。それらは事実に御座います。ですが、ここにいる英雄とやらは本当に功績を上げたのでしょうか? 帝国皇帝の親書にも、使者として来たジークフリード将軍からも、一言もキドナイトと言う者の名前は出ておりませんでした。恐れ多き事ながら、殿下は我が息子の婚約を破棄したいが為だけに状況を利用しているだけではないでしょうか? 」
ここにきてヘルダー元帥の気遣いが裏目に出た。
良所とシェルの存在をなるべく隠す方向で皇帝に働きかけていたのだ。
それは善意であって悪意はない。むしろその行動は良所にとってうれしい物だった。
無論ソフィアも承知している。承知しているが故にソフィアはヘルダーを責める気にはなれなかった。
多少の違いはあったが、ベルーラ卿の言葉はソフィアの図星をさしていた。
良所を好いている気持ちに偽りは欠片も無いのだが、状況を利用して婚姻を周知させる算段をしていたからだ。
それ故ソフィアは反論できずにいた。ただベルーラ卿を睨みつける他なかったのだ。
そんな折、当事者の一人である良所が話はじめた。
『色々と揉めてる所申し訳ないのですが、少しよろしいですか? 』
室内の人々の視線は良所に集中し、次の言葉を待つのであった。




