下心、疲れ知らず
俺の眼前にはソフィアさんグリードさんクレイグさんの3人がいる。
彼らは数秒前まで襲い掛かってきたオークの処理について喋っていたんだ。
そんな彼らは今、まるで石造の様に硬直し動かない。
言葉も発しない。
原因は分かっている、わかっているんだ。
「皆さんは今日食事取りました? 」
俺が発した言葉、その言葉を受けた瞬間から彼らは全ての動作を止めたんだ。
「あ、あの……」
あまりの沈黙に耐えきれなくなった俺は、恐々と喋りかける。
すると、止まった時間が溶けだし、動き出す。ソフィアさんが錆びたブリキ人形の様に、ぎこちなく首だけ俺に向けると喋りだした。
「な、ナイト殿、聞き間違いだったら……申し訳ないのだが……今、なんと言ったかな? 」
怖い、怖いよソフィアさん!
何その顔! 口がにやけてるのに目が笑ってないって! 飢えた狼の様な鋭い眼光をこっちに向けないで!
グリードさん、クレイグさん、体がフルフルしてますよ。どうしたというのですか。
「あ、えーと。お腹がすいたかなー? と思いまして、皆さんも食事がまだでしたら一緒にどうかなー? と」
「な、ナイト殿、まだ本調子ではあるまい。無理は……いかんぞ……」
態度と言動がここまで不一致な人を俺は見たことが無かった。ソフィアさん、涎ではじめてますよ。
そんなソフィアさんに続いて元気の塊グリードさんが喋りだす。
「お、おいおいお嬢。ないとのにーちゃんは……3か月も眠ってたんだぞ……無理は……無理はさせられねーよ! 」
よだれを垂らしながら、男グリードまさかの号泣である。何故泣く! 何故泣くんだグリードさぁああああああああん!
そんな中、普段寡黙な聖剣クレイグさんが口を開いた。
「ソフィア殿下、グリード。気持ちは分かるが、ナイト殿は邪神を討伐し、少なからず体にダメージを蓄積しているはずだ。今は回復に努めて頂かないといけない。万が一の事が在ったらヴィクトール王国の名折れです。ですがお二人の気持ちはわかりますよ、あぁ、あの夢の様な晩餐の夜。氷魔法に包まれたような冷えたエールの美味さ、喉ごし、そしてメインの肉料理。あの【はんばーぐ】という熱々の肉料理……口に含み、ひと噛みすれば溢れ出す旨味を凝縮した肉汁、今まで食べてきたパンは一体なんだったのかと思わせるフワフワのパン、イモの概念そのものをひっくり返してしまった【ぽてとふらい】炒めたり、煮込んで食べるのが当然の野菜達が、まるで取れたて、新鮮なまま振舞われたサラダ料理、肉料理の口休めとして機能する極上の瞬間。あぁ私は忘れない、あの幸せな時間は幻ではなかったのだ、今でも鮮明に蘇るこの記憶こそ、私の人生がいかに充実した──」
寡黙とは一体なんだったのか。あの晩餐の出来事を一部始終もれなく己の感想を添えて熱弁するクレイグさん。しかも止まらない。
クレイグさんの話を聞きながらソフィアさんの方へ視線を移すと、顔を下に向け体を震わす姿が見えた。
グリードさんだけじゃなく、ソフィアさんまで泣き始めたのだ。
まさに混沌。
そんな混沌を制すように甲高い声が響いた。
『ごほうびー! あい! 』
「へっ? 」
我が家のお転婆娘が混沌とした空気を吹き飛ばしたんだ。
『ないとー、みんながんばったよー? しぇるもがんばったよー? やくそくまもったよー? 』
「あ、あぁ知ってるよ。ありがとな」
『だからごほーび! みんなにごほーび! しぇるにもごほーび! あい! 』
「んじゃみんなでご飯にするか! 」
『あい! 』
そんな俺とシェルのやり取りを聞いていたソフィア・グリード・クレイグ3名は、事態を理解し、歓喜の涙を流しはじめた。
◇
街道を遮断しているオークの死体をアコに吸わせて片付けながら、俺は食事の献立を考えていた。
献立を考えるにあたって人数を把握したい
そもそも何名いるんだ?
馬車は3台あるけど、聞いてみるか。
「ソフィアさん、人数を把握したいのですが──」
「あ、あぁそうだった。御使い殿、ナイト殿含めて総勢17名だ」
え、多くない?
