討伐前夜の晩餐 弐
「これは……」
館の主であるヘルダーはその光景に驚嘆した。
女神の御使いが手をかざすだけで様々な料理が眼前に現れたからだ。
料理だけではない。食器、グラス等々なんでも出てくる。
なにより驚いたのが「さーばー」なる不思議な代物だ。
テーブルの真横に設置された見たことも無い機械仕掛けの樽、とでもいおうか。とにかく我々はないと殿の言葉と所作に注目せざるをえなかった。
◇
あ、どうも。きどないとです。只今晩餐の準備をしております。
といってもテーブルにはすでに料理の品々は配膳済みですが。
メインの鉄板焼きハンバーグ、肉厚のフライドポテトが大皿へ山盛りに。一目みれば新鮮なのがわかるサラダの盛り合わせ、そして大量のロールパン。
ご立腹のシェルには特別な3種のハンバーグを用意しました。
専用のお子様椅子に座っている本人は足をバタバタしながらご機嫌の様子。
『ないとー! ふぉーく! すぷーん! はんばーぐたべるの! あい! 』
「はいはい。あ、でも食べる時はみんなと一緒だからもう少しまってね? 」
『うー……あい! 』
「偉いぞシェル、それでこそお姉さんだ」
『あい! しぇるおねーさん! あい! 』
俺はシェルをなだめつつ、他の方々に飲み物サーバーの使い方を説明する。
初めは適当に缶ビールでも出して配ればと思ったのだが、部屋の豪華さに圧倒されたと言いますか、ホテルのパーティー会場のイメージが湧きまして。
せっかくだからと用意しました。これなら各人が自由にお代わりできるから良いよね!
「皆さんこちらをよく見ててください。飲み物は右側がビール……あー、酒です。シュワシュワするのでちょっとびっくりするかもしれませんが。それと左側に3つ程果実のジュースを用意しました。リンゴ、オレンジ、ブドウですね……実物をサーバーの上に置いておきますのでご確認ください。」
「飲み物の注ぎ方はこうです。注ぎ口にジョッキで受けてこのレバーを手前に傾けると、この様にビール、お酒が出てきますので。泡が立ちますので静かに注いでください。果実の飲み物はとくに泡立ちませんので。ご自由にお代わりをしてください」
皆神妙な趣で俺の説明を聞いている。よっぽど珍しいものを見たって感じだな。
俺が手本でビールをジョッキに注ぐとこの異世界にもどうやら似た飲み物があるらしい。「おぉ、エールか」と声を上げていた。
全員好きなようにビールを注ぎ終わり、席につくといよいよ晩餐がはじまる。
「いただきます」
『いただきます』
俺とシェルが食事前の所作をあたりまえの様にすると、他の皆さんもマネをしたのは面白かった。
「!!! なんだこのエールは! 」
鎌おじさんが驚愕した声を上げる。驚いているが、目を見開きガブガブ飲み続ける。
すると今度はオースロックの息子さん、グリードさんが声を上げた。
「うぉ! なんだこのエール! うめぇええええええ! 」
ソフィアさんとライラさんは静かに
「「おいしい……」」
と呟きながらゴクゴク飲み続ける。あれ?ソフィアさんてこんなキャラだったっけ?もっと豪快にうまい!とか言うと思ってたので意外だ。
ジークさんとクレイグさんは無言のままゴクゴクと飲み続けている。
どうやら気に入ってもらえたようだ。
てか、男性陣飲むの早っ。あっという間に飲み干してお代わりを注ぎに行ってる。
これじゃ面倒だな、行き来してると落ち着いて食事できない、そうだ。
「皆さん思った以上に酒豪のようなので、ちょっと細工しますね」
注ぎ口を人数分に増やし、テーブルの下を経由させて各人の座席となりに配置する。
「おうにーちゃん! こりゃ便利だぜ、最高じゃねーか! すげーな御使いって! 」
グリードさんがうれしそうにガブガブ飲み続ける。
あれ? 食事は?
皆さんなぜかビールばっかり飲んでハンバーグに手を付けない。
うちのシェルは満面の笑みを浮かべながらパクパク食べてるというのに。
このままだと冷めてしまう。それはいかん!
「皆さん、ビールに執心されてるようですが、こちらの肉料理、ハンバーグもおいしいですよ。熱いうちに召し上がってください。さめるとおいしさ半減ですよ! 」
俺の言葉に皆さんが「ハッ」っとしてハンバーグを食べ始める。
どうやら本当にビールしか見えてなかったようだ。だが
「うんまいぃいいいいいいい! 」
またもやグリードさんの雄たけび。
ハンバーグを口にしたとたん、ビールがピタっと止まった。
いや、正確にはハンバーグをもりもり食べながらロールパンをかじりビールで流し込み、山盛りのポテトを食ってはビールで流し込む。なんてワンパクな人だ。
他の方も同様だった。男性陣はひたすらハンバーグ、パン、ポテト、ビールのループ。
女性陣はハンバーグ、パン、ポテト、サラダ、ビール、そしてジュースも飲み始めていた。
この世界の人ってこんなに飲んだり食べるの?と呆気に取られていたんだが、皆の言葉で我に返った。
──料理のお代わりよろしいか?
『ないとーしぇるもー! おかわり! あい! 』
この場にいる俺以外の全員が大量に出した食事をあっさり完食したのだ。
ええぃ、こうなったら期待に応えるしかなかろう! 勝負だ!
半ばヤケ気味にお代わりを大量に出した。
今度はサンドイッチの盛り合わせ、ハンバーガーもだしたった。
その光景を皆が皆、目を輝かせて見入ってる。もはや食欲の虜だ。
でも楽しかった。
考えてみれば多人数の食事っていつ以来だろう。
喜ぶ声が飛び交って、皆笑顔なこの空間。
ハンバーグを食べつつ、ビールを飲みながらそう思った。
今俺はどんな顔をしながらこの楽しい空間にいるのだろう。
そんな時シェルが俺を見て声をかけてきた。
『ないとー、どうして泣いてるの? 』
そう、気づかないうちに俺は笑顔のまま涙を流していたんだ。