「多いですね、帝国の同伴者もいらっしゃるのですか? 」
「いや、いないぞ。御者と馬車は交易商人を介して用意してもらった。人数の多さは我らが同胞のエルフ達が居るからだろう」
忘れてた。そうだった。捕らわれの身になっていたエルフ達が開放されたのか。
「御者3名ここにいる我ら5名、そしてエルフ達9名の計17名だ」
『おうまさんもー! 』
「あぁそうであったな御使い殿。我らを運んでくれる大事な仲間だ、17名と6頭の仲間たちだな」
微笑ましいシェルとソフィアさんのやり取りを聞きつつ、俺は献立を考える。
人間と馬に関しては特に問題はなさそうだが、エルフの食事事情は全く分からない。
なにか好き嫌いがあるのだろうか?
「ソフィアさん、エルフの皆さんには何を用意すればいいですかね? 」
「うーん、すまないが私にもエルフの食事事情は分からない。帰路の道中もエルフ達は自前で用意した物を食すとかで、馬車からも出てこないのだ。そうだ、直接聞いてみるのが良いだろう。ナイト殿、御使い殿と一緒に付いてきてくれないか? 」
「わかりました」
『あい! 』
俺達は2台目の馬車へと向かった。
ソフィアは馬車の扉をノックし、声を掛ける。
「ミルレード様、ソフィアです。そろそろ昼食を取ろうかと思いまして声を掛けさせてもらいました」
少しの間を置き、返答が聞こえる。
「お心使い感謝致します。ですが以前も申し上げたように、こちらで用意したものがあります故──」
エルフの女王ミルレードが丁寧な断りを入れかけた時、うちのお転婆娘が元気一杯に声をだした。
『みんなでごはんたべよー? 』
「!? 御使い様ですか!? これは失礼致しました。スグに馬車を下ります──」
さすがに女神の御使いの言葉は無碍に出来ないか。てか、俺が起きるまでシェルは声をかけなかったのか?
「シェル、俺が寝ている間エルフ達に声を掛けなかったのか? 」
『あい! 』
「え、なんで? 」
『ないとのかいふくしてたから!はなれられなかったの! 』
「あぁ、そうだったのか……ありがとうなシェル」
『あい! 』
その間にエルフ達が次々と馬車から降りてきた。
おぉ、耳が尖っている!金髪!そしてぺったんこな胸……ぺったんこじゃない、だと……
誰だ、エルフは貧乳がデフォルトと広めたヤツは。めちゃくちゃバランスの取れたナイスバディじゃないか!
素晴らしい、実に素晴らしい。完全に復活した気分だ、ふ、フハハハハハハ!
『なーいー』
「ナイト殿? 」
「ん? まてまてシェルよ、それとソフィアさん。エルフ達との挨拶がまだだぞ?挨拶は大事だぞ? 」
『むー』
「むむむ」
俺は華麗にシェル達の怒りを避けつつ、エルフ達と対面する。
「改めてご挨拶を。初めまして、御使い様。私はミルレード、エルフの長をしております」
『あい! あたしはしぇる! ないとはないと! 』
「初めまして、私は良戸内人。きど・ないとと申します。シェルの保護者です、宜しくお願いします」
「は、はぁ。御使い様の、保護者様ですか」
「はい、保護者です。ちなみに独身です。宜しくお願いします」
「御使い様に昼食を皆で取るようにと声を掛けて頂いたのですが、独身とは関係あるのでしょうか──」
「はい。重要な事です。御心配なさらずに。早急に用意いたします故」
「は、はぁ」
俺はミルレードさんとの会話を止めなかった。何故なら彼女は正義だったからだ。
カワイイは正義。美しいは正義。先人達は良い言葉を残してくれたものだ。
「ちなみにミルレードさん、普段はどのようなお食事をとられているのですか? 」
「お顔がちか……えぇ、こちらの木の実や果実を乾燥させた物を食していますが──」
「承知致しました」
この際、俺の肩から殺気を放っているシェルや、後方に居るソフィアさんからの冷たい視線は気にしない事にする。
俺は3か月も寝たきりだったのか?と思わせるような動きで、テキパキと昼食を取る場所を作り出していた。
木造作りのオープンカフェの様なテラス。大きなテーブルに人数分の椅子。
そして皆を席に付けた時、再度エルフの女王に声を掛ける。
「ミルレードさん、とびっきりの食事をご用意いたしますのでご堪能ください」




